4話 美少女ゴーレム、ルビナ生誕
「それじゃあ、次の三日月の夜にここデルポトの郊外に来る。荷車に積んでさっき言った食料品と生活必需品を持ってきてくれ。陶磁器はそこで渡す」
「わかった。よぉし、儲けさせてもらうぜ!」
「こちらこそ」
俺とリオンは握手を交わした。
そしてリオンは小走りで去っていき、その姿はすぐに見えなくなった。
さて、これで準備完了だ。
俺は手早く荷物をまとめ、その場を離れた。
目指す先は、あの岩山の向こう側にある遺跡である。
◆◆◆
砂漠と泥土を踏み越えて数刻後。
俺は目的にしていた遺跡に着いた。
古代風の紋様で装飾された崩れかけた石門に、ついここ数年立てられただろう看板があった。探索済みダンジョンを示す立て札だ。
俺は、懐から秘石のひとつ。アルドライト晶の大粒を取り出した。
これは、秘石のなかでも相当貴重なアイテムだ。俺がさる迷宮を攻略したとき、その最奥にて手に入れた一粒……。今後手に入れることは非常に難しい品であるが、ここが使い時だろう。
なにせ、長い付き合いになる『相棒』を作り出すわけだ。
「さて、と」
始めよう。
禁じられた術式、魂の創造を。
俺は呼吸と精神を整えると、短刀を握り、左腕を軽く切りつけた。
鮮血が流れ落ち、アルドライト晶を赤く染める。
「――対価は我が血」
土が、魔素豊かなこの地の土壌が、それ自身が意思を持ったかのごとく渦を作る。
「――起きよ!」
俺が一声かけると、土の渦は空に伸び、やがて人間ほどの塊になる。その形は、人の形を模したものだった。
俺はさらに唱え続ける。
土でできた人形は徐々に大きくなり、俺の身長を上回るほどになった。
そして更に魔力を込め、細部を形成していく。
造形は……、そうだな。どうせ長く付き合う相棒となるんだ。俺好みの美少女にしておこう。
髪、うなじ、胸元……、顔も可愛らしく……、こんなものか。
俺はイメージを固めながら、呪文を唱え続けた。
そうして出来上がったのは、美しい少女だった。
その肌は陶器のように白く、腰まで伸びた赤土色の髪はゴーレムならではの光沢を宿している。
瞳は紅玉のような赤色で、鼻筋も通っていて端正な顔をしていた。
身体のラインはほっそりとしていて、しかし女性らしい柔らかさを秘めているように感じる。
よし、上々。
しかし、ここからが重要だ。
「ここから先は、理論だけ編んで実現は試みたことのない領域だが…………」
かつての宮廷魔術師時代に、聖教会の異端審問官によって禁じられていた「魂」の生成。
精霊への反逆、教義に対してうんぬんかんぬん……、煩わしい思い出が蘇る。
しかし、いまここに異端審問官の目は存在しない。
禁術をいま、ここで行うのだ。
俺は慎重に言葉を選び、呪文を唱えた。
そして、その少女に命を吹き込むべく、右手をかざした。
すると、俺の右腕が輝き始めた。その光は俺の全身を包み込み、俺の意識を遠くへと運んでいくような感覚があった。
「さあ、今ここに! ――――『産まれ』よ!」
術者の命令に従うだけの魂なき土人形、ゴーレム。
それに『魂』を、意思を吹き込む!
「――ぐっ………………、がはぁっ!?」
唱えた、発動した瞬間。俺の脳を、荒れ狂うような『痛覚』が襲った。
「こ、…………これが、禁術たる所以かっ!」
本来ありえない負荷を受けて、「魂」が痛む。
五体を斬り裂かれるような痛み、臓腑を引き千切られるような痛み。
「この世にありうるもっとも強い痛みは、母が子を産むときの痛みというが…………、これはっ、それに匹敵するやも、しれないなっ!」
産みの苦しみ。命を産み出す痛み。
その苦痛は想像を絶する。
そんなものが永続的に続くなど、耐えられるはずもない。
「ああ、だが、俺は死なんぞ! 絶対に死んでたまるか!!」
それでもなお、俺は叫んだ。己に言い聞かせるように。
そして俺は理解した。
今まさに自分が唱えた禁呪の正体を。
「――魂の分割、――魂の複製、――生命の本質……!! そうか、そういう――――」
呟くが早いか、俺の視界は鈍く暗転していった。
◆◆◆
「マスター。起きてください、マスター」
「う……、ん……」
ぼやけた視界がゆっくりと像を結ぶ。
赤茶の髪に白磁の肌、無機質で透き通る結晶の眼。
やがて眼に映るのは、俺を覗き込む美少女の姿だった。
通常の土魔術で作れるただのゴーレムでは、このように術者の指示なく動くことは絶対にありえない。
「マスター」
「ああ……」
『俺の娘』が、そこにいた。
俺の魂を分け与えて創り出した、ゴーレムの少女。
彼女がこうして動いているということは……。
「成功したんだな、俺は」
「はい」
少女は無表情のまま答える。
偽りの自動人形ではなく、真に魂の存在するゴーレム。
生命の創造に成功したのだ。
◆◆◆
「さて…………、お前に名前を与えよう」
俺は立ち上がり、目の前に立つ赤色の髪を持つ少女を見つめた。
俺の言葉を聞いた彼女は、無言で俺の顔を見る。
その視線は、俺の真意を探るかのようだ。
「まずは……、そうだな。『ルビナ』と呼ぼうか」
俺は彼女の名を告げた。
「ルビナ……?」
「そう。宝石の名前だ。美しい赤い色をした石だな。お前の瞳の色と同じだ」
俺は微笑を浮かべながら言う。
少女は少し驚いた様子を見せたあと、僅かに頬を緩ませた。
「ありがとうございます、マスター。私の名は、ルビナですね。分かりました。私は、ルビナ・アンティオークです」
「ルビナ・アンティオーク?」
俺は怪訝な声をあげた。
「ええ。私はマスター、シゴル・アンティオーク様から作り出されたのでしょう?」
「まあ……、そういうことになるな」
「ならば、そのように名乗るべきかと思いまして」
そう言って、少女は笑った。
「それでは、改めてよろしくお願いしますね、マスター」
「こちらこそ、だな」
そうして、俺たちは固く握手を交わした。
透き通る赤色の眼に、微笑みの光が浮かぶ。
俺の相棒にして娘、魂を持つ世界で初めてのゴーレム、ルビナ・アンティオークが生まれたのである。