9.星がふる世界
伊織さんに『家まで送る』って言われたけど、私はそれを断った。
理由は、『行きたい場所』があるから。
だから今日は、伊織さんと夏帆ちゃんとは、待ち合わせしたショッピングモールの噴水前でお別れ。
伊織さんも私に手を振りながら、すごく嬉しい言葉を掛けてくれる。
「七瀬ちゃん、何かあったら、すぐに相談してよね。
こんな俺達だけど、力になれることはあるはずだから」
「はい、ありがとうございます。
ご馳走様でした」
私はそう言って頭を下げると、伊織さんは『笑み』をこぼして、夏帆ちゃんと一緒に歩いて行った。
その姿を見た私も歩き出し、『目的地』に向かう。
その『目的地』は少し遠いけど、散歩が好きな私だから、気にしない。
イヤホンを自分の耳につけて、好きな音楽を聞きながら、すっかり暗くなった街を歩き出す。
そして、ショッピングモールから歩いて三十分。
着いた場所は、全く人気のない海辺だった。
近くに古びて機能をしていない灯台があるだけ。
・・・こんなところにきた理由は、ただ一つ。
それは、『空』を見上げたかったから。
『通常では見えない世界』が、ここには広がっているから・・・・。
私が住む桜町。
ここは何もかも『中間的』な立地で、『北斗会』と言う裏社会の組織のおかげで、治安もいい。
『住居希望者も多数いる』と噂がある。
市長も『この桜町には力を入れている』って、大きくメディアで言ってくれたっけ。
そんな桜町だけど、実は九割以上の人間が知らない『秘密』がある。
まだみんなの知らない『桜町のいいところ』がある。
それは、『星がふる世界』と言われている、すごく神秘的な場所・・・・。
これは一部の人には、すごく有名な話なんだけど、『世界で一番綺麗なプラネタリウム』を映し出す、海外の施設の館長さんが言った言葉ある。
それは、『この世界で一番綺麗な星が見える場所は、日本の桜町だ。
それも、海辺近くの灯台のすぐ側だ。
まるで星が降ってくるように、一つ一つの星が輝いて見える』ってね。
その言葉を私に教えてくれたのは、その桜町に住む、私のおばあちゃんだった。
おばあちゃんもまた『星が大好きな人』で、私にも様々な星を教えてくれた。
実は私のおばあちゃんは昔、『星が大好きな星博士』だと、周りから言われていた。
おばあちゃんの職場であった『理容室ステラ』は、おばあちゃんと同じように『星好きのお客さん』が多く、理容室はいつも『星の話』で盛り上がっていた。
ある時は、おばあちゃんがお客さんに『星座の名前を当てるクイズ』を出したりして、クイズに正解したらたらお店で使える『クーポン』を渡して、お客さんを集めていたようだ。
でもおばあちゃんの『マニアックすぎる問題』に、お客さんはみんな苦戦。
お母さんの話だと、誰一人と問題を解いた者は、いなかったみたいだ。
だから『星のことなら詳し過ぎるおばあちゃん』に、『星博士』と名付けた人がいた。
巷じゃおばあちゃんの『星好き』は、結構有名だったらしい。
まあでも、これらは全て『私が生まれる前』の話だけど・・・・。
そんなおばあちゃんに『いいところがある』と言われて連れて来られたのが、この灯台のある桜町の海辺だった。
それは今から、十二年も前のことになる・・・・。
私は酷くお母さんに怒られ、ずっと『家に帰りたくない』と泣いていた。
私が泣いていた理由は、家族三人で外出した時に『欲しいぬいぐるみ』があったけど、お母さんは買ってくれなかったからだ。
大きなウサギのぬいぐるみ。
欲しかった理由は、ただ可愛かったから。
そしてずっと泣いていた私だったけど、『顔を上げてごらん』って、おばあちゃんに言われたから、私は言われた通り顔を上げてみた。
本心の見えないおばあちゃんの言葉に、まだ右も左もよくわかっていない四歳の私は、『空』を見上げる・・・・。
すると、まるで手を伸ばせば届きそうな、『幾千幾万の星々』が夜空に広がっていた。
プラネタリウムの施設の館長さんが言ったように、『星が降ってくる』ような夜空に浮かぶ、一つ一つの星達の輝き。
そしてそのあまりにも『衝撃的な光景』に、私は『泣いていること』を忘れていた。
目の前のただただ美しい世界に、私の涙は消えて、私に『笑み』が戻っていた。
初めて訪れた『星がふる世界』に、私は一瞬で『星の魅力』に取り込まれてしまった。
おばあちゃんが言う『自分がどんな最悪な状況に追い込まれても、星だけは綺麗に輝いて見える』って言葉を、当時四歳の私は『心』に刻みながら。
・・・・そして、あれから十二年。
今日もその『星がふる世界』にやってきたけど、目の前の光景は、『十二年前』と何一つ変わっていなかった。
言葉を失うような、夜空に輝く様々な星達。
流れ星だって、ここからだったら見ることが出来る。
本当に『異次元の世界』だと、私はいつも思う。
『どんなに辛くても、この輝きを見たら、一瞬で忘れてしまうんではないか?』って思わされるような世界。
私はここに来ると、いつも座っている大きな石に腰掛けた。
同時にまた夜空を眺めて微笑んだ。
『この場所を知っている私は、本当にラッキー』って、少し変なことを考えながら・・・・。
周囲を見渡しても、ここには人はいない。
こんなにも『綺麗な世界』なのに、ここには私だけ。
本当にこの街の住人は、この『星がふる世界』を知らないようだ。
『なんだかもったいない』って思う自分がいるけど、『逆によかった』って思う自分もいる。
だって、『こんな素晴らしい世界を知っているのは私だけ』って知ったら、なんだかすごく『得をした気分』だし。
なんだか『私だけの世界』って感じがするし。
・・・って、私は何を思っているんだろう。
まあでも、そんなことはどうでもいっか。
ここなら多少、『変なこと』を考えても許される気がするし。
何より今は、この『星達』を見て癒されたい。
最近ここに来れなかったし。
ちょっと『辛いこと』が続いていたし・・・。
おばあちゃんも、『最悪な状況』だし・・・。
「おや?
君も星観察?
なかなか『おしゃれな趣味』だね?」
無警戒だった私の耳に聞こえた、男性の声。
振り返ると、そこには大学生くらいの見た目の男性が立っていた。
短髪のイケメンさん。
この星に興味があるのか、何万円もしそうなカメラを首からぶら下げている。
プロのカメラマンの人で、星を撮りにきたのだろうか?
もちろん私は、この人の事を知らない。
「えっと・・・・」
私の言葉に続くように、彼は答える。
同時に彼は笑う。
「ただの『星好き』さ。
名乗るほどのものじゃないよ」
「はあ・・・」
なんて言葉を返していいのか、私にはわからなかった。
名前とか名乗ってくれたら、私も自分のことを少しでも話せたのに。
でも彼は私を気にせず、自分のペースで私に問い掛ける。
「君は星座の名前とか、わかるの?」
私は少し考えてから答える。
「あ、いえ・・・・。
星座とか、私には全くわからないです。
ただ私、星が好きなので。
星を見るのが好きなので」
本当だ。
おばあちゃんは『星座』について、なんでも知っていたが、私は違う。
私はただ星が好きなだけ。
おばあちゃんに星座について叩き込まれそうになったが、私は断った。
・・・・だって、私は『星を眺める』のが好きなだけだから。
無理矢理『星座』を覚えようとしたら、『星が嫌いになりそう』だと思ったから。
・・・・でも目の前の人は、どうなんだろう。
『カメラをぶら下げて星を見に来た』ってことは、相当星に詳しい・・・・ハズ。
家で撮った写真を眺めているのだろうか?
・・・・少し聞いてみよう。
「・・・・そう言うそちらの方は、星に詳しいのですか?」
「いや、全然」
「え?」
彼の即答に、私は少し混乱した。
もしかして、『最近星が好きになった人』だろうか?
だから、『まだ星に詳しくない』とか?
それとも、私と同じの『星空マニア』なのかな?
うーん、わからない・・・・。
一方の彼は、小さく微笑むと言葉を続ける。
「何か『変なこと』を言ったかな?
僕はただ星が好きなだけ。
こうやってカメラに星を収めるのが好きなだけさ。
まあでも、こうやって空を眺めて、『自分の目』で星を見ることの方が、好きなんだけどね」
・・・・って言うことは、『私と同じ』ってことかな?
私は彼のような高そうなカメラは持っていないけど、携帯電話で何度か夜空を撮っている。
実際に私の携帯電話の待受画面は、ここで撮った『夜空の写真』だし。
あまり上手くは撮れてないけど・・・・。
「・・・・さてと、僕はもう帰るよ。
君、まだ中学生か高校生でしょ?
親に心配されないように、早く帰るんだよ?」
『来てまだ三分くらいしか経過していないのに、もう帰るのか?』って思ったけど、私を心配してくれるような彼の言葉に、私も言葉を返す。
「あ、はい。もちろん!
すぐ帰ります」
そう慌てて私は言葉を返すと、彼は笑った。
そして彼は私に手を振って、この場を去ろうとする。
・・・・『意味深な言葉』と共に。
「じゃあね。星野七瀬ちゃん」
「・・・・・え?」
『どうして私の名前を知っているんだろう?』
そう思ったけど、彼の姿はいつの間にか消えていた。
温もりも何もない。
どこを見渡しても、彼の姿はない。
私は『有名人』ではない。
『習い事で賞を取った』とか、『中学の部活で輝かしい成績を収めた』とか、そう言うのじゃない。
運動は苦手だから、野球部の『マネージャー』のような役割だったし。
まあ一応『バスケットボール部』だったけど。
私がいた中学校はまだ『マネージャー』みたいなポジションはなかったから、ほぼ『ボランティア』みたいな形で野球部に参加していたし。
ちなみにバスケ部には、殆ど顔を出したことはなかった。
練習すらしない『ダメなバスケ部』だったから、逆に顔を出せば『驚いた顔』で部員に見られたし。
もちろん『バスケ部の大会』なんて、私は出たことがない。
って言うか、『部活』として機能していないから、『他の部員も大会には出たことがない』と思うし・・・。
・・・・って、そんな『私の中学時代の部活のこと』は今どうでもよくって。
「誰なんだろう、あの人は?」
結局、その言葉だけが、私の脳裏に残った。
その後も星を眺めて続けても、なぜだか彼の顔が脳裏に映し出される。
なんて言うか、『妙に気になる人』だったし。
でも『会った記憶』は無いけど・・・・。
『イケメン』だったから、 記憶に残ったのだろうか。
・・・・・って、そんなことはどうでもよくって!
・・・・それからも、私は星を眺め続けた。
『家に帰ったらおばあちゃんが待っているから帰ろうかな?』って思ったけど、この星を見続けたら、もうすっかり『帰ること』を忘れていた。
時々星空を携帯電話のカメラで撮ったり。
でも写真写りが悪いから、すぐに消したり。
『さっきの人のようなカメラを買おっかな?』って思ったり。
『でも我が家にはそんな余裕はないから、絶対ダメだ』って自分に言い聞かせたり。
でもやっぱり『カメラ欲しいな』って思ったり・・・・。
・・・・そんなことを考えながら、星を眺めていたら、かなりの時間が経ってしまった。
流石に帰らないと、お母さんに怒られる。
お母さんには『少しだけ星を眺めてから帰る』ってメッセージで伝えてあるけど、帰りが遅かったら意味がないし。
お母さんは怒ると『怖い』から、もう怒られたくないし・・・・。
・・・・帰ろう。
そう思った私は腰を上げた。
そして来た道を戻り、『早く家に帰って、今日もおばあちゃんと一緒に寝よう』と思った。
・・・・けど。
・・・・突然聞こえる、男の人の声。
それも少し怖い声・・・・。
「おい、そこに誰かいるのか?」
その声と共に『光』が見えた。
懐中電灯の光だ。
夜空の星がハッキリ見える程だから、この辺りはすごく暗い。
私も携帯電話のライトを使って、ここまで来たし。
さっきのカメラをぶら下げた人も、懐中電灯を使っていたし。
そしてその光を見続けていたら、『男の人』が現れた。
しかもその男の人はある意味、今一番出会いたくない人。
「あ、えっと・・・・」
目の前の男の人が『知り合い』とか、そう言うのじゃない。
ただ目の前の人の『職業』を考えたら、今からの自分の姿が『不安』に思ったからだ。
でも別に『悪いこと』はしていないと思うけど・・・・。
目の前の人は、『警察官』だった。
テレビや実際に見る警察官がよく来ている服装を、目の前の男の人は着ているんだ。
間違いない。
って、どうしてここに『警察の人』が?
私に用があるの?
でも・・・・どうして?
・・・・そんなことを思っていたら、私の中の『不安』が強くなった。
さっきの『綺麗な夜空』を忘れてしまいそうな、大きな不安。
私、どうなるんだろうか・・・・。
一方で、警察官は怒った声で私に問い掛ける。
「こんなところで何をしているんだ。
家出か?」
「ご、ごめんなさい!
えっと、『星を見に来た』って言うか・・・」
「何が『星』だ。
早く帰れ。
こんな時間まで外をふらつきやがって。
今何時だと思っているんだ?」
「ごめんなさい・・・・」
不安に押し潰されそうな私は、『謝る』しか選択肢はなかった。
同時に『早く帰ろう』と思う気持ちが強くなった。
さすがに『警察のお世話』にはなりたくないし・・・・。
この状況をあまり理解出来ていない私は、警察官に頭を下げて、この場を去ろうとした。
確かに携帯電話で時間を確認したら、夜の『十時』を回っている。
と言うか、もうすぐ『十一時』だし・・・。
伊織さんと夏帆ちゃんと、長く店内で話していたから、時間を忘れてしまったみたいだし。
でも『帰ろう』と、来た道を戻ろうとしたけど、なぜだか警察官に止められた。
私は警察官に腕を掴まれて、動きを止められる。
って、何するの?
まさか・・・・逮捕?
・・・・え?
「・・・・ちっ。
めんどくさいが、家まで連行する。
住所教えろ」
連行?
住所?
「あ、えっと」
「早くしろ!」
怒鳴る警察官の言葉に、私はまるで『糸の切れた人形』のように、おとなしくなってしまった。
そしてそれからの記憶は、あまりない。
でも気が付いた頃には、私はこの警察官の車に乗せられていた。
パトカーじゃないけど、車の向かう先は、間違いなく私の家の方向だった。
向こうも警察官一人だけみたいで、車の中には私と警察官の二人だけ。
ってか、この人はいったい誰なんだろう。
どうして私を?
どうして『私があの場所にいる』ってことを?
何一つ『現状』を理解出来ない私には、わからない・・・・。