5,別離と約束
そして、ついに俺達は元の時代に帰る時が来た。
「まあ、この時代が救われた事で俺達の生きていた時代も大きな変化があると思うけど」
「それは帰ってから考えれば良い事だと思うよ?実際、私達が居る以上大きなパラドックスは起きていないだろうと思うし」
「まあ、それはそうだろうけどね?」
実際、ユキが消滅していない以上改変された未来でも彼女の両親は生きている事になる。事実俺自身としても其処まで巨大なパラドックスが起きないよう動いていた。
そもそも、その為に俺は自身の力の大半を割いていたくらいだ。文字通りそれほどまでの歴史的矛盾は起きていない筈だ。まあ、ユキが消滅するような事態は俺自身が許容出来ないが。
だからこそ、そうならない為に力を行使していた。事はユキには内緒にしている。
彼女に余計な心配はかけたくないから。そもそも、今思えば無用の心配だろうけど。
ユキも成長している。あの絶望に押しつぶされていた頃の彼女とは違うだろう。
だから………
「もう、俺は何も心配しなくていいよな」
「………?クロノ君、どうかしたの?」
「いや、何でもない」
そう言って、俺は元の時間軸への座標を演算し終わった。もう、この時代に用は無い。
そう思い、そのまま元の時間軸に転移しようとした。その瞬間———
「待て‼」
クロノ達を呼び留める声。その声に思わず目を見開いた。
何故なら、其処に居たのはクリファとニアの二人だったからだ。その二人は、息を切らせてそれでも俺達の事を真っ直ぐと見ている。いや、見ているのはユキか。
その視線に、ユキは思わず息を呑んだ。僅かに身構える。
しかし、その心配は杞憂だったらしい。
「元の時代に戻る前に、一つだけ話させてくれないか?」
「は、はい………」
「ユキ、と言ったな?お前、俺の娘だな?いや、俺達の生まれ変わりの娘だな?」
「…………っ‼」
気付いていた。どうやら、クリファ達には既に気付かれていたらしい。
いや、或いは気付いたのはニアの方かもしれない。そう、ユキはクリファの生まれ変わりの娘であると同時にニアの生まれ変わりの娘でもあるのだ。
俺がそれに気付いたのは、ほんの些細な疑問からだ。影倉ヨゾラはクリファの転生者。それも転生を果たして尚その意思は強く残り続けた。文字通り、無価値の魔物として。
しかし、その絶望の根源となったニアを差し置いて彼が他の女性を選ぶものだろうか?
無論、答えは否だ。クリファがヨゾラに転生していたと同様、ニアも転生していたのだ。
まあ、彼女自身は転生前の記憶を保持していないみたいだが。それでもヨゾラの方は彼女が生まれ変わりである事実に気付いていたらしい。
故、ヨゾラは娘には当たりがきつかったが妻には一定以上の愛情を抱いていたとか。
それも、やはりユキは知らなかったようだが。
「……………………」
「いや、何も答えなくても良い。その反応だけで理解出来る。一体何があったのかも」
「それ、は………」
「だから、これだけは言っておく。俺の生まれ変わりがお前に何を言ったかは想像出来る、けど俺はそれでも娘であるお前の事も愛している。もちろん、例え生まれ変わってもだ」
「っ‼?」
ユキは、その一言で泣きそうになったらしい。表情がくしゃりと歪んだのが理解出来た。
そして、ニアは俺に向かって頭を下げた。
「どうか、私達の娘をよろしくお願いします。私達の娘だから、きっと繊細だと思うけど」
「ええ、きっと幸せにしてみせます。だから、どうか安心してください」
そう言って、俺は自分でも理解出来るほど穏やかな笑みを浮かべた。きっと、今以上に穏やかな気持ちを抱いた事は無かっただろう。そう思えるほどに。
今の俺は穏やかな気持ちだった。
そうして、俺とユキは元の時代へと戻った………
・・・・・・・・・
元の時代に戻ってみれば、其処は俺達の知る世界よりずっと進歩していた。
「戻って、きたんだね………此処は私達の居た時代だよね?そうだよね?」
「ああ、間違いない。此処は元の時代だ」
ユキの言葉に、疑問が混じるのも仕方がない。何故なら、俺達が知る元の文明より更に数段階ぐらいは進んでいたのだから。その疑問も当然だろう。
しかし、俺は知っている。過去を改変した影響で、この程度の変化はある事を。
俺は理解していた。筈だったのだが………
「ああ、でもこれは流石に予想外だ。もう時間切れか」
「へ?時間切れって………っ‼」
ユキが俺を見て目を見開いた。それも当然だろう。
俺の身体が淡く輝いており、そしてゆっくりと俺の身体が透けていくのだから。
まるで、俺の身体が消滅していくかのように。
ああ、クリファとニアとの約束は。やっぱりしばらくおあずけかな?
思わず苦笑を漏らした。
「別に、驚くような事じゃないさ。最初から分かっていた事だ」
「ど、どういう事?クロノ君の両親はこの改変された時代には居ないという事?」
「違うよ。ただ、俺がこの世界に留まる事が出来なくなっただけの話だ」
「そ、それは一体どういう………」
俺は、困惑を隠せないユキに淡い笑みを浮かべる。これだけは伝えなければならない。
そう決心し、もう少しだけこの世界に留まるために意思を固定する。
「俺は、もうこの世界の人間じゃないんだよ。いや、居られなくなったの間違いか」
「ど、どういう事?」
困惑するユキに、まるで言い聞かせるような口調で言った。
「言った筈だろう?俺は根源に辿り着いた者だ。そして、根源に居る意思に接触した。其処で俺はその意思と対話しその根源を継いだんだよ」
「根源を、継いだ………?」
俺は、笑みのまま頷いた。
そう、俺はそもそも零の継いだ時点でこの世界の人間じゃなくなっている。あくまで根源で宇宙を産み出し維持する存在となっている。まあ、それが本質ではないが。
事実、俺は根源に存在しながら世界に並行して存在していた。それだけの無茶が利いた。
とはいえ、俺は少々無茶をしすぎた。
「今此処に居る俺は、いわば根源に存在する俺の影みたいなものだ。根源から差した光から生まれた一つの影のようなものだよ」
「け、けどそれでも………時間切れというのは一体?」
「少々、俺はこの世界に干渉しすぎたんだ。それも、この世界に化身を遣わせてまで」
化身。そう、今の俺は根源に居る俺の化身だ。
化身のままで行使可能な権限は限られる。それ以上の力の行使は越権行為だろう。それでも俺は限界を超えて力を行使した。故に、時間切れが来たんだ。
その事実を、俺は淡々と説明する。ユキの瞳が揺らぐ。
「じゃあ、もうクロノ君には会えないの?」
「それは違う」
断言した。即答だった。
それは違う。俺は、断じて否と答えた。それだけの確信が自身にはあったから。
「俺は信じている。俺が到達したように、何れユキも俺の許へと到達出来ると。だから、あくまでその間の僅かな時間の別れだよ」
「…………クロノ君は、寂しくないの?根源に独りで」
「まあ、流石にな。でも、ユキが到達するまでのしばらくだから。それまで俺は俺で適当に暇つぶしでもして遊んでいるよ。ユキならきっと、俺の許へ辿り着けるって信じてる」
「………クロノ君」
それに、と俺はユキの頬に手を添えて笑みを浮かべた。上手く笑えているだろうか?
少し疑問だけれど。それでも精一杯俺は笑う。
「今のユキならきっと大丈夫だ。そう信じられるだけの確信がある」
そう言って、直後俺の意識が薄れていきそのまま零へと引き戻されていく。
しかし、その直後聞いたユキの言葉。それに俺は思わず目を見開いた。
「必ず!必ず君の元に辿り着くからっ!どれだけ時間がかかっても、きっとクロノ君を見つけ出して辿り着いてみせるから!だからっ‼」
「……………………」
「だから………………クロノ君は安心して、其処で待っていて‼」
その言葉に、俺は一体どんな表情を浮かべたのだろうか?
自分でも分からない。けど、それでも俺はきっと笑っていたのだろう。そう思う。
だから、
「ああ、楽しみに待っているよ」
そう言って、俺はそのまま世界から消失した。




