遺物と異物 4
遺物と異物はこれで終了です。
大体1万字もここで使うとは思っていなかったので戸惑っています。
ねこではないですが今回もよろしくお願いします。
「オレの名前、言えるよな」
そう問う青年。
「いや、な。いつもなら反応するんだよ。『俺はそんな名前じゃねぇ!』って。だからあんまりにも反応しないのがおかしくてな。つい疑ってしまったのさ。いや、おめぇが新しいボケでもやってんなら話は別だがな。そうじゃないとなれば別だ。おめぇの本名は普段自分の口から言いたくねぇ言いたくねぇってわめいてっからな。オレの名前でも言ってくれや」
青年は飄々とした態度で出口前に仁王立ちする。
「ん?言えない?……言えないなら正直に言えよ」
含みのなさそうな笑顔が、また俺をひきつらせた。
殺意のこもっていない笑顔ではあるのに、言葉にとげがあるように感じるこの気分はいつぶりだろうか。
勘違いかもしれないが、それでも心の中に渦巻く微弱な恐怖は不安とともに段々と増幅していく。
これならばエージェント・古本の攻撃的な態度の方がまだ幾分かましではないだろうか。
そう思えるほどに不気味さは強かった。
今、間違えたことを言ってしまったらどうなのるのであろうか。
最悪の場合、ここで終了処分と同じようなことになってしまうかもしれない。
カバンの中の本から取り出せる能力は今開くわけにはいかない以上記憶しているものしかない。
日本支部の電卓の能力は入力しないと正確なことを答えなかった。
使えるのだろうか。入力は音声入力で可能なのだろうか。
今、瞬時に思いつくものを行動に起こすことは大丈夫なのだろうかと逡巡する。
「あ、あのだな。これには少々込み入った信じられないようなことがあってだな」
とりあえずはぐらかした。不確定な記憶を頼りに使ってしまうと後が怖いのだ。
真実ではなく偽りのことを言って燃やされるSCiPは電卓だっただろうか。
いや、違ったような気もする。
焦れば焦るほど記憶が混濁していった。
少しうしろに下がろうとした足が、動かした瞬間に震えているのが分かる。
「あ~?つまりおめぇはオレの名前を言えねぇ別人であると」
「い、いやそういうつもりでなくてだな」
「いや、いいんだ。言えないんだろ。なら良いんだ」
あ?どういうことだ。今の状況が分からない。
良いのか。そんなはずはないはずだ。
この体の持ち主はこの青年の友人だろうことは容易に想像できる。
ならばこんな得体のしれない状況になっていれば相当面倒なことになるだろう。
「あ、あのだな」
「ああ、良いんだ。おめぇが別人だってことは分かるし、それをとがめることはねぇ。少し説明が必要だが、オレはそれに関して一つも不快感をしめさねぇし懇切丁寧にすべてを教え込むつもりでいる」
「……え?」
「ただ、いかんせん時間がねぇからな。歩きながら話そうや」
そう言って、青年は出口から俺を引っ張り出した。
冷や汗を大量にかいた俺の体を、心地の良い風が通り抜ける。
春のような気温のなか、俺の見た外の景色は圧巻だった。
よく表現される中世の街並みが広がっていたのだ。
ファンタジーの世界だと信じられず、最悪財団をあげての最大のドッキリかと思っていた。
末尾にJの付く報告書の類はすべてこういった『時々気分でO5がやるバカを試すドッキリ』だと聞いている。
あれは本当なのかはたまたさらに何かを隠すカバーストーリーなのかは知らないが、本当であった場合俺はそういったドッキリに引っかかっているのではないかと思っていたのだ。
そりゃあそうだろう。
殺されて、目が覚めて、気が付いたら見知らぬ人間になっているなど本来ありえない。
だからこそ外の景色がこんなにも古い建築様式で建っているなどと思いもしなかったからだ。
それに、歩いている人も様々だ。
日本支部のSCiP……515だったかの異常性にかかった博士と同じ風貌の人間や、海外支部の「末尾のJはジョークのJだよ」と提唱した博士の書いた報告書内容に記載されているようなエルフを人の大きさまで拡大したような、ライトノベルでよく見るエルフなんかも歩いている。
あれは……ドワーフか?見た目が小さい人間も歩いている。
甲冑をまとったいかにも冒険者といった風体の人間もいることから俺は、財団内でのドッキリにしては過激すぎるとこの説を切り捨てた。
「さ、行くぞ。歩きながら説明するから来い」
「あ、ああ」
呆然としている俺の前を青年は速足で歩きだす。
「まず、オレはおめぇを痛めつけたりはしねぇ。そこだけは最初に分かってくれ。いつまでたっても警戒されっぱなしだとオレもバツがわりぃんでな。んで、なんでオレがおめぇにそこまで何もしないかっていうとな」
歩幅が違いすぎるのにそんなことも気にしないでズンズンと進んでいく青年になんとか合わせつつ、無言で話を聞く。
石畳は少々歩きなれていなかったのか、時折こけそうになっては片手をつかまれた。
「この国には宗教があるんだ。とは言っても何をするわけでもない。ただ知っているだけで良い宗教だ。この国に生まれた以上はその宗教の信者になる。そしてその信者はな、時折中身が入れ替わるんだ。外の世界との交信だってみんなは言ってる。ほんでもって国はその交信を必要なものだと考えているんだ。理由は知らねぇがな。だから、家族も悲しまないし、新しい人格の自由にさせる。友人も、知人も、縁があったものは皆そういう風に考えるのさ」
必然なのだといった表情だ。
悲しくはないのだろうか。世界が違えば価値観も違うから、こういった心配は必要ない物なのかもしれないが。
「さて、オレの名前はシュバル。これからよろしく頼む。お前はどういった名前にするんだ?一応その体の持ち主だったやつの名前を名乗って生きていくことも可能だぞ。なんならそのままその体の持ち主と同じような人生を歩んでもなんら問題はない」
「ああ、そうするよ。俺は交信なんて大それたことはできないからな。ここになじむためにも名前は元のままの方が良いだろ」
「じゃあ決まったな。おめぇの名前はトスク。この国で宝石を意味する言葉だ」
「トスク……。良い名前だな。何かと不便をかけるが、シュバルよろしく頼む」
「ああ、任された」
こうして俺はトスクとしての第二の人生を歩むことになった。
以上の文章はこの作品に基づいています。毎度のことながら、作者様翻訳者様には頭が上がりません。ありがとうございました。
"Ikr_4185"様作「SCP-040-JP - ねこですよろしくおねがいします」
http://ja.scp-wiki.net/scp-040-jp
"HURUMOTO65"様作「エージェント・古本の人事ファイル」
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"hadhad"様作「SCP-004-JP - 矛盾なき電卓」
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"daveyoufool"様作「SCP-2128 - 嘘吐きの揺り籠」
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"sugoitakaiBILL"様作「SCP-515-JP - 軍用犬の駒」
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"DreamwalkerFae"様作「SCP-2615-J - 手を叩いて」
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対人スキル最強のはずなのに”肥育魔法”特化で何も殺せない呪いをかけられてしまいましたが、それでも頑張っていこうと思います。
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