7話 新たな港の建築
「こりゃあすごい!」
約束の三日月の夜。
デルポトの郊外にて、俺たちは商人リオンと落ち合った。
彼は早速、俺の持ち込んだ素材を見て興奮していた。
「質だけじゃなく量も素晴らしい! これほどのものは初めて見たぜ」
「それなりに手こずったが、まあこんなもんだ」
「南大陸にやってきて早々こんな大物を倒しといて、それなりってか、すごいもんだ」
リオンは大きな瞳をさらに大きくし、驚きの声を上げる。
リオンは、サンドワームの牙を手にとって眺めている。
「いやはや、さすが元宮廷魔術師殿だ。それでシゴル、ツボの他にこの素材も売ってくれるのか?」
「おう、もちろん。しかもこれだけじゃないぞ」
俺は、事前に用意した麻袋を取り出す。荷物運搬用に作り出した、通常の土ゴーレムに持たせていたものだ。
中には、サソリ型モンスターの甲殻や、サンプルとして持ってきたサンドワームの外皮などが入っている。
サソリの甲殻は防具に用いられ、サンドワームの皮は家畜の皮よりも分厚く丈夫なためテントや革鎧に使えるのだ。
いずれも常に需要の高い品であり、市場に出せばそれなりの値がつくはずだ。
「おおっ!? まさかこんなにも……」
「どうだい? リオンさんよ」
「文句なし、ぜひ買い取らせてくれ!」
リオンは大きくうなずく。
そして、彼は両手を差し出してきた。
「それじゃあリオン、商談成立ってことでよろしく頼む」
「任せてくれ、シゴル。それと今後ともご贔屓にな」
「ああ、こちらこそ」
俺とリオンは握手を交わす。
すると、リオンはふとした口ぶりで言った。
「しかし、巨大なサンドワームか……。これだけの量をこの港から運び出すとなると、少々目立つな」
「そうか?」
「ああ、ツボだけなら他の積み荷に紛れさせればいいが、この量となると荷役を追加で雇う必要が出てきそうだ。嬉しい悲鳴だな」
リオンが、なにか思案するように左上を見つめて呟く。
「そこでだ……、シゴル。お前の土魔術で、向こうの小さな入り江に新しく港を作れないか? ひと気の殆どない入り江で、俺たちが禁制品の積み下ろしに時折り使ってる場所があるんだ」
「……ふむ、なるほど、そういうことか」
確かに、デルポトの町は、ほとんど独立都市のようなものだが名目上は王国に所属している。王国の監査人も立ち寄る場所であるため、王国に追放された身分の俺が何度もそこに荷を運び込むと、なにか勘付かれてしまう可能性がある。
それに、これまでの既得権益の及ばない新しい港となれば、闇商人たちの取引場所として賑わい、そこから利益を得られるかもしれない。
ゆくゆくは、この南大陸で鉱石の採掘も行いたいからな。その積み出し港を自力で確保しておくのは早いほうが良いだろう。
「そうだな……。分かった。すぐにでも作るとするよ」
「ありがとう。頼んだよ」
俺はリオンと別れると、そのまま拠点となる遺跡へと戻ったのだった。
◆◆◆
微温んだ潮風が頬に触れる。
目の前に広がるのは、三方を岩場に囲まれた小さな砂浜である。周囲には人気はない。遠くからは海鳥の鳴き声と波の音だけが聞こえてくる。
ここはデルポトの町の外れにある、海に面した小さな浜辺だ。
俺は今、新たな交易の拠点を作るためにここへ来ていた。
「さあて、さっそく取りかかるとするか」
俺は腕まくりし、杖を掲げる。
「大地は我が意のままに、《コントロール・グラウンド》!」
俺の呪文とともに地面がゆらぎ、砂浜や岩場がゆっくりと平らに均されてゆく。
どうせ工事するのだから、長く使えるように丁寧に整地をしておかねばなるまい。
「ここが荷物をまとめておく広場だな、こんなものか」
広い空間を作るとともに、雨水や下水を排水する溝、軽い傾斜なんかもつけてゆく。
「そしてこっち側が船着き場、船にとって邪魔な暗礁は取り除いて……っと」
俺は、海底を経由して水面下に意識を集中させ、探り探り岩礁を均していく。
「よし、こんなもんか」
小一時間、あちらこちらにコントロール・グラウンドを発動して周ったあと、俺は満足そうに呟いた。
「これで終わり……、ですか?」
側にいたルビナが、港を見回して訝しげに呟く。
それもそのはず、出来上がった港は真っ平らであり、建物がひとつもなかったからだ。
「マスター、住民がおらずとも、船乗りの休憩所や商人との応接間、商品を雨ざらしにしない倉庫くらいはあったほうがよいのではないですか?」
「問題ないさルビナ、ちゃんと考えてある」
そして、俺はパチンを指を鳴らす。
すると、岩山の向こうから作業用ゴーレムたちがやってきた。
どのゴーレムも、付近から切り出した石材や、日干ししたレンガなどの建築資材を持ってきている。
「コントロール・グラウンドで建物まで作ると、どうしてもちゃんと建てた場合に比べて住心地や耐久性が良くないんだ。建物は今からちゃんと建てていくさ」
「そうだったのですね」
ルビナは納得の声をあげた。
「よおし、それじゃあこの図面通りに建物を組み立てていくぞ。ルビナも手伝ってくれ」
「はい、マスター!」
◆◆◆
こうして、夕方になる頃には小さいながらも港が完成した。
俺は額の汗を拭い、一息つくとともに、出来上がったばかりの港を見渡す。
「港の名前は~、そうだな。俺の作った港だから『シゴル港』とでもしようか」
「マスター、……さすがに安直しすぎませんか?」
俺の呟きに、ルビナから呆れたようなツッコミが入ったのだった。