サワコが跳んだ日
サワコのやつが跳んだ時、俺は39度の熱を出して寝込んでいた。
だから数日ぶりに登校した時、マスコミから「どう思いますか」と聞かれて「分からないです」と答えたのは本心だ。
これは嘘。
分からないというのは本当だけど、マンションの屋上から跳んだ理由は分かる。
サワコはいじめられていた。
それも盛大に。
クラスの生徒からは基本無視。
クラスのボスの女子生徒からは毎日トイレに連行されてずぶ濡れになって帰ってきた。
教師はいじめには加担しないものの触らぬ神に祟りなし、サワコの存在もいじめの存在も無視して何も無いように振る舞っていた。
自分がサワコの立場だったら毎日死にたいと思っていただろう。
なんで学校に来てたんだろう。
死という曖昧で形を持たない感覚が、学校の中で煮詰められて研ぎ澄まされて、確かな形となってサワコに襲いかかった。
サワコは死を育てていたのだ。
だから跳んだ。
サワコの葬式。
学校はかたくなにいじめの事実を認めようとしなかったけど、生徒の死を認めないわけにはいかない。
沈痛な面持ちで、同じクラスの生徒たちを葬儀に向かうように促した。
周囲を見ると生徒はまばらで、半数以上が来ていないようだった。
いじめの首謀者の女子生徒たちは当然来ていない。
葬儀の中心で泣いている大人たちを見た。
サワコの両親か、あるいは親戚か。
あいさつくらいはしたほうがいいんだろうけど、今の自分に言えることはない。
葬儀の帰り道、ふと気になってサワコの家の近くに寄ってみた。
10年前と変わらない姿があった。
10年前、俺とサワコは互いの家を行き来する仲だった。
親の仲が良かった記憶はなく、なんとなく感覚が合ったのだと想う。
男女の垣根を越えて本を読んだりごっこ遊びをしたりして楽しんだ。
サワコのことを好きとか嫌いとか考えたことはない。
一緒にいると楽しい、そう感じていたはずなのに、いつの間にか疎遠になった。
きっと他にやることができたし、それに性別の違いが目を覚ましたんだろう。
疎遠になったまま同じ中学、同じ高校と通ってきて、気がついたらサワコが跳んでいた。
「サワコ」
思わず口に出ていた。
驚いて、手で口を押さえる。
すると、口の代わりにあふれるように、目から涙が流れてきた。
嗚咽する。
なぜ?
何を思って?
「サワコ」
好きでも嫌いでもない。
最近は疎遠だったし、いじめは無視していた。
何もしてやれなかったし、何もする気はなかった。
それなのに、寂しい。
自分勝手な思いだが、確かにこの感情は寂しさだった。
目の前の家から、一人の女の子が永遠にいなくなったことを想う。
世界中のどこを探し回っても、二度と会うことはできないのだ。
彼女が何をしたのだろう。
彼女は死ななければならないほどの何かをしたのだろうか。
俺はなぜ、その死が決定的になるまで傍観していたのだろうか。
俺は嗚咽し続ける。
分からないままでいた何かが、もう分からないままだということを痛感して。