5,色あせた追憶3
それからしばらくの間、何事もなく平穏な日々が続いた。或いはそう思いたかっただけなのかもしれないけれども。少なくともクリファはそう思っていた。そう、思いたかった。
しかし、そんな日々もある日唐突に終わりの時を告げる。そう、全ての終わりの時が。
それは、ある休日の昼頃。珍しく何も用事のない一日を過ごしていた時の事。クリファの携帯電話にニアからコールが入ってきた。
ニアからの電話に少しだけ心を弾ませながら、クリファは通話ボタンを押した。
しかし………
「クリファ、ごめんなさい………全ては茶番だった」
電話はその一言だけで切れた。酷く不安になってくるクリファ。何の準備も整えず、そのまま部屋を飛び出して駆け出してゆく。
心の中を不安が満たしてゆく。以前から不安はあった。目を向けなかった訳ではない、ただ信じたくないだけの話だった。ニアに悩みがあるなど、自分がニアの拠り所になっていないなど。
どうあっても信じたくはなかった。ただそれだけの話だったのだ。
そして、それが最悪の結末を迎えるなど………やはり信じたくはなかった。
・・・・・・・・・
「…………………………………………」
クリファの目の前に、ニアが居た。いや、既にニアは其処には居ない。
其処にあるのはニアだったものだ。ニアだったもの、其処には彼女が首を吊った死体が。彼女の残骸が其処にあるのみだった。
その前で、クリファはただ呆然と立ち尽くしていた。ただ立ち尽くす事しか出来ない。
その傍には一冊の手記が置かれていた。ゆらりと、緩慢な動作でその手記を手に取る。
ゆっくり、その内容を噛み締めるように読み進める。其処に書かれた、ニアの心の内を噛み締めるように読み進めてゆく。やがて、その手記を閉じたクリファは目を閉じ思考を巡らせ。
「ふざ、けるな………」
ふざけるな、
ふざけるなふざけるな、
ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな………
「ふざけるなああああああああああああああああああああああっっ‼‼‼」
その怒りと絶望は全てを超越し、クリファは己自身を魔物へと変えた。
・・・・・・・・・
そして、世界は炎に包まれていた。一つの銀河系を掌握していた超文明も、その日終焉を迎え世界を焼く炎と共に燃えていった。そして、その中で一人佇むクリファは既に人間ではない。
その姿は、既に人間とは呼べないものとなっていた。
後頭部から生える、ねじくれた二本の角。その肌には鱗が覆い、瞳は鮮血の赤。背には闇を濃縮したかのようなどす黒い翼が展開されている。その姿は、まさに魔物そのものだ。
そして、魔物と成り果てたクリファは。無価値の魔物は思う。
「………やはり、邪魔が入ったか」
無価値の思惑では、全ては魔物と化した自身の一撃により終わりを迎える筈だった。
その筈だった。そう、その筈だったのだ。
しかしそうはならなかった。世界は滅びを迎える事はなかった。まるで、運命の修正力でも働いたかのように世界は存続していた。つまり、その答えは一つだ。
「ニア、君の言う通りだったよ。やはりこの世界は全て茶番だった」
故に、全ては無価値でしかない。故に、全ては茶番でしかない。
だから、全て滅びろ。せめてニアの死を無駄にしない為にも………




