1,異色のふたり
とはいえ、そもそも俺もユキもこの街の地理に詳しくはない。それもその筈、この時代は俺達が生きていたより遥かに古い時間軸にあるからだ。そもそも、此処は地球ですらないしな。
故に、俺とユキは行き詰まっていた。何処をどう捜せば目的の人物に出会えるのか、或いは何をどうすれば目的を達する事が出来るのか全く分からない状態なのである。
要するに、完全な手詰まり状態だ。そもそも、この時代の文化圏の貨幣も無い。詰んだか?
それに、そろそろ此処を離れないと。いきなり不審な二人が脈絡も無しに出現したんだ。周囲の視線が俺達に次から次へと突き刺さる。それが否応なしに理解出来た。
ユキも、流石に居心地が悪そうだ。
「どうするの?」
「さて、どうするかな?」
どうしたものか。そろそろ状況が詰みかけた、その時………
天運はどうやら俺達に味方したらしい。
「あの、其処で立ち尽くしてどうしたんですか?」
おずおずと声を掛けてきた女性が居た。よく見れば傍に仏頂面な男性が居る。
その男性を見て、俺は瞬間的に納得した。この二人が、俺達が捜していた人物だ。
というよりも、その男性こそが俺達の目的となる人物だった。
ユキもそれを理解したらしく、少し驚いたような表情をしている。中々幸先が良い。
「ああ、早速見つけた」
「えっと、はい?」
俺の言葉に、女性は戸惑うように眉をしかめる。
まあ、それも当然だろう。初めて会った得体の知れない人物に、いきなり顔をまじまじと見られてその上変に納得された。これで困惑しない方がおかしい。俺だって素直に怪しいと思う。
というか、この場合俺の方が変質者なのか?うーむ………
「えっと、あの?」
「ああ、すいません。少し道に迷ってしまって………」
「ああ、そうなんですか………」
何処かほっとしたような表情で、その女性は胸をなでおろした。まあ、彼女からしたら俺達はかなり怪しいだろうしな。流石に自重した方が良いか?
そう思ったが、やはりこの街の常識など全く知らない俺達が自重したところでやはり違和感が強くなるだけで逆効果なのかもしれない。そう思い直した。
しかし、尻込みしていても何も始まらないだろうしな。
そもそも、この好機を逃せば次は無いだろうしな?
「実は俺達、ここら辺の土地勘が無くてね。そもそも此処に来る事自体初めてで」
「ああ、そうなんですか。大変ですね?」
「それに運が悪い事に財布を何処かに落としてしまって、どうしたらいいのか」
ははっと、少し乾いた笑みを零す。無論演技だ。
しかし、その演技がどうやら通じたらしく女性の表情に同情の色が浮かんだ。少し、罪悪感のような感情がないわけではないが。これもまた仕方がないだろう。
まあ、嘘も方便というしな?少し違うかもしれないけれど、そうしておこう。
・・・・・・・・・
そして、結果として俺の目論見通りの展開になった。
「とりあえず、私の名前はニア=セフィラです。よろしくね?」
「俺の名前はクリファ=ジークスだ」
まず女性が名乗り、次いで男性が名乗った。
俺達もそれに倣って名乗り返す。
「俺の名前はクロノ。遠藤クロノです」
「わ、私の名前はユキ。白川ユキです」
現在、こじゃれたカフェテラスでコーヒーを飲みながら歓談中。この文化圏の貨幣を所持していない俺達は無論支払いなど出来る筈がなく。当然ながらニアの好意でおごりだ。
少しどころか、かなり罪悪感があるのはもちろん表には出さない。しかし、流石にお礼くらいは伝えた方が良いのかもしれない。
そう思い、俺は二人に頭を下げた。
「それはともかく、コーヒーをおごってもらってありがとうございます」
「わ、私もありがとうございます」
「いえいえ、これも一つの縁ですから。気になさらず」
俺達が礼を言うと、ニアがほがらかに笑みを浮かべてそう返した。
かなり人間ができているらしい。というより、素晴らしい人間性だろうと思う。
やはり、クリファを救うには彼女が鍵となるか?そう、コーヒーに口を付けながら思う。
そして、そんな俺の事をクリファはじっと怪訝な表情で見ているのを俺は気付いていた。
・・・・・・・・・
そして、しばらく歓談した後。ふとニアが問いを投げ掛けてきた。
「ところで、これから貴方達どうするつもり?財布を何処かに落としたんでしょう?」
「ああ、うん。どうしたものかな?ここら辺の地理にも詳しくないし………」
ユキと視線を交わし、果たしてどうしたものかと考える。すると、唐突にバンッとテーブルを両手で叩きながらクリファが立ち上がった。その視線は俺達の方を向いている。
流石の俺達も驚きに目を丸くする。そんな俺達に、クリファは断言するように言った。
「そうだ、お前達今晩俺の家に泊まれ‼」
「……………………は?」
「えっと、クリファ君?」
思わず、俺とニアの言葉がハモった。お互い、疑問に思う気持ちは同じなのだろう。それくらいに彼の言葉は唐突で、そして意味が分からなかった。何だこれは?
ユキも同じらしく、困惑した表情で硬直している。そんな俺達に対し、クリファは一人だけ納得したように頷きながら言い放った。
「丁度いい、俺もお前達に聞きたい事があったんだ。今晩くらいは俺の家に泊まれ」
中々強引だった。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
その半ば強引な言い分に、思わず俺達は黙り込む。しかし、まあ確かに俺達は今は文無しと断言しても差し支えないような状態だしな?
はっきり言えば、この申し出を受けても良いのではと内心思ってはいた。
まあ、ほんの少しではあるけど。
「えっと、じゃあ今晩俺達はクリファさんの家に泊まれば良いのか?」
「ああ、遠慮は一切要らないから。お前達は素直に泊まっておけ」
そうして、俺達は半ば強引にクリファ=ジークスの家に泊まる事になった。
………うん、やっぱり意味が分からない。何だこれは?




