団栗橋
夜中、四条の鴨川を女は一人で歩く。ふらりふらりと、しかし、酒は飲んでいない。読めもせず、読みもしない難しい本を握り締めた。大きな一歩で、真っ暗な橋の下に入った。
恋愛なんてのは所詮偽物で、演技で、殆ど同じ台本通りの訳の分からんもんだ。下らないもんだ。
小石を蹴った。反響する微音を聴き、辺りを見渡した。少し見たいと思っていた生活空間は、時代にそぐわないらしく、もう無くなっていた。
猫の影を見た気がした。どうでもいい、と通り過ぎた。
少し歩いた先で、小一時間水を眺めていた。
「……。苦しみを与えられるぐらいならば、苦しみに歩み寄りたい……なんて、な」タイトルすら読めない本の表紙を眺めて、ぽい事を言った。
橋の下に戻っていた。影みたいな黒猫と話をした。当ててくる頬を、人差し指で擦った、その間に忘れる程度の話をした。
「お前はいいよな、私みたいのにしか、可哀想だって思われなくて。ん? 分かるか? わかんねえだろ……な」
黒猫が、いつしかの自分に見えて目を逸らした。
抱き締めず立ち上がる。一緒に夜の川沿いを歩く。
「飼ってはやんねえからな…………な……」