3話 新天地、南大陸へ
さて。俺が王国の外に出ていくまで見守る役人は、俺を始末しに来た魔術師の攻撃に巻き込まれていなくなった。
そのため、このまま大人しく追放されずともよいのだが……、そうだとしても、俺がこの国に居座ればいずれお尋ね者として追われることだろう。
それに、もはや俺はこの国にいる理由がない。
そんなわけで、俺は早くもこの王国、フロウス王国の南の港から船に乗り、海を隔てた南大陸の港町、デルポトに来ていた。
理由はひとつ、ゴーレムを作るためだ。
「ふう……、久々に来たが、やはり南大陸は良いな」
からっと晴れた青空に、赤色の大地が俺を迎える。
土魔術師の俺にとっては、農業に向いたフロウス王国の土壌より、固く締まったこちらの土の方が好みなのだ。
ここの土には魔素がよく含まれ、それでいて加工も容易な粘土質が多い。
型に入れて乾かせば日乾しレンガが簡単にできるし、なにより、ゴーレム作りに向いている。
この地が、フロウス王国が影も形もなかったはるか古代から優雅な都市文明を築き上げていたのは、ひとえにこの地勢によるものだ。
しかし……、栄華を誇ったこの地の古代文明は、もう千年以上前に滅んでいる。
教会はその理由を「神の怒り」としているが、それは正しくない。
冬になるとこの地は南東の風が吹く。『魔界』と呼ばれる未踏の地から、毒を含んだ風が流れてくるのだ。
いかなる文明も、豪華絢爛な大都市も、それに暮らす大勢の民草なくては成り立たない。
徐々に土地を枯らして農作物を育たなくさせる魔瘴害が、人々の暮らしを破壊し、やがて古代文明を滅ぼしたのだ。
そういった経緯から、ここ南大陸は、沿岸の僅かに点在する港にしか人が定住していない。
しかし、魔瘴によって生み出されたモンスターとその素材を求めて、あるいは古代帝国の遺跡に眠る財宝を求めて、命知らずの冒険者たちは数知れず。
この南大陸の内陸部は、いわば露天型のダンジョンなのである。
それらダンジョンのなかでも、賑わっているダンジョンもあれば、人気のまったくないダンジョンもある。
特に、小さく探索済みの枯れた遺跡には殆ど人が来ない。
姿を隠し、そしてゴーレム作りに専念するためにはそこを拠点にいいだろう。
将来に思いを馳せていると、遠くからこちらに手を振る人影があった。
「よ~~う、シゴル! 元気にしてたか?」
「おお、リオンか。相変わらずさ、……追放された身だがな」
人当たりのいい笑顔で挨拶をしてきた茶髪の彼はリオン、商人だ。
昔から女にモテ、かつては行く先々の港町に別々の女を持っていたという。
が、貴族の娘子に手を出す火遊びをしたのが運の尽きで表では商売ができなくなり、闇市や抜け荷などで生計を立てている奴だ。
女性関係は信頼できたものではないが、商売相手として見れば一定の信用がおける。
俺も何度か世話になったことがあるし、その腕は確かだ。
「それじゃあリオン、先に言っていたとおり、俺はこれから内陸に向かう。水や食料は週に一度届けに来てくれ」
「それはいいが……、オレは商人だ、慈善はやらないぞ? 蓄えが尽きたらどうするつもりだ?」
「それについてだが、考えがある」
俺は辺りを見回し、人気がないことを確認してその場でしゃがみ込んだ。
そして、いくつか小声で呪文を唱えると……。
「これは……、陶器か!」
「その通り」
俺の手の平には、小さなワイン壺が乗っていた。
もちろん、ここの土でいま作り出したものである。
「ちょっと貸してみろ」
「おう」
俺は放るようにツボを渡した。
「ふんふん、ほほう…………。これは……、バルギーラ風の作りだな」
リオンは、俺の作った陶器を爪で叩きつつ言った。
「御名答」
バルギーラ共和国は我らがフロウス王国の隣国のそのまた隣国にある国……、このあたりへ届くまでには、関税が幾重にもかかって原価の数十倍の値がついている。
つまり、このあたりでバルギーラ風の陶器といえば、珍品好きの貴族によく売れるというわけだ。
この俺が他作品の模倣に徹するというのはそれなりに癪にさわるが、受けた屈辱を思えばなんのことはない。
「ふむ。さすがは国内一のゴーレム技師……。この程度の土細工ならお手の物、か」
「そういうこと。まあ、そこそこの値はつくだろう?」
「ああ、これなら充分カネになる。丈夫で滑らかで、よほどの出来栄えだ」
「それはよかった」
俺は立ち上がり、肩をすくめた。
本当はこの他にも儲けのタネあるのだが…………、リオンは信用できる相手だがあくまでビジネスの仲である。あえて手の内全てを晒す必要はあるまい。
リオンが満足したところで本題に入ることにする。
俺が彼に求めるのは、当面の食料や生活必需品だ。いかに俺といえど、粘土からパンやバターを生成することはできない。
リオンと取引するのは久しぶりだが、昔馴染みということもあり話は早かった。俺たちは早速商談を始めることにした。