4,色あせた追憶2
クリファがニアに告白してひと月、二人はほぼ毎日のようにデートを繰り返していた。ひと月が過ぎ去る頃には既に、クリファは自分に自信が持てるようになっていた。
しかし、根本的にはやはり変わってはいないのだろう。少なくとも、自分に多少の自信が持てるようになれはしたもののやはり本心では自分が無価値な人間という認識は変わっていない。
そもそも、人間は自分に根付いた精神性をそう易々と変える事など出来ないだろう。
それこそ、後の世で三つ子の魂百までという言葉が生まれる程度には。人間は変われない。
変わらないのではなく、人間はそう簡単には変われないのだ。それでこそ人間なのだろう。
しかし、少なくともニアに出会ってクリファは変わろうと思えるようになれた。ニアという女性が居たからこそ彼は自ら殻を破ろうと努力出来るようになれたのだ。
人間はそう簡単に変われはしないのだろう。しかし、だからと言ってそれでも変わる事が出来ない訳ではないだろう。きっと、人間は変われる。そう信じている。
そんな事を、ある日もう何度目か分からないデートの日に脳の片隅に考えながら、クリファは少しだけうきうきとした気分で待ち合わせ場所まで歩いていた。
しかし、そんなうきうきとした気分も待ち合わせ場所に付いた直後に凍り付いた。
待ち合わせ場所には、彼女であるニア以外に数人の男性が居た。どうやらナンパらしい。
ニアは少し困惑しているようだ。困惑しつつも頭を下げている。
恐らく断っているのだろうが、数人組の男達は少ししつこいようだ。にやにやと笑いながらそれでも尚ニアを口説いている。ニアは少しだけ涙目なのが理解出来る。
それもそうだろうと、クリファは思う。ニアは傍目から見ても綺麗な部類だ。
少し幼い顔立ちに出る所はしっかりと主張している。男達が放っておかないのも分かる。
しかし、それでもクリファはむっとした。少なからず思う所があった。
だからこそ、クリファはなけなしの勇気を振り絞ってその足を踏み出した。少なくとも、ニアを他の誰かに譲る気など欠片ほどもありはしなかったから。
ニアは自分の彼女だ。他の誰にも渡す気などないとばかりに。勇気を振り絞った。
・・・・・・・・・
………結果、クリファはぼろ雑巾のような有様で倒れていた。無論、喧嘩など一切した事がない彼からすればこの結果は当然の話だろう。
しかし、クリファはそれでも満足していた。その口元には、軽い笑みすら浮かんでいる。何故なら自分の彼女を守り切る事が出来たからだ。それだけで、彼からすれば価値がある。
そう思えてくる。
そんな彼を、ニアは困ったように笑いながら膝枕していた。本当に困り果てたように笑いながらそれでも愛おしそうにクリファの頭を撫でている。
「………本当に、無茶をするのね」
「こんな事、君じゃなきゃできないよ。君だからこそ俺は勇気を振り絞る事が出来た」
その言葉に、ニアは余計に困り果てたように笑う。
そんな事は無いと。きっと、自分でなくてもクリファなら出来ただろうと。
「そんな事………」
「そんな事あるのさ。俺はニアの事が大好きだから、心から愛してるから………」
「……………………」
困ったように笑うニアに、クリファは自分の想いを告げる。心から、本心を告げる。
「ニア、俺は君に出会って変われたんだ。変われると思えたんだ。だから、俺は君以外の人間なんて絶対にいらないよ。君さえいれば、他に何も要らない。絶対にだ」
「それ、は………」
「もし、君が明日死ぬような事があれば俺はきっと明日死ぬだろう。俺はそれで良い」
君の居ない世界なんて、俺にとって何の価値も無いから。俺の命なんてそれまでで良い。
君さえいれば、それだけで自身の人生に価値がある。そう思えてくる。本気でだ。
しかし。少なくとも、ニアは違ったらしい。
「私や貴方の想いさえ、全て茶番だったら?それでも人生に価値があるって思える?」
「?」
この時の言葉を、クリファはこの時理解する事が出来なかった。
或いは、この時理解出来ていれば彼の人生は変わっていたかもしれないのに。
ついぞ彼は理解する事が出来なかった。彼女が生きている間は………
「………ごめん、なんでもないよ」
そう言って、ニアはやはり困ったように笑った。それは、とても悲しい笑みだった。
物語は、此処から全て転がり落ちてゆく。




