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2話 襲撃と決意

 高級であることはひと目でわかるが、どこか統一感ない調度品の群れ。

 王宮の東塔、宮廷魔術師テレウスに与えられた自室である。


 黒檀のソファ、花梨材のテーブル、種々のきらびやかな宝飾品や美術品が並んでいるが、配置、組み合わせといったものがひどく不自然に感じられる。

 見る者が見れば、高級店の家具や美術品を無造作に選び、並べたような印象を受けるだろう。


「テレウス様」

「うん?」


 侍女は、蒸らし終えた紅茶を注ぎ、主人に差し出した。

 茶葉は南方より取り寄せらた最高級品質のものである。

 つい先ほど首席魔術師へと昇格を果たしたテレウスは、それを優雅な仕草で一口飲み、侍女を見やる。


「その……、『彼』をただ追放するだけでよかったのでしょうか? 他国の軍隊に仕えられて、我が国の不利益になる……、なんてことには」


 侍女の問いかけに対して、テレウスが応えた。

「ああ、それか」


 テレウスは、読みかけの本を閉じると言った。


「追放というのは方便でね、」


 テレウスはほくそ笑み、瞠目した。


「『追っ手』は出してある。騒ぎにしたくないから精鋭をよりすぐった、私の弟子たちと聖堂法師の混成隊20人……。シゴルが国外の土を踏める日は、来ないだろうなぁ」


 テレウスは、再びティーカップを手に取ると、愉快そうに喉を鳴らして紅茶を飲み干す。

 そして、椅子の肘掛けにもたれかかると、満足げに言った。まるでこれから起こることを想像して、心躍らせているようにも見える。


 テレウスにとって、彼、シゴル・アンティオークは目障りな存在であった。


 平民の出でありながら、高い壁を突破して宮廷魔術師になった天才であり、しかも、かつてのテレウスを超える最年少の宮廷魔術師であった。


 幼い頃から天才と呼ばれ、プライドを高め続けたテレウスにとって、シゴルが同じ地位にいること自体がテレウスには我慢ならなかったのだ。


「貴族は貴族として君臨し、平民は平民として地を這うべき、当然の理さ。くくく、くはははは……!」


 テレウスの笑い声は、王都の夜空に溶けていった。



 ◆◆◆



 夜が明けた。

 俺は、国外追放のために護送馬車に乗せられ、港に向かったわけだが……。


 ドゴオォォン!!


「怪しいとは思ったが、思ったより露骨な手を使うんだな」

 両脇を林が隠す道路に差し掛かったとき、俺の乗った馬車が襲撃に合ったのだ。



挿絵(By みてみん)



 俺は、何も知らなかったらしい哀れな護送馬車の御者の死体を横目に敵戦力を探った。

 魔力源は……、二十。テレウス派の戦闘魔術師、一個中隊といったところか。


「貴様がシゴル・アンティオークだな。恨みはないが消えてもらう!」

 そう言うと、俺を包囲する魔術師たちはまるで無警戒に俺に近づいてきた。


 む。なぜだ……?

 おかしい。魔術戦闘において迂闊に間合いを狭めるのは明らかな悪手。

 いかな素人であっても、いや、素人であればこそ間合いは取りたがるはず。


 俺はすかさず魔力を練り、土魔術を使おうとする。


「何を狙ってる……? 《アース――》」

 が、しかし。


「なんだこれは。魔力が練れない……?」

「ははは!! その通りだシゴル! 貴様がいかに優れたゴーレム使いといえ、土魔術を封じられては何もできまい!」


 そう高らかに笑うと、鈍い赤銅色の宝玉を掲げ、魔術師は言った。


「このために、土魔術封じの王家の秘宝をお借りしてきたのだ。諦めろ!」

「なに?」

「くくく、怖いか? 所詮特化型魔術師なんぞ、多くの術を使えない者の言い訳、その特化したひとつを封じられては何もできないのだ!」

「ああ、そうか」


 そうか。そういえば俺は、人目のあるところではあまり土魔術以外の魔術を使っていなかった。


 刺客たちは、俺が土魔術のほかは使えないと勘違いしているのだ。


「ならば、見せてやろう。炎魔術、――――《ヘルフレイム》」

「なーーっ!!」


 俺が右手をかざすと、目の前に真紅の魔法陣が展開する。

 そして――。


 ゴォオオオッッ!!


 魔法陣から真紅の業火が渦を巻きながら出現すると、敵対する魔術師に向けて噴き出した。

 その熱量は凄まじく、まるで小さな太陽が現れたような光景だ。

 突然現れた炎を前に、敵は驚愕し固まっている。


「ぎゃああああ!!!!」

 炎はそのまま魔術師へと迫り、その身を焼き尽くした。


 ――ドサッ。

 燃え尽きた魔術師の身体が地面に落ちる。


 周囲の魔術師たちは、完全に無警戒、といった顔をしていた。


「ばっ、ばかな!? 貴様は土魔術のほかは素人同然では!?」

 リーダー格らしき魔術師が叫ぶ。

 どうやらこの男は、俺のことをかなり侮っていたようだ。


「ああ未熟なものさ。この程度、『先代』首席殿に比べればな」


 王国史、いや大陸史に残る『万能』の魔術師。それが俺の師匠であり、俺の前に首席宮廷魔術師をしていたエルファム師である。


 それに比べればこの炎はぬるすぎる。

 たとえば展開速度ひとつとってもそうだ。エルファム師なら、この程度の『ただの』上級魔術、無詠唱かつ魔法陣を展開するワンテンポなしで放っていたことだろう。


「とはいえ、やはり土属性が使えなければ時間がかかるな。それ……!!」


 俺は()()になって魔力を練り始めた。

 すると……、めきり、めきり。軋む音を立てて俺の足元がひび割れる。


「つっ、土魔術封じが…………!!」

「ばかなっ! 遊泳する流砂竜(スヴァグラ)を封じ込めるための術式だぞっ!? 特注の秘薬と特大の魔晶を用いた封印だ。いかな者といえ一人の魔術師に壊せるはずが……………!!」


「流砂竜か」


 熱砂の大地を棲家とし、身じろぎひとつで砦を崩す。

 身の丈は馬を五十匹並べたよりなお大きい、竜種のなかでもとりわけ巨躯を誇る者。


 懐かしい。

 修行の半ばで力比べをさせられた相手だ。


「ぬううぅ………………、大地よ、我が意のままに、《コントロール・グラウンド》!」

「うわぁぁぁ!!」


 魔術が完成するとともに地面がうねり、ついに彼らの足元から無数の土の手が表れた。


 ――パキン!

 ふと振り返れば、真っ青な顔になったテレウス派魔術師と、その足元に散らばる宝玉の欠片があった。

 なるほど、あれが土魔術封じとやらだろう。


 俺が無理やりに魔術を行使しようとするので、堰き止められた魔力が魔道具の限界を超えて砕け散ったのだ。


 地面から伸びた土の手は、俺を狙った刺客たちを全員捕らえていた。


「さて。人の命を狙ったからには、同様に命を奪われる覚悟はあるんだろうな?」


 俺は、悠々と魔術式を組みたて始めた。

 途端に、足元を拘束されて逃げられない魔術師たちが慌てだした。


「くっ、炎よ! 《フレイムピラー》!」

「《ウインドストーム》!」

「氷よ、彼の者を穿け、《アイススピア》ぁぁっ!!」


 先のヘルフレイムを躱した魔術師たちが、四方八方から攻撃呪文を放ってくる。

 しかし――


「遅い。《アースウォール》!」

 俺が地面に向かって呪文を唱えると、俺の周囲すべてに土壁がせり上がる。


 バシュウッ!

 魔術師たちの放った魔術は、すべてこの土壁に阻まれた。


「ば、ばかな!? ただのアースウォールがこんなに固いわけがない……」

「ちぃっ!! ならこれでどうだっ、闇に染まりし轟雷よ、我が敵を射抜く槍となれぇ! 《ダークネス・ライトニングボルト》!!」


 一人の魔術師が雷属性の上級の攻撃呪文を唱えた。

 すると、その杖先から黒い稲妻がほとばしり、土壁へと直撃する。


 ピカッ、ドゴオォォン!! バリバリバリバリッッ!!!


 すぐ近くに落雷があったような音がして、土壁の表面が黒く焼け焦げた。わずかばかり、焦げた破片がポロリと落ちる。


 しかし、それだけだ。表面の他はなんともない。


「そ、そんな……!?」

「テレウス様に次ぐ実力の……、彼の攻撃が……!?」

 魔術師は呆然と立ち尽くしている。


 土属性は防御魔術の中でも堅牢性に優れる。加えて、俺のアースウォールは術式に工夫を凝らし、基礎鍛錬と研鑽を重ねた壁だ。生半可な攻撃魔術では表面が傷つくだけである。


「おい、何をやってる? なあ、そこのお前もやってみろよ」

 俺はそう言って、他の魔術師たちを挑発した。


「じ、上級魔術だ、上級魔術を撃て!!」

「はあぁぁぁぁ………………、《ヘルフレイム》!!」

「凍てつく刃に刻まれよ、《アイスストーム》!!」


 今度は、俺も使ったヘルフレイムなどの上級の遠距離攻撃が飛んできた。

 しかし、それらは全て、俺の展開した防御の壁に防がれてしまう。


「…………こんなものか。俺も見くびられたものだな。そら、今度はこっちから行くぞ。守ってみろ」

「まっ、待ってくれ! 俺たちは守備魔術は修めてなくて――」 

「それが、なにか?」


 俺は、無造作に片手を振るった。

 ドガァン!!! 凄まじい轟音とともに、俺の右手から放たれた無数の石礫が、数人の魔術士をまとめて吹き飛ばした。


「ぐあぁあっ!!」

「きゃあああっ!」

 彼らは悲鳴をあげながら、地面に転がっていく。


「おら、どうした。早く起き上がって反撃しろ」

 俺はそう言い捨てると、次の標的に向かって歩き出した。


「ひいっ!?」

 恐怖に引きつった顔で後ずさろうとする男の首根っこを掴み、持ち上げる。


 そして、そのまま掴んだ手のひらから土の槍を生やして彼の喉元を貫く。

 ズシャッという嫌な感触と共に、男は静かになった。


 それを見ていた別の男たちの顔色がみるみると青ざめていく。


「に、に、逃げろぉおっ!!」


 どうにか足元の拘束を振りほどき、脱兎の如く逃げ出した刺客たちだったが、すぐにその足は止まってしまった。

 彼らの足元には巨大な沼が形成されており、すぐさま膝まで沈み込んでしまったからだ。


「どこへ行くつもりだ? まさか逃げる気じゃあるまいな?」

 俺は冷笑を浮かべつつ、ゆっくりと彼らに近づく。


「ま、待て! 話せばわかる! 頼むから命だけは助けてくれぇえっ!!」

 一人の男が必死の形相で懇願してきた。

 しかし、俺はそれを無視して杖を振り上げた。


「俺が襲われているときにそう言ったら…………、助けるつもりは僅かでもあったのか?」

「ひっ、ひっ……!!」

「まあいい。終わりだ、――《アーススピア》!!」


 ズアッ!!

 地から突き出た無数の土の槍が、残った魔術師たちの命を残らず刈り取る。


 本来は初級から中級に属するこの呪文だが、それは術者次第である。このように、多数の槍を複数展開することも、敵の足元にピンポイントで生やすこともできるのだ。


「かっ、かはっ…………」


 数分ほどの攻防を経て、あたりには再び平穏が戻った。



 ◆◆◆



「さて、と」


 埋葬を終え、俺はすっかり暗くなった空を見上げた。


 俺の命を狙いに来た敵とはいえ、死体を晒しものにしておくのは気分がよくない。

 俺を狙いに来て、そして死んだ魔術師すべては俺が土葬にしておいた。


 それに、俺の得意の土魔術を使えば、街道脇の地面に20人ばかりを埋葬することなどたいした手間ではない。


「まさか、国外追放の前に命を狙われるとはなあ」


 予想以上に、俺は恨まれていたようだ。


「…………いいさ」


 俺はひとり、決意した。

 まがりなりにも祖国、そう考えるのはここまでだ。


 師匠の顔を立てて、大人しく隠居でもするつもりだったが、やめにする。


 師匠への義理は、宮廷魔術師として国に貢献することでもう立てた。

 あとは、好き勝手に生きさせてもらうとしよう。

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