5,継承
気付けば、俺は光輝く空間に居た。此処が何処なのかはもはや言うまでもない。
イデアの世界。零の座標。世界の根源。要は、全ての多元宇宙の根源であり中心核だ。全ての宇宙が流れ出る云わば源流。全ての宇宙の、真の姿。
全ての宇宙はこの根源から流れ出た意思が物質化した結果生まれた幻影に過ぎない。そして意思が流れ出ているという事は、つまり流れ出させている意思が存在するというのもまた事実だ。
つまり、それが意味するのはただ一つ。
俺の前に、一人の少年が姿を現す。姿形は俺と全くの同一。しかし、その姿はあくまで俺に似せたものでしかないのだろう。所々が陽炎のように揺らいでいる。
「………よう、俺に何か用か?アイン」
アイン。そう呼ばれた彼は穏やかな笑みを浮かべる。
恐らく、こいつと正面から向き合って無事で済むのは俺くらいのものだろう。
そもそも、アインは全ての宇宙の源流であり根源だ。そして、全ての魂の源流でもある。
それはつまり、あくまで彼からすれば全ての人類は矮小に過ぎないというのが事実。あくまで彼から切り離された欠片に過ぎない俺達には本来源流である彼を理解する事は不可能だろう。
根本的に理解出来ないモノこそ、人は真に恐れる。故に、人は闇を恐れたのだから。根本的に理解出来ない何かを前にすれば、人は狂うしかない。
そもそも、俺のように真正面から向き合える魂自体が異常なんだと思う。だからこそ、俺は彼に目を付けられたんだろうし。
曰く、後継者としての資格を持つ者として。
「………用件は一つだ。俺の後継者としてこの根源を継承しないか?」
「…………その話、諦めた訳じゃなかったんだな?」
「ああ、まあ最初はそのつもりだったんだがな?」
そう言って、アインは言葉を濁す。この反応自体、何故からしくないと思った。
一体どういう事だ?
「………何か、あったのか?」
「ああ、そろそろ限界が近いからな。早急に説明させて貰う」
「………限界?」
俺は、思わず首を傾げた。アインは小さく頷く。どうやら、かなり重要な話らしい。俺は姿勢を正してアインと真っ直ぐ向き合う。
アインは再度言った。自身の限界が近付いていると。
「そもそもの始まりとして、あの男が俺を憎悪して殺したがっていたのは知っているな?」
「………ああ、それは知っている」
アイツの記憶を断片的に覗いた事で、何があったのかも大体把握している。
あの男が何故、其処までアインを憎悪していたのか。何故、魔物になったのか。
それを俺は知った。
「そして、あの男が俺を超えて世界を破壊する為に自身を一つのシステムに変えた事は?」
「それは………知らなかった」
俺が知っているのはあくまで断片的な知識。あの男が、転生を繰り返してまで自身を魔物へと変えたその絶望の根源だけだ。故に、それ以後の記憶に関しては知らない事が多い。
それを聞いて、アインは再度頷いた。そして、語り始める。彼が成した事を………
彼が世界を滅ぼす為に、何をしていたのかを………
「あの男は全ての世界を………ひいては根源である俺を破壊しようとしていた。しかし、それをこの俺がむざむざと許す筈がないだろう?無論、手は打っていた」
アインが言うには、世界全てが滅びる規模の大災厄になると防衛本能が働くらしい。より厳密に言えばその大災厄の原因自体が失敗するよう本能的にプログラムされているんだとか。
つまり、運命の強制力のようなものらしい。それが、働いていたんだとか。
しかし、それを見越してあの男は更に手を打ったという。世界を滅ぼす魔物として、自身を更に別の存在へと変質させていたのだとか。
より厳密に言えば、己自身を一つのシステムとして全宇宙に刻み込んだという。
「そのシステムが、今の事態に繋がっていると?」
「ああ、奴は己を世界そのものを滅ぼすシステムであると定義した。そして、それを全宇宙にプログラムとして刻み込んだんだ。或いは、それが奴に出来る最大限の事だったんだろうな」
「……………………」
自身は世界を滅ぼす為のシステムである。故に、人類文明がある程度発展したその時に再び転生を果たし世界を滅ぼす魔物として覚醒する。
そう自身を定義する事で、己自身を一つのシステムとして変質させた。或いはそれは既に精神生命として覚醒していたからこそ出来た裏技なのかもしれないけど。
それは、只の人間としては最大の功績だったのだろう。結果として、それが世界の根源であるアインに少なくない痛打を与えたのだから。
そして、其処からは容易に先を想像出来る。
「………アイン、お前あとどれくらいまで保つんだ?」
「…………少なくとも、お前と少しの間雑談出来る程度には」
つまり、もう残された時間は無いという事か。少なくとも、少し雑談出来る程度にしか。
なら、俺に出せる答えは既に決まっている。
「分かった。根源を継承しよう」
その言葉に、アインは僅かに目を見開いた。何を驚いているのだろうか?
少なくとも、アインには俺がどう答えるのか分かっていただろうに。
「………一応聞くが、本当に良いのか?」
「ああ、別に俺に否やは無い」
真っ直ぐと、アインの瞳を見据えて答える。俺にそれを否定する理由も意味もない。俺はただ救いを求める者に手を差し伸べるだけだ。
それが、例え人外であったとしても。理解不能な存在であっても変わらない。しかし、それでもアインにはまだ納得出来ないらしい。
「それでも、俺を継承するという事は、つまりこの根源世界に縛られる事になるんだぞ?それはつまりあの少女とも二度と会えなくなるという意味だが」
「それは違うよ。別に、二度と会えない訳ではない。それに、方法が無い訳でもない」
「それ、は………」
俺はアインの言葉をやんわりと否定した。アインの気持ちが理解出来ないほど、俺はそこまで鈍いつもりはないから。だからこそ、俺はそれを否定する。
俺は、アインに最大の笑みを向ける。
少なくとも、彼が俺に対して深い情のようなモノを向けているのは知っている。だからこそ俺はそんな彼に対して最上級の感謝で返すのみだ。
「安心しろ、お前の世界は決して滅ぼさせやしない」
「…………ありがとう」
今度こそ安心したのか、アインが安らかな笑みを零した。
それは、少なくとも俺が今まで見た事のない安心しきった笑みだった。
そうして、アインは俺の差し伸べた手をしっかりと取る。
アインの世界を、俺が継承した瞬間だった。
「ああ、ありがとう。安心したよ………」
安心した。
そう言って、アインはゆっくりと。そして静かに薄れていき。やがて………
静かにその姿を消していった。




