4,正体不明の意思
しばらくして、ようやくニアとクリファは泣き止んだらしい。すっかり赤く泣きはらした目元を拭いながら共に起き上がる。ずっと泣き続けたせいか、二人とも酷い顔だ。
しかし、どうやら想いをぶつけ合った結果すっきりしたらしい。その口元には僅かな笑みが浮かび幾分か晴れやかな表情だった。どうやら最悪の未来は回避出来たらしい。
いや、或いはまだ安心するには早いのかもしれないけれど。
実際、問題が全て片付いた訳ではないし。
「ところでニア、一体君は実験の末に何を見たんだ?電話で話した事を聞く限りだと、それが原因で全てが茶番だと判断したようだけど………」
「……………………」
その言葉を聞き、ニアは再び黙り込む。その表情は僅かに暗い。
どうやらまだ彼女の闇は完全に晴れた訳ではないらしい。むしろ、問題は此処からだ。
そんなニアに、クリファは真剣な表情で問う。彼は、ニアを本気で救うつもりなんだ。
「何があったのか聞かせてくれないか?俺はニアの事を………」
「いえ、話します」
クリファの言葉を遮り、ニアは表情を引き締めて言った。
どうやら話す決意を固めたらしい。クリファの顔を見、そして俺とユキを交互に見た後やがて呼吸を整えてようやく話し始めた。
「私の研究が、魂の系譜を遡る事で宇宙の根源を観測するものだったのは知ってるよね?」
「ああ、そしてそれを知った結果君は絶望したんだよな?一体何を見たんだ?」
クリファの言葉に、ニアはしばらく黙り込んだ後決意を固めた表情で答えた。
「宇宙の根源には、無限に宇宙を産み出し続ける意思が存在したの。その意思は観測の結果何も理解出来ない事が判明した。というより、人類に理解出来る領域に居ない事が分かったの」
「人類に、理解出来ない………」
クリファの呆然とした言葉に、ニアは黙って頷く。
そして、一息間を置いて続けて話し始める。
「それは人類には理解出来る領域には存在しない。それは理解した。しかし、私が理解したのはそれだけでは断じて無かったの。端的に言えば、それは全ての源流だった」
「源流だって?」
「そう、それが宇宙を無限に産み出し続けているのは理解した。問題はそれだけではなく、それは全ての魂と意思にとって大河の源流のようだった」
「………?」
意味が理解出来ないのか、クリファは眉をひそめて首を傾げる。
それを知ってか知らずか、ニアは続きを話し始めた。
「ようするに、全ての魂と意思にとって流れを決定する巨大な流れがあらかじめ存在した。つまりはそういう事なのよ。それを見て、私は全ての生命に自由意思など存在しないと判断したの」
「………っ‼」
クリファの表情が、愕然としたものへと変わる。
そう、それが彼女が絶望した本当の原因。全ての流れを決定する大河の本流。それが存在すると仮に定義するとして、全ての生命がその本流から生まれた欠片でしかないとして、ならば本当に人類には自由意思というものが存在するのか否か?それが問題だったのだ。
彼女の話をようやく理解したのか、クリファは絶句した。もし、本当に彼等を救うとしたらこれからが山場という奴なんだろう。そう俺は考えた。
だからこそ、此処で俺は話に割り込む。
「それは違うよ。君達の想いは決して茶番なんかじゃない」
ニアとクリファが同時に俺の方を向いた。ユキも、俺の方を向く。
俺は三人を交互に見た後、言った。例え、それが俺にとって大きな不都合を含んでいても。
「確かに、その意思が流れ出した思考が無限に宇宙を産み出した。そしてその巨大な流れから全ての魂と意思が誕生したのも事実だろう。けど、決して自由意思が無い訳じゃない」
「それは、どういう事?」
ニアの問いに、俺は真っ直ぐと彼女を見ながら答えた。
「そいつは、あくまで全ての生命にとって元型のようなものでしかないんだ。ようするにそいつをオリジナルとして生まれてきた魂と意思は既に独立を果たしているんだよ」
「独立………」
「つまり、だ。そいつはあくまで大まかな自然の流れであってより強大な運命の管理なんてしてはいないという事なんだよ。俺達は俺達で、既に自由な意思として切り離されているんだ」
それは、まるでその存在を深く理解しているような口調だ。事実その通りだが。
その言葉に感じるものがあったのだろう。クリファが問いを投げ掛けた。
「クロノ、お前は一体何者なんだ?まるでそれを誰より理解しているような口調だが」
それは、僅かな恐れのような感情が滲み出た言葉だった。そして、それはニアも同様なのか困惑の表情で俺を見ている。困惑と恐れがないまぜになったような視線。
ただ一人、ユキだけが俺を真剣な表情で見ている。
いや、ユキは厳密にはそれを知っているのか?何故なら、彼女はあの全てが滅びた文明で俺を通してそれを知覚しているから。知覚して、体感しているから。
「俺は、世界を救う為に。いや、お前達を絶望から救う為に時間を遡ってきた」
「っ、時間を‼そんな事が………いや、それが本当だとしても。今の質問の証明には」
困惑を隠せないクリファのその言葉に、俺はただ黙って頷いた。
もちろん、今更隠すつもりはさらさら無い。もはや、隠すつもりなど全くない。
「俺は到達した者なんだよ。全ての根源を観測し、其処へ通じる穴を開け到達した者」
「………っ‼?」
「俺は其処で全ての元型たる意思に触れた。そして、それを理解するに至ったんだ。だからこそ俺は理解出来るんだよ。全ての想いは茶番ではないと。お前達の想いは、絶望は茶番じゃない」
「……………………」
そう、全ては茶番ではない。自由意思は確かに存在する。全ては決して無価値ではない。
だからこそ、全ての想いは茶番なんて一言で括れない。
そのような一言で済ませてはいけないんだ。絶対に。
全ての想いは決して冗談では済まされない。全ての想いはその意思あるものによって成されているしだからこそ決してそれが冗談で済まされて良い筈がないのだから。
彼が、あの根源たる零に居たあいつが運命に干渉したのはただ一度しかない。それ以外で生命に干渉するつもりは微塵もありはしないだろうから。
そんな俺の言葉を聞き、クリファはもう一度だけ問い掛けた。
何処までも真剣な表情で。これだけは確認しなければならないと。
「最後にこれだけは聞いておく。お前はその根源とは違うんだな?」
「俺はあくまで俺だ。そいつとは違う」
その一言に、クリファは頷いた。その表情には何処か納得したような晴れやかさが。
「分かった。ありがとう」
それだけ言った。




