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新時代の英雄は終焉世界を駆け抜ける~無限と永遠の英雄譚~  作者: ネツアッハ=ソフ
無限と永遠の英雄譚編
94/100

3,堕ちる意思と救う想い

 次の日、事態は急速に(すす)んでゆく。


「お、おい!ちょっと()て‼待っ‼ニアっ‼」


 クリファの(あせ)るような声とともに、俺とユキの意識は覚醒した。どうやらクリファは電話の最中らしく電話機を片手に必死に相手(ニア)と話している。


 しかし、途中で電話が切れたらしく焦った様子と共に電話機を乱雑に()げ捨てた。そのまま慌てて外へ出ようとするクリファを、俺は()めた。


 比較的落ち着いた声で、俺は()う。


「待て、何かあったのか?」


(はな)せ!このままじゃニアが、ニアがっ‼」


 慌てて出ていこうとするクリファを、俺は黙って(なぐ)りつけた。


 (おどろ)いた様子で俺を見るクリファ。そんな彼を、俺は比較的落ち着いた声音でもう一度問う。


 その声は、俺自身驚く程に平坦(へいたん)で淡泊だった。


()いから落ち着け。………何があった?」


「…………ニアが、個人的に行っている研究の結果全ての始まりを観測(かんそく)に成功した」


「……………………それで?」


「結果、どうやら自分の人生を含めた全てが茶番(ちゃばん)だと知って絶望したらしい。このままではニアが絶望のあまり自殺してしまうかもしれない。こうしている間も、もしかしたら‼」


「そうか。お前はそれについてどう思っている?」


「………?」


 言っている意味が理解出来ないのか、怪訝な顔で首を(かし)げるクリファ。


 だが、待っている時間はない。こうしている間も刻一刻と時間は()ぎ去っていく。だからこそ俺は先に聞いておくべき事をクリファに聞いた。


「お前は自分の人生が茶番だと思っているのか?全てが茶番だと、自分の(おも)いや苦悩の全てが茶番だとそう感じているのか?(こた)えろ」


「…………(ちが)、う」


 クリファの口から、絞り出すような激しい怒りを(おさ)えるような言葉が()れ出た。


 そんな彼の言葉の続きを、俺は待った。そして、クリファの感情(いかり)はついに爆発した。


「違うっ‼俺の人生(せい)は茶番なんかじゃない‼俺の、俺のあいつへの想いは、俺があいつに抱いた全ては断じて茶番なんて言葉で(くく)っていい物じゃないっ‼」


「………そうか、じゃあ行くぞ」


 そう言って、俺はクリファの腕を黙って()った。再び怪訝な表情をする彼に、俺は言う。


「彼女を絶望から(すく)うのは、お前以外に居ないだろう?俺なんかじゃ断じてない」


 瞬間、俺達はその場から消失し。気付けば今まさに自殺する寸前のニアの前に居た。


          ・・・・・・・・・


「ニアっ‼」


「クリファ………君」


 どうやら、今ようやく俺達の存在に気付いたらしい。ニアの表情は(うつ)ろで、生気というものがまるで感じられない。まさに死人(しにん)のような表情だった。


 そんなニアにクリファは真っ先に()び掛かり、自殺しようとしていた彼女を止めた。


 勢い余ってクリファとニアは共に床に倒れる。しかし、相当精神的に(まい)っているらしい。ニアの表情に全く苦痛の様子は見られない。むしろ、どこまでも虚ろで感情の起伏(きふく)が見られない。


「っ、どうして!どうして自殺なんか!何故俺に相談(そうだん)の一つもしてくれなかった‼」


「クリファ君、(はな)して………死なせて」


「っ⁉」


 ニアは涙を流していた。無表情(むひょうじょう)のまま、虚ろな瞳で涙を流していた。


 その表情に、クリファは思わず絶句(ぜっく)する。そんな彼に構わず、むしろ懇願するようにニアは虚ろな言葉をただ吐き出している。


「こんな、全て茶番でしかない世界はもうイヤ。私が(いだ)いてきた想いも、情熱も、苦悩も、全て茶番でしかないなら死んだほうがよっぽどマシよ」


「…………っ」


 血を吐くような、それでいて絶望に染まり切ったような言葉だった。


 その絶望の言葉に、クリファは身体を(ふる)わせる。いや、これは………


 クリファのその感情は………


「お願い、そうでなければ私を殺して。クリファ君に殺されるなら、私は………」


「っ、馬鹿野郎‼‼‼」


 クリファは声の限り(さけ)んだ。そして、(にぎ)り締めた拳で床を思い切り殴りつけた。


 あまりにも強く殴りつけたのか、その拳から血が流れ出ている。それでも、クリファはニアを睨み付けるその瞳を逸らさない。その瞳は、何処までも真っ直ぐニアを見ている。


 何処(どこ)までも強く、(いか)りに染まった瞳でニアを睨み付ける。


「………クリファ、君?」


「そんな事、例えどんな事があろうと口にするな。ニアが死んだら俺が死ぬ」


「っ‼」


 何処までも強い瞳で、クリファはニアを睨み付ける。しかし、クリファの表情(かお)は今にも泣きそうでそれを堪えるのに必死なのが理解出来る。


 しかし、それでも彼はニアを睨み付ける。涙を堪え、泣きそうになるのを堪えて。


 瞳だけは強く、ニアを真っ直ぐと睨み付ける。


「………ニア、俺はお前が()きだ。お前だけが俺にとっての唯一絶対なんだ」


「それ、は………」


「お前がいなきゃ、この世界に価値(かち)なんて無いんだよ。お前を死なせたら、俺は無価値な凡愚に成り果ててしまうんだよ。だから、お前が死んだら俺は死ぬ。お前の居ない世界に価値はない」


 ニアの居ない世界に、価値などありはしない。


 真っ直ぐニアを睨みながら、クリファは断言(だんげん)した。


 そんなクリファの言葉に、ニアは目を見開いて(だま)り込む。


「全て茶番なんかじゃない。少なくとも、俺のお前への気持ちは断じて(いつわ)りじゃない。俺はお前の事が他の何よりも大好(だいす)きだ。決して、それだけは茶番だなんて言わせない」


「そ、れは………」


「お前はどうなんだ?こんな俺の事なんか、(いや)か?」


 真っ直ぐ見据え、クリファはニアに問い掛けた。その言葉に、ニアの瞳が()らぐ。


 しばらく視線をさまよわせた後、ニアはようやく口を(ひら)いた。


「私、だって………私だってクリファ君の事が大好きよ。決して、偽りなんかじゃない」


「だったら、断じて茶番(ちゃばん)じゃないだろう?………(すく)なくとも、それだけの価値がある」


 その優しい言葉に、ニアはこらえ切れずに涙を流した。


 そう、決して偽りではない。断じてその涙に(うそ)なんて欠片もありはしない。断じてこの世界は茶番ではない何よりの証明(しょうめい)が其処にはあった。


 ニアとクリファは、しばらく互いに()き合いながら涙を流していた。その涙は、何処までも暖かくて優しいものだと俺には思えた。


 少なくとも、俺にはそれだけの価値を感じた。


          ・・・・・・・・・


「そう、だったんだ………クロノ君も(おな)じだったんだね?」


 互いに抱き合い、涙を流し合うクリファとニア。その二人を見詰(みつ)めながらユキは涙を流す。


 まるで、彼等を通して何かを深く理解(りかい)したかのように。まるで、彼等と誰かを重ねるようにしてユキは滂沱の涙を流している。まるで、ユキの心の中で何かが(ほど)けたかのように。


 まるで、ユキの心の中の闇がようやく()れ上がったかのように。ユキは暖かで優しい涙をその瞳から流し続けている。止め処なく、(あふ)れさせている。


 そして、そのまま俺に視線を向けないまま声を()けた。


「私が死を(えら)んだ時。クロノ君に殺されて死のうと思った時も、クロノ君は彼と同じ気持ちを抱いて同じ絶望を感じていたんだね?それでも、クロノ君は私を(あきら)めはしなかったんだね?」


「………ああ、そうだよ」


 俺は端的(たんてき)にそうとだけ答えた。その返答に、ユキは再び涙を流した。


 まるで、千年もの永い間ユキの心を(こお)り付かせていた氷がようやく溶けたように。ユキの頬を次から次へと涙が伝い落ちる。ユキ自身、それを()める事が出来ないようだった。


 そんなユキの肩を、俺は黙って()き寄せた。今は、それだけで十分だと思ったから。


 ただ、黙って俺はユキの肩を抱き締める。それだけだった。


「ごめん。ごめんなさい。クロノ君………」


「大丈夫だよ、何があろうと俺はユキの味方(みかた)だ。決してユキを諦めない」


 そして、俺は変わらず全てを背負(せお)う。そう決めたから。だから………


 俺は決して最後まで諦めたりなんかしない。絶対(ぜったい)にだ。

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