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やぎのうた♪  作者: こゆき茜
起ノ四 そして謎は迷宮に
18/23

15

 ──『鬼ごっこ』。


 日本古来からある『ごっこ遊び』のひとつで、『鬼』役に選ばれた人間が他の者を捕らえ、捕らえられた者は役を変わり、新たな獲物を求め彷徨い歩く、遊具のひとつも使用しない、極めてシンプルな遊びだ。

 などと改めて説明しなくても、誰もがそのルールを知っている事だろう…その遊びをした事があるかどうかは別として。

 この遊びだが、今挙げたルールの他にも、色々なバリエーションが存在する。それらは各々特色あるルールを持ち、それに由来する名で親しまれていた。

 『高鬼』『影踏み』『隠れん坊』──

 鬼ごっこの基本的なルールをそのままに、それらは全く異なる遊戯と化していた。

 『高鬼』は高い場所に登る事で、一時的に鬼の追跡を逃れる事ができ、

 『影踏み』は触れて捕まえるのではなく、相手の影を踏む事が条件で、

 『隠れん坊』は隠れている相手を、全て見つけださねばならない──

 正に三者三様と言った感じだ。

 さて、ここで話しを戻そう。

 俺達は今、唐突かつとんでもないカミングアウトをかました級友…相庭焔を相手に、『隠れん坊』をしている真っ最中だ。最も一般的なそれとは違い、『鬼』は俺達全員だが。

 時は既に、夕暮れに差し掛かろうとしている。

 暗くならない内に決着をつけたい…そして、それは安易に可能だろう。

 俺達はそう高を括り、相庭を追って三階に上がる。そして捜索の効率化の為、各自単独行動を取ったのだが…そうした事を、俺は後悔していた。

 何だ…こりゃ……

 俺は目の前の光景に、言葉を失い立ち尽くした。見慣れた廊下の天井には、杭のようなものが打ち込まれており、剥き出しになった方の先端には滑車、そしてそこへ丈夫そうなロープが掛けられている。そのロープは、一方は窓の外へと伸びており、そしてもう一方には──

 ──見覚えのある…あった、肉塊の先端に巻き付いていた。

「……さ…小枝原…君!?」

 俺の背後から、委員長の悲鳴が聞こえてくる。振り返るとそこには、事の異常に気がついた皆が、誰から言うとでもなく集まりだしていた。

 俺達はこの惨状を中心に、円を描くように立つ。そして改めて、この哀れな被害者の様子を窺った。その姿はまるでタロットカードの絵札のひとつ、『吊された男(ハングマン)』を思わせる状態にあった。足首を取られた際に後頭部を打ち付けたのか、酷いコブを作り気を失っている。白目を剥き不様に晒されたその額には、『JR』とマジックで書かれていた。

 敢えてもう一度言おう。

 『Jr.(ジュニア)』ではない、『JR(ジェイアール)』である。

 ……どんな嫌がらせだよ。

 しかも、晒し者の胸元には、可愛らしい便箋でご丁寧に、

『この相庭焔、

 容赦はしない!♪』

 などとネタとしか思えない挑発が書かれているし。

 アンタはどこぞの呼吸法使いですか!?

 仕舞いには吸血鬼にでもなるつもりなのか!?

 いや、先程の豹変っぷりは正にそれっぽかったけどさ。

 などと俺が思案に暮れていると、すぐ横で状況を観察していた吉村が口を開いた。

「……何処でこんな業を身につけたかは知らないが…手慣れた感じだ。個々で行動を続ければ、小枝原と同じ(てつ)を踏む事になる」

 彼の言葉に一同頷く。とは言え、全員で固まっていては見つかるものも見つからない。ここは無難に、二手に別れて行動するのが定石と言えよう。

 俺がそこまで考えが至った時だった。

「なら二手に別れましょう。……班分けはどうした方が良いかしら?」

 と、俺の意を汲んだかのように、委員長が皆に問い掛けた。

 そこで俺は改めて、現在の戦力を分析してみる。

 まずは突撃前衛を担う筈だった小枝原は、見ての通り再起不能(リタイア)。正しく突撃するだけして見事に轟沈だ。もはや鉄砲玉と言った方が正しいだろう…もちろんマル暴的な意味で。となれば、運動能力的に考えて、頼れるのは完璧超人の真柴兄妹だけとなる。吉村は知っての通り論外だし、委員長も運動が得意と言うわけじゃない。

 ……俺? 当然戦力外ですが何か?

 まぁ、そんな俺らとは違い、二人とも正に文武両道。敢えて区別化するならば、『技の妹』に『力の兄』って感じか? とにかくこの二人には、それぞれの班に分かれてもらった方がいいだろう。

 そうなると…俺を含む、後の三人をどう振り分けるかだな。

 組み合わせは幾通りもあるが、俺なら吉村と真柴兄、そしてそれ以外でパーティーを分けるな。

 ……べ、別に『両手に巨富だワショーイ!』とか考えてないぞ?

 ホントだぞ!

 などと、誰にと言わず言い訳をしていると、吉村がメンバー構成を仕切りはじめた。

「そうだな…ここは天城と真柴兄が一班、残り三人が二班でいくぞ」

「なぞしてっ!!」

 よりによって何でそっちとペア!?

 というか女性陣囲いやがるとは、どういう了見ですか!!

 お母さんは、そんな子に育てた覚えはありませんよ!

 てか返しなさい、俺の両手の花!!

「ちょっと待てよ、その組み合わせはどうかと思うぞ?」

 俺は喉まで出かかっていた痛い台詞を噛み砕き、何とかそれだけを口にする。

「フッ…そんな照れなくてもいいのだよ、ミッちゃん。ここはこの真柴勇に任せてくれたまえ!」

 何か聞こえるが敢えて無視。

 すると吉村は傍の壁にもたれ、涼しい顔でこう言った。

「そうか? 各々の能力を冷静に分析した結果だ。この割り振りで丁度、戦力的に五分五分だと思うのだが?」

 ……うん、そうだよね。お前さんが健全な男子高生的な理由で、このチーム分けをするような奴ではなかったよね。

 お母さん、それはそれで君の将来が心配だよ。

 などと思っていると、今まで成り行きを見守っているだけであったいさみさんが、

「……わたくしも意見させていただきます。3対2という割り振りには、わたくしとしても不満があります」

 と、好戦的な目で吉村を睨みつける。己が能力を過小評価されていると受け取りご立腹なのだろう。その事は吉村も気付いているらしく、すかさず彼女に対してフォローを入れた。

「別に君の運動能力を疑ってはいない。問題はこちらにある」

 そういって彼は眼鏡を直し、

「言っておくが、俺の体力の無さと運動オンチは半端なものではないのでね。確かに天城も平均以下の体力ではあるが、手の早さは皆も知っての事だろう? だから天城を十として、俺と岸辺で釣り合いが取れるという見解だ…因みに、対比は1対9な」

 と、あまりにも哀しい事実を、堂々と言い放つのだった。

 ……うん、皆呆れ返っておられます。

「……吉村君、言ってて悲しくならない?」

「虚勢で現実が覆るというのなら、いくらでもしてやるさ……」

 哀れみの視線で問う委員長に対し、吉村はそう答え顔を伏せた。

 何コレ。むちゃくちゃ可愛いんですけど!

「……その…言いづらくはありますが、了解はいたしました。ならは兄ではなくわたくしが、羊一さんとペアを組んでも支障がないと言うことですね?」

 申し訳なさそうに、いさみさんは理解を示しつつ、組み合わせに対して、自分の希望を述べる。その言葉に吉村は、更に陰を濃くしながら、頭を振ってこう答えた。

「すまないが、その申し出は却下させてもらおう。君と天城の組み合わせでは、危機的状況時に取れる選択が狭まる心配があるからな」

 そう言って彼は俺の方に目配せする。つまりアレだ、襲われたら真柴兄を囮に(みすてて)素早く逃げろって事だな? 把握した。

 どうやは他の二人も、吉村の意図を理解したようだ。

「……それじゃ、早速行動に移りましょう。吉村君、二人との連絡はどうする?」

 苦笑いを浮かべつつ、そう問いかけたのは委員長だ。

 彼女は無造作に後ろで纏めていただけの髪を解くと、いつぞや見せたポニーテールに結び直す。どうやら本気モードと言いたいらしい。

 だが、ひとつ言わせていただきたい。

 似合ってます。

 普段もその髪型でいようよ!

 ポニ子さんいいじゃない! うなじ最高っ!!

 ……うん、朋友に白い目で見られました。また心を読まれてしまったようです。

 吉村は呆れたように溜息を吐いた後、

「三分おきにこちらから電話を入れる。天城達は極力、電波の入らない所は避けてくれ」

 と、先程委員長が聞いてきた事に対し答えを述べた。

「了解。それじゃ、三人とも気をつけて」

「そっちこそ…な」

 最後に小さく手を挙げ、三人はこの場を去って行った。

 ……………。

 ……さて。

「……オイ、何時までそうしてるつもりだよ」

 そう言って、俺は足元を見下ろす。そこには、体育座りで壁に向かい合い、女々しくのの字を書く真柴兄の姿があった。

「……いや、どうせ私は空気だから。最近何故か、私の扱いぞんざいだし」

 最近も何も、初めからそうだよ。

 とは流石に言える筈もなく、こんな所に座り込まれたままでいられても困る為、俺は仕方なしに、奴を励ます事にした。

「つまらない事でグチグチしてんじゃねえ。いい加減にして行くぞ。(しゃく)だがお前が頼りだからな」

 主に『盾』として。

 すると真柴兄は、俺の言葉が信じられないとでも言いたいような、まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で俺の方に振り返る。暫くそのまま硬直していた彼は、徐々にその表情を和らげていった。

 うん、多分今彼の頭の中では、『お前が頼りだ』の部分がリフレインされているんだろうな……

 で、それがピークに達したのだろう。奴は力強く背筋を伸ばし立ち上がると、

「任せておきたまえ! この真柴勇…命に代えて君を守り通してみせよう!!」

 と、声高らかに決意を表明するのだった。

 ……うん、まぁ…暑苦しい。

 奴との温度差に、俺は思わず溜息を洩らす。

 何か、こんな調子のこのバカと一緒で、本当に大丈夫なんだろうか?

 そんな不安を抱きながらも、まずは行動すべきと考えた俺は、真柴兄を引き連れその場を後にするのだった。

「……それよりも、俺を降ろしてくれ〜」

 何か聞こえるが敢えて無視。


   *


 さて、行動を再開した俺達だが、その捜索は実にはかどらない状況にあった。

 ……え? 何でかって?

 そうだな…今繰り広げられている惨状を、一言で表すとだな。

「一体、何処の忍者屋敷だよ……」

 うん、正にそれだ。

 先程から三歩進む度に、コンニャクからバンジーステイクに至るまで、ありとあらゆるトラップが、俺達の行く手を阻んできた。まぁそれらは俺のATフィールドたる真柴兄の『身体を張った(なみだぐましい)』努力により、事なく突破されてはいるが。

 てかね、日頃の運動神経はどこ行ったのよ?

 あからさまにバレバレな罠にまで、律儀に掛かる始末だし。

 ねぇ、バカなの? 死ぬの?

 いや、寧ろ氏ね。

「大丈夫か? 真柴」

 とりあえず口先だけは心配してやる。すると彼はフラフラになりながらも、

「……なぁに、この程度の障害など、道端の小石に等しい!」

 と、虚勢で返してきた。

 どうやらこのバリアはまだ持ちそうである。

 とは言え、あまり酷使するのもアレだ…何たって消耗品だし。少し休憩を挟んだ方がいいだろう。

 俺は周りの安全を確認した後、その場に座り壁にもたれる。そして彼を見上げながら、先程からずっと抱いていた疑問を、相手へと投げかけた。

「なぁ…少し聞きたい事があるが、いいか?」

「あぁ、何なりと聞いてくれたまえ」

 さっきまで死に体だったのが嘘かのように、奴は澄ました顔で返答した。歯に自信があるのはわかったから、いちいち光らせるな鬱陶しい。

 ……いやいや、自分から話し掛けたんだから、そんな邪険にしちゃ駄目だよね、やっぱり。

 そんな今更な事を思いながら、俺は聞くべき本題を口にした。

「お前、相庭が去る間際に、何か言ってたよな?」

 我ながら、回りくどい聞き方だ。

 何かと言ってはいるが、その言葉の一字一句、俺はハッキリと覚えている。


『すっかり忘れていたよ…彼女がこういう人物だったという事を』


 意識した為か、脳裏にその時の事が浮かび上がる。あの時、真柴兄は苦笑いこそすれど、決して嫌悪を抱いていたわけではなさそうで…どうやら『彼女』という人物と彼は、良い関係にあったようだ。

 ……………。

 ……うん、なんだかな。

 自分でも驚くぐらい、前世どうこうの話、受け入れてしまってるし。

 それに対し癪だと思いつつも、今更否定するのも馬鹿らしいというのが、今の俺の見解。

 何たって相庭という第三者が、俺すら最近知ったばかりの、前世の名前を知っていたのだ。まぁ、奴クオリティーのふざけた愛称に変換されていたが、その事実は実に大きい。

 もちろん、三人が口裏を合わせて共謀しているかもしれない。寧ろ常人ならその可能性の方を注視するだろう。しかし、俺はこいつらの人となりを熟知…とまでは言わないが、理解しているつもりだ。相庭ならそれぐらいのおふざげはするかもしれないが、真柴兄がそれに合わせ、小芝居をするほど強かとは思えない。寧ろ思わぬカミングアウトに、うろたえているというのが正解に思えた。

 故に結論。


 前世、別にあってもヨクネ? ……俺に迷惑さえかからなければ。


 そして、そこに考えが至ったからこそ…多少捻くれてはいるが、この事を聞く気になったわけで、

「確か『彼女がこういう人物だったという事を』…だったか? つまり相庭の奴も、前世の関係者って事だよな?」

 俺がそこまで、明確に問いを言い切ると、真柴兄は驚き目を見開いた。

 まぁ気持ちはわかるよ。今まで散々否定しまくってたものな。

「……違ったか?」

「い、いや! 違わない! その通りだとも!!」

 俺が底意地悪く聞き直すと、彼はその通りだとヘッドバンギング。

 一通りして落ち着いたのか、それでも信じられないといった表情で、彼は小声で俺にこう囁いた。

「で、でも…ミッちゃんは、前世どうこうの話し、嫌なんじゃ……」

 恐る恐る問いかける奴の姿に、俺はひとつの解を見出す。

 そういえば、別宅での朝に蹴り喰らわせてから、こいつ前世どうこうって話し、して来なくなっていたっけ。

 あの時はまったく別の理由で蹴り飛ばしたんだけどな…けど、奴はそれを『前世の話をしていたから怒らせた』とでも思っていたのだろう。それでずっと自重してたわけか。

 つまりこいつはこいつなりに、俺に気を使っていたわけね──

 そう思うと、何か可愛いな。

 俺よりもふた回りはある大の男が、まるで怒られてしょぼくれる子供みたいでさ。

 俺は内心で小さく微笑む。それを表に見せ、奴を付け上がらせる気はさらさらないからな。

 それに、だ。

「嫌いどうこうは、今はどうでもいいし。それより知りたい事があるんだよ。俺の知らない『相庭』について」

 そう…ここで今重要なのは、俺達の知らない『前世(もうひとり)の相庭焔』の情報だ。

 先程吉村も言っていたが…俺の知る相庭は、あんな軽業師のような方法で逃亡を図ったり、こんな短時間に凶悪な罠の数々を用意できるような、そんなチート野郎じゃない。それを為すための知識と経験…糧となる物があるとすれば、それは間違いなく『前世の記憶』って奴だろう。

 奴が前世で何者なのか…知るべきだ。

 知ったからどうだと言われたらそれまでだが、予備知識としてあると無いとでは、この後の対策に大きく関って来るだろう。

 ……そしてその考えを、何故さっき皆がいる時に思いつかなかったのかと後悔したり。

 こういった精神労働は、吉村の十八番だってのに…ま、それは今更か。

 後で電話で言えば事足りる…かな?

 うん、後で電話しよう。

 俺は自己の結論に小さく頷き、そして、改めて対峙する相手の顔を見つめる。

「教えてくれ……。お前と前世の相庭って…どういう関係だったの?」

 そして、静かにそう問い掛けた。

 座っている為、少し上目使いになってしまったが…まぁいっか。

 すると奴は、先程までの狼狽から一変して、真剣な表情へと引き締め直す。そして俺の両肩を手に取り、力強くこう言い放った。

「大丈夫! 浮気とかしてないから!!」

「誰もそんな事、聞いとらんわっ!!」

 ──バカの顎に左肘がめり込む、生々しい音が廊下に響き渡った。

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