6,罪と罰の在り処
目を覚ますと、其処はベッドの上だった。次第に意識がはっきりとしてくる。
「……………………此処、は?」
「目を覚ましたかしら?本当に、無茶をするわね」
ベッドの傍には母親が居た。どうやら、ずっとそばで見ていてくれたらしい。うん、俺自身かなり無茶をしたと思う。そのせいで、守れたものもあるんだけど。
………守れたものもある筈なんだけど。
「………えっと?母さん、あの娘は?」
「ああ、さっきからずっと其処に隠れて見ているけど?」
母さんがくすりと笑って部屋の隅を見る。其処には、確かに彼女が。ユキが居た。どうやら無事に彼女を守りきれたらしい。思わず安堵の溜息を吐く。
しかし、彼女は何故か部屋の隅に隠れたまま出てこようとしない。どころか、何かに怯えたように身体を丸めて座り込んでいる。えっと?
………一体どういう事だ?
「えっと?ユキ、何故其処に隠れているんだ?」
「っ‼」
ユキがびくりと震える。何かに怯えたように、実際に怯えているのだろう、余計に身体を小さく丸めて座り込んでしまう。その姿に、俺は一つ思い当たる物があった。
これは、崩壊した世界でずっと自身の罪に怯えていた頃のユキだ。
俺は、再度溜息を吐く。まあ今度の溜息は先程のと違い若干呆れが含まれているけど。
そっとベッドから降り、痛む身体を引き摺ってユキの許へと歩いてゆく。
そして、そのままユキの傍にしゃがみ込んだ。
「………ユキ、何故俺が君を助けたのか分かるか?」
「……………………分からない。私には、分からないよ。私、皆に酷い事をしたのに。この世界を滅ぼそうとしたのに。どうして、そんな私を助けたりなんてしたの?」
ゆっくりと、何かに怯えるような震える声でそう言った。
やはり、彼女は其処を理解出来ていなかったようだ。まあ、そうだろう。ユキはずっとそれを知らずに生きてきたんだと思う。当たり前の事を知らずに生きてきた。
人を傷付けたら、本気で怒る。世界を滅ぼそうとしたら、本気で憎まれる。そんな当然の事を知らずに今まで生きてきたんだ。けど、それを知ってしまった。理解してしまった。
だからこそ、怖いのだろう。ユキは、人から拒絶されるのが怖いのだろう。
俺は、そんなユキをそっと抱き締めた。びくっと彼女の身体が跳ねるのが分かる。
「今だから言うよ。ごめん」
「………何故、貴方が謝るの?」
確かに、今のユキからすれば俺が謝る理由なんて何処にも無いだろう。きっと、今の彼女に謝ろうと困惑で返されるだけだと思う。けど、それでも俺には謝らずにいられない。
俺は、彼女に………白川ユキに謝らないといけない。謝るだけの理由がある。
「あの崩壊した世界で、君を守る事が出来なかった。むざむざと、死なせてしまった」
「……………………」
だから、ごめん。そう、俺は彼女に謝った。ぎゅっとその身体を抱き締め、謝罪した。
気付けば、俺の頬を涙が雫となって零れ落ちる。止め処なく、涙が流れ落ちてゆく。何度謝ろうとそれでも謝りきれない。何度後悔しても、キリがない。
それほどに、俺は彼女に謝らずにいられなかった。
「どう、して………?何故、貴方が謝るの?悪いのは私なのに。悪いのは全部私で、貴方は何一つとして悪くない筈なのに。それなのに、どうして…………?」
「君の事が大好きだから。愛しているから。だからこそ、君の為に何かしてやりたかった」
「……………………」
黙り込むユキ。そんな彼女に、俺はぎゅっと強く抱き締め言った。
そう、それこそが俺が彼女を助けた理由。結局の所、俺にはこれしかないんだ。
俺が彼女を助ける理由なんて、どう取り繕おうとこの一つに帰結する。
「君の苦しみを何とかしたかった。君の苦しみを分けて欲しかった。生きて欲しかった」
———ただ、それだけだった。
「………分からない。どうして、私の為に其処までしてくれるのか分からない。私の為に、どれほどの人が犠牲になったか。それなのに、どうして其処まで言えるのか。分からない」
「…………確かに、そうかもしれない。」
ユキ一人の為に、どれほどの犠牲があったのか。どれほどの人達が亡くなったか。
それでも、俺はそれに対してこう言おう。
「それでも、俺は君に死んで欲しくない。君に生きていて欲しいんだ」
「それは、何故?」
「言っただろう?君を愛しているからだよ。君の事が大好きだから、死んで罪を清算するような真似だけはして欲しくないんだ。君には、生きて罪を償って欲しい。俺も、一緒に背負うから」
だから、君には死んで欲しくない。そう、俺は真っ直ぐと告げた。
「分からない。分からないよ…………貴方の言う事って結局自己満足でしょう?」
「そうかもね。でも、それでも君には生きて罪を償って欲しい。君一人が死んで罪を清算するなんて俺自身が納得出来ないんだ。本当は、それだけなんだ」
本当に、それだけなんだ。
例え、それが自己満足でしかなかろうと。それでも………
「…………っ、うっ、ぅう………ひっぐ、っぐ」
気付けば、ユキの身体が小刻みに震えていた。彼女から、小さな嗚咽が聞こえてきた。
俺は彼女を、ユキをより強く抱き締める。そっと、強く強く抱き締める。
十字架なら、俺だって一緒に背負う。ユキ一人に背負わせたりしない。
「ゆっくり、罪を償っていこう。俺も、一緒に背負うから。手伝うから」
「うあっ、あああ………あああああああああぅぅぅあああああぁぁぁぁぁぁっ‼」
泣きじゃくる。その涙は、まるで彼女の罪を洗い流すかのように次々とあふれ出る。
しかし、俺は理解している。この程度じゃ彼女の罪は消えてはくれない。こんな程度で彼女の罪は決して消え去りはしないのだと。それほどに、ユキの罪は重い。
けど、関係ない。重い罪なら、死ななければ償えないのか?許されないから、彼女は絶対に生きてはいけないのだろうか?違う、そうじゃないんだ。
だからこそ、彼女には罪を償って欲しいんだ。その後悔と共に生き続けて欲しいんだ。
どれほど重い十字架であろうと、それを背負い続けて欲しいんだ。
その為なら、俺だって一緒に背負うから。共に手伝うから。
「愛してる。ユキ、君の事を愛してるから。もう絶対に君を放さない」
一緒に、償って生きていこう。ようやく伝えられた。その言葉を胸に刻む。




