6話 枯れ遺跡の主
魔物の巣窟となっている枯れ遺跡の最奥部、他よりも広くなった空間に出た。
先程、モンスターの大声が聞こえてきた場所だ。
「さあさあ、出てこいミミズ野郎!!」
俺の大声に反応し、地中から巨大なミミズ、否、モンスターが姿を現した。
そのサイズは十メートルを超えているだろう。
お相手はサンドワーム。砂の中に潜って移動できる厄介なモンスターである。
「ルビナ! 戦いながらの『例の場所』まで誘導するぞ!」
「わかりました」
ルビナは返事をするなり走り出す。
俺もそれに続いた。
そして、俺たちの姿を確認したサンドワームは、地上をのたうちながら猛スピードで突進してくる。
「来るぞ!」
「問題ありません」
次の瞬間、ルビナはその身体を、元が土でできているとは思えないほど軽々と跳躍させた。
そのまま空中で身をひねらせ、強烈な回し斬りを放つ。
ズドォンッ!!! という轟音が鳴り響くとともに、サンドワームの首が大きく仰け反った。
「今だ!」
俺は杖を掲げ、呪文を唱える。
「《ストーン・バレット》!」
拳大の岩石が猛烈な勢いで発射され、サンドワームの頭部に命中した。
――ギャアァアッ!? 悲鳴を上げるサンドワームだったが、すぐに態勢を立て直すと再びルビナに向かって突進してきた。
それをひらりと回避すると、ルビナは着地と同時に再度剣を振るう。
「《炎属性付与》……、ヤァッ!」
ゴーレム少女の裂帛の気合とともに、火炎を帯びた一撃がサンドワームの横腹を切り裂いた。
俺の記憶とともに受け継がれた術式のひとつ、火属性付与だ。
上手くいけば、このままルビナの火属性魔術が俺を超えて成長していくことだろう。
「いいぞルビナ! 俺も負けてられないな……、《アーススピア》!」
大地より突き出した土の槍がサンドワームに深く突き刺さる。が、これもサンドワームの巨大に対して致命打にはなっていないようだった。
「なら、これだ! 《アースピラー》!」
俺は続けて攻撃魔法を発動させる。
先ほどと同じように地面から突き出した石柱が次々とモンスターに襲い掛かり、その動きを阻害する。
「はあーっ!」
――グオオォォォッ!!
身動きが取れなくなったところで、ルビナの長剣がサンドワームの外皮を貫いた。
「いいぞ、効いてる!」
「はい、マスター」
俺は杖を構え、詠唱を開始する。
「喰らえ、《ストーンアロー》!」
放たれたのは鋭き石柱の一矢。
狙い過たず、サンドワームの脳天へと直撃した。
――グガアァァアアアッ!!! サンドワームは怒りの声を上げながら、地中深く潜り込む。
「警戒を怠るなよ、ルビナ」
「わかっています」
俺は周囲を見回す。
いつまた、あのモンスターが飛び出してきてもいいようにだ。
アースコントロールでこのあたり一帯の土壌を掌握して土中で縊り殺してもよいのだが……、それでは後々不都合だからな。
「来ます」
ルビナの言葉に、俺は身構える。
直後、地面が激しく揺れ始めた。
「……ッ! そっちだ!」
「はい!」
俺たちは互いに背を向け、それぞれ逆方向に走る。
その直後、サンドワームが地中から姿を現した。あのまま突っ立っていたら今頃俺たちはサンドワームの腹の中だろう。
――グギャオオオッ!!!
攻撃を避けられたサンドワームは、苛立つような大声を放った。
そして、サンドワームの外皮が、ところどころ赤黒く染まる。
これが、本気で強敵と戦うときのサンドワームの状態。ここからが本番、ということだ。
サンドワームが奇声をあげながら突っ込んでくる。そのスピードと勢いは先の比ではない。
「いくぞ!」
「はいっ」
俺は杖を構え、呪文を唱えた。
「《アースウォール》!」
地の底から隆起するように、岩の壁がサンドワームの前にせり上がる。
体長十メートルを超える巨体が岩壁に激突した。
「くっ……」
激しい衝撃と振動。
だが、耐えきれない程ではない。
「ルビナ!」
「はい」
俺の指示に従い、ゴーレムの少女は走り出す。
そして、そのまま敵の脇を通り抜けつつ、すれ違いざまの斬撃を放った。
――ギィイイッ!? サンドワームの口から苦悶の叫びが漏れた。
どうやら傷口に砂が入り込んでしまったらしい。
「ナイスアシストだ」
「はい」
俺は小さく微笑むと、再び呪文を唱え始める。
この状態になったサンドワームは、敵とみなしたものをどこまでも追い詰める。すなわち、罠のかけどきである。
「このまま罠のあるところまでおびき寄せるぞ!」
「了解です」
俺たちは遺跡の出口を目指して再び駆け出した。
後ろから激昂したサンドワームが迫る。
「《ストーンスピア》!」
俺は振り返ることなく、背後に向けて攻撃魔法を放つ。
壁から岩石でできた槍が何本も射出され、サンドワームに激突する。
――グガオオォォォッ!!
ダメージこそ与えていないものの、奴の動きを鈍らせることはできたようだ。
「マスター、もう少しで着きます」
「わかった。もうひと踏ん張りだ!」
俺たちは走り続ける。
そうこうしているうちに、ようやく遺跡の入口が見えてきた。
「よし……、見えた!」
「はい」
俺たちは既の所でサンドワームを避けて遺跡から飛び出す。
途端に、カッと太陽が照りつけてくる。
――ギィ…………!!
今までいた遺跡の中とは違う光量と暑さ。
サンドワームは思わず動きを止めてしまった。
「ここだ!!」
そこへ、俺は、『既に振り上げておいた』巨大な土の拳を振り下ろした。
サンドワームからすると死角にあたる遺跡の入り口のすぐ脇だ。
ドゴォォンッ!!! という轟音とともに、土塊の巨腕がサンドワームの胴体を殴りつける。
――ギャアァアアアアッ!! 悲鳴が響き渡り、サンドワームの動きが止まった。
「ルビナ!」
「はい」
俺が合図を送ると同時に、ゴーレム少女は長剣を振りかざす。
「《炎属性付与》……、ヤァッ!」
裂帛の気合と共に、灼熱を帯びた一撃がサンドワームの横腹を切り裂いた。
――ギャウゥウッ!!? 先ほどよりもさらに大きな悲鳴が上がる。「とどめだ!」
ルビナの攻撃はそれだけにとどまらない。斬り上げから横薙ぎ、袈裟がけと、好機を逃さず連続攻撃を繰り出していく。
「たああっ!!」
剣閃とともに舞い散る火炎は、一撃ごとに増している。それはルビナの成長を着実に示していた。
サンドワームが完全に怯んだのを見計らい、俺は再度土の拳を構える。
そして、それを思い切り叩きつけた。
――ズガァン!!! 凄まじい勢いで重量物がすリ潰れる音が鳴る。
――グゲェエエッ!! 断末魔の絶叫が響く中、やがてサンドワームは動きを止める。
それと同時に、周囲に漂っていた魔力の気配が消えた。
「ふう……、これで終わりか」
「はい、マスター」
俺は額の汗を拭うと、大きく息を吐きだす。
俺が遺跡の中でサンドワームを倒さなかった理由はふたつある。
第一は、俺が全力を出して土魔術を行使すると、もろくなった遺跡が倒壊する可能性があること。
そして第ニが、遺跡からちゃんと出てくれないとサンドワームの死体を回収するのが手間であるからだった。
「さて、なかなか立派な個体だ。これは良い値で売れるぞ」
俺は足元に転がるサンドワームを見つめる。
「では、解体しますね」
「ああ」
ゴーレムの少女は、少々手こずりながらもサンドワームを解体していく。
サンドワームの身体は捨てるところがない。
外皮はもちろんのこと、内臓、骨、肉、血、全てが貴重な資源となるのだ。
特に今回倒したサンドワームは巨大かつ強靭な肉体を持っており、その素材は一級品だ。
「よし、こんなものでいいでしょうか」
「うん、十分だ」
俺はサンドワームから取り出した臓器や肉を麻袋へと詰め込む。
そして、その麻袋用意しておいた数体の通常ゴーレムに持たせて、拠点へと向かわせた。
これならば、闇商人のリオンも満足することだろう。
「じゃあ、そろそろ帰るとするか」
「はい」
こうして、俺とルビナの初ダンジョン攻略は終わったのであった。