6.働く理由
店内を見渡せば、どの席もお客さんが座っていて満席。
カウンターでオーダーを受けて、その場で会計も済ませるから、レストランのように『追加オーダー』とかは基本的にない。
だから『カウンターに並ぶお客さん』がいない今、私達の仕事は一旦落ち着いた。
でもまだ『洗い物』や、無くなったものを追加する『補充』という作業が残っているんだけどね。
一息つくには、少し難しい職場。
私は洗い物を担当していた。
このお店は『紙コップ』ではなく、『マグカップ』で提供しているから、お客さんが帰るたびにそのカップを洗わなくてはならない。
いずれは『紙コップ』にするらしいけど、『切り替え』が難しいみたい。
まあでも、紙コップになっても、マグカップ以外にも洗い物はあるから、変わらないと思うけど。
例えば、ケーキを提供するお皿だったり。
そうやって一人淡々と、顔色も変えずに洗い物をする私の元に、佐々木さんが寄ってきた。
・・・・ちょっと『意味のわからない言葉』と共に。
「さすが『働き者の星野さん』だね。
バイトなんだから、別に『全力』出して働かなくてもいいのに」
全力か・・・・。
まあ確かにそうかも。
私達、『アルバイト』だし。
「ごめんごめん。
さすがに言い過ぎた・・・・」
その佐々木さんの言葉を聞いて、私は佐々木さんに向けて『失礼な顔』を浮かべてしまったと気がついた。
『その言葉はあまり共感できない』と言うような、私の怖い表情。
でも私は『自分の行動』を否定する。
「・・・・別に気にしてません。
確かに、『その通り』かも知れませんし」
「じゃあどうして?」
どうしてか・・・・・。
今は答えたくない。
「・・・・なんでもいいじゃないですか。
今は仕事中です。
私語はできる限り謹んで下さい」
「おお怖っ!
とても『十六歳のセリフ』じゃないね」
・・・・うるさいです。
まだ十六歳の私には、『社会の仕組み』については、よくわからない。
だけど私のような『アルバイト』は、自分の時間を『雇用側』に売ってお金を貰う『時給』で成り立っていると言う事だけは知っている。
店に『利益』が出ようが出ないが、私達アルバイトには『働いた分』だけ・・・・いや、『タイムカード切った時間分』だけお給料がもらえる仕組みだ。
酷い言い方をすると、『私達は所詮アルバイト。利益が出なくてもお給料は貰えるから、別に無理して店舗の売上を取ろうと頑張らなくても良い』ってわけだ。
だって、よく『インセンティブ』と呼ばれる『利益』が貰える社員さんと違って、アルバイトはインセンティブは貰えないし。
どれだけアルバイトが『売り上げ』に貢献したって、『給料が増える』わけじゃないんだし。
逆に言えば、勤務中に仕事をサボっていても、お給料は減らないんだし・・・・。
普通の人間なら、『この仕組み』について知ってしまったら、『職場で頑張る気力』なんて無くなってしまうと思う。
『結果に応じて時給を上げてしてくれる職場』があるなら、また話は別だけど、一度『怠け』を知ってしまった人間は、なかなか立ち上がる事は出来ない。
・・・・だから私は『佐々木さんの言う通り』だと思った。
『無理して頑張る必要』なんてないし、アルバイトなんだから、『アルバイトらしく働いていれば良い』と思う。
『あと三十分で帰れる。早く時間が過ぎないかな?』って考え続けたら、それで良いと思う。
身を削る思いをして、無理に頑張らなくても良いと私は思う。
・・・・でも『今の私の置かれた状況』から考えて、今の私は『頑張る』しか、選択肢は残されていなかった無かった。
『サボろう』とか『手を抜こう』とか、『今日はしんどいから休んでしまえ』とか、そんなことは一度も考えたことがなかった。
だって・・・・、家では毎日、お母さんが頑張っているんだよ。
産んだ娘の名前と顔を忘れてしまった『おばあちゃん』のために、お母さんは『自分の職』を捨ててまで、『おばあちゃんを介護し続けている』んだよ。
朝から晩まで。
寝る時間を削ってまで・・・・。
・・・・だから私、『お母さんを裏切るような行動だけはしたくない』と思った。
お母さんも私を信じて、『ごはん』を作って待っていてくれるのだから。
絶対にその『期待』には答えたい。
そしてまた『三人』で笑いたい・・・・・。
・・・・まあ私を『社員』で雇ってもらえる企業があれば、話は別なんだけどね。
『中卒』じゃ、人はあまり『私の話』を聞いてくれない。
『アルバイトの仕組み』が嫌なら、『社員』になれば良いだけの話だし。
・・・・って私、何考えているんだろう。
「ねえ、星野ちゃんは今日何時上がり?」
佐々木さんの言葉に、私は洗い物をしている手を止める事なく答える。
「私ですか?
今日も五時です」
「じゃあさ、この後予定ある?
一緒にご飯でも行かない?」
・・・・・・・。
「わかりません・・・・」
呆れたような私の言葉に、佐々木さんは苦笑い。
肩も落とす。
「なんでわからないのだよ・・・・。
まあいいや。
どのみち今日俺暇だから、行けそうなら連絡してよ。
『カフェグループ』に入っているローマ字『iori』って俺だから。
ただし、六時からな。
俺、今日は六時まで勤務だし・・・・。
ってか、なんで俺はこんなに勤務時間が長いんだろう」
「イオリ?」
私、変なことを言ってしまっただろうか?
直後、佐々木さんに睨まれた。
一瞬だけど・・・・。
「えーなんだよ。
俺の名前、知らないの?
佐々木伊織。
初めて会った時、自己紹介しただろ?
星野七瀬さん」
『一ヶ月前』に出会っている佐々木さんの苗字を『昨日』知った私だ。
下の名前なんて、憶えているわけがない。
自信持って言えることじゃないけど・・・・。
「覚えてないです・・・・」
佐々木さんは今度は苦笑い。
なんだか申し訳なくなってきた・・・・。
「まあいいや」
そう言葉を残すと、佐々木さんは別の仕事に取り組んだ。
酷い私の言葉にも負けず、他の従業員に『笑顔を』見せて働く佐々木さん。
・・・・なんか、私とは正反対の人間だ。
どうしてこんな私と絡んでくれるのだろう?