7,英雄の帰還
「良いよ、君を此処にかくまおう」
「………いや、私が言っておいて何ですが本当に良いのですか?」
呆れ返ったような声で、そう問い掛ける。
ミカイルは呆気に取られたような表情で問い返した。それもそうだろう。何故なら、ミカイルは自分で言いながら都合の良い事を要求している事を理解していたから。
彼が要求したのはこうだ。自分がばらまいた兵器で宇宙規模の大戦争が勃発した。だから人類に見切りをつけるので此処でかくまって欲しいと。中々に都合の良い事を言っている。
しかし、それに対しクロノはこう言った。至って平然とした表情で。
「もちろん、君にはタダで此処に居て貰う訳じゃない。俺からも要求がある」
その要求という言葉に、ミカイルは思わず息を呑んだ。その反応に、クロノは苦笑した。
「別に、其処まで難しい要求じゃないよ。強いて言うなら天使達の監督をして欲しいんだ」
「監督………?」
「天使達のまとめ役でも良い。俺は天使達に宇宙の管理権を預け眠りにつこうと思う。だから君にはその天使達が万が一暴走したりしないよう監督してほしいんだよ」
曰く、天使長の座を任せると………
それを聞き、ミカイルはなるほどと納得した。つまり、クロノはミカイルに天使達を取りまとめる長を任せたいのだと。そういう事なのだろう。
宇宙の管理権。それは言うほど簡単な事ではない。というより、言葉以上に重要だろう。
つまり、宇宙が発展するのも滅びるのも、天使達の裁量によるという事だった。
端的に言えば、天使達が暴走すれば宇宙一つが支配搾取されかねないという事になる。
それを防ぐための措置が、天使全体のまとめ役という訳だ。
しかし、其処でミカイルには疑問が過った。厳密に言えば、疑り深い彼の気質が出た。
「しかし、本当にそんな大役を私に任せても良いのですか?職権乱用に走っても、」
言い掛けたミカイルの言葉を、クロノは指先一つで遮った。その不敵な笑みに、ミカイルは思わず心臓を鷲掴みにされたような不思議な感覚を味わった。
或いは、心を直接握られるような感覚か。ともかく、クロノは笑みを浮かべて言った。
まるで、ミカイルという個人の全てを理解したかのような。そんな笑みと口調で。
「大丈夫だ、君は少しくらい自分に自信を持った方が良い。君はそんな人間じゃないさ。そもそも俺はミカイルという人間の事を信じると言っているんだ。少しは俺の事を信じてくれ」
「っ‼」
思わず息を呑んだ。
それは、一種不思議な感覚だった。まるで、全てを見透かすような瞳。いや、実際彼の瞳は全て見透かしているのだろうと理解出来る。理解、出来てしまった。
そして、同時にこうも理解出来た。彼は、文字通り全てを見透かした上でミカイルの事を信じる事にしているのだと。それを理解し、今まで全てを疑っていた自身を恥じた。
自身を恥じ、クロノには絶対に敵わない事を悟った。
いや、或いは最初に遠藤クロノを前にした時からそれは理解していたのかもしれない。
何故なら、クロノは概念兵器を発明し世界の全てを知り尽くしたミカイルですら理解不能な概念により身を包んでいたから。
いや、或いはそんなものが無くともミカイルはクロノを前にして容易く屈服していた。そう感じられるほどに彼は巨大な何かを感じさせた。とほうもなく、巨大な何かを。
それが何なのかは、流石にミカイルには理解出来なかったが。
それでも、きっと今のミカイルにとっては些細な事だったろう。そうミカイルは思った。
「………分かりました。今後、貴方が眠っている間天使達の監督は私が預かります」
「ああ、任せた」
そう言って、クロノは淡い光に包まれた。そして、彼を中心にして巨大な結晶体が構築されその結晶体をこれまた巨大な黒い鎖が覆った。
ミカイルは瞬時に理解した。これは一種の封印だと。
遠藤クロノを肉体と精神と異能の三つに分けた上で、二重に封印する強力無比な封印。
そんな彼の姿を目にして、思わずミカイルは目を奪われてしまった。この刹那の時を、彼は今後絶対に忘れる事はないだろう。そう思えるほどに………
・・・・・・・・・
その言葉を聞き、私は思わず視線をある一点に向けた。其処には、巨大な結晶体と鎖が。
そう、それは最初から其処に存在していた。とほうもなく巨大なオブジェ、そう感じていたそれはつまり遠藤クロノを封印する為の結晶体と鎖だったのだ。
………とほうもなく巨大な結晶体。そして、それを覆う巨大で黒い鎖。
その中に、彼が居る。
「あの場所に………クロノ君、が?」
「はい、その通りです」
ふらりと、力の籠もらない足取りで私はそれに近付いた。その結晶体の中に、彼が。
クロノ君が居るのだ。
そう思うと、私の頬を一筋の雫が零れ落ちる。ああ、理解出来る。そうだ、私は彼に会う為にこの場所にまで来たのだから。だから、
「クロノ君、私は来たよ?」
………
「ようやく、此処に来たよ?」
………………
「今までとても永かった。本当に、永かったんだ」
………………………
「だから———だからね、其処から出て私の話を聞いてよ。私と、皆の文句を聞いてよ」
………………………っ‼
「ねえ、クロノ君っ‼‼‼」
———っっ‼‼‼
その瞬間、弾けるように結晶体と鎖が砕け散った。その中から出てきたのは、一人の少年。
そう、白川ユキがずっと会いたかった。彼に会う為にずっと努力を続けてきた。
遠藤クロノだった。
・・・・・・・・・
これまで永かった。ずっと、永い間待ち続けていた。
ああ、理解している。この根源の地に過去も現在も未来すらありはしない。
此処は全ての始まりの一点だから。はじまりの地に過去も現在も未来もありはしない。
分かっている。
それ故に、短いも永いもありはしない。しかし、それでも俺はずっと待ちわびていた。
ずっと、彼女の事を待ち続けていたんだろう。だから………
俺は、ようやくこの目を開く。この時が来た事にある種歓喜を覚えながら。
目を開く。其処は何処までも広がる純白の空間。そこかしこに天使達が駆け回る。
そんな中、俺の知る者達の姿があった。その中でも、俺の愛してやまない少女の姿が。
………目の前には、滂沱の涙を流しながらそれでも笑みを浮かべるユキの姿があった。
震える身体で、涙で滲んだその瞳で、それでも笑みを浮かべながら。彼女は言った。
「おかえり、クロノ君。この日をずっと待っていたよ」
「ああ、ただいまユキ。俺だってこの日をずっと待っていた」
俺とユキは、そっと同時に一歩踏み出した。その足取りに、迷いなど一切ありはしない。
俺とユキの距離は、もう目と鼻の先だ。すぐ傍に彼女が居る。それだけで、心が震える。
そっと、俺はユキを抱き締めた。ユキも、俺の背中に腕を回して抱き付いた。
愛している。そう言葉にするのは簡単な事だ。しかし、俺達にそんな陳腐な言葉は無用。
俺達に、今更そんな言葉は必要ない。しかし、それでも愛しい気持ちが抑えられない。
ああ、理解している。俺はずっと、彼女に会いたかったのだから。分かっているさ。
その距離は完全な零だ。彼女と俺に、もう隔たりなどありはしない。
だから、俺は彼女に向けて一言だけ言った。
「ただいま、ユキ。もう二度と君の傍を離れない。もう、二度と放しはしない」
「うんっ‼」
この時の彼女の笑顔は、本当に美しいと俺は思った。きっと、この世の何よりも美しい。
彼女は、俺にとって満天の星空より輝かしい。彼女の笑顔は、俺の宝だ。
そう感じた。
この日、俺は何よりも大切な幸せを手にした………




