3,集う王と絶望を断つ者
「今度こそ、今度こそ彼女を救う為に共に立て!召喚、怪物の王!」
俺の唱えた言葉と共に、それ等は現れた。
荒れ狂う大嵐を統べる巨躯の大蛇が居た。天地を揺るがす蜘蛛の王が居た。咆哮で天を震わせその拳で大地を砕く猿王が居た。多次元を見通し統べる怪猫が居た。そして異形の竜王が居た。
そう、彼等は滅びた世界で王と呼ばれた怪物種の頂点。彼等が一人の女王を救う為、そして無価値の魔物を打倒する為に今此処に集ったんだ。
そして、それを見て驚愕に目を見開くユキ。
それもその筈。彼等は皆、人類を憎悪している。それが、全員召喚に応じたのである。
どのような理由であろうと、その呼びかけに応じて集ったのは間違いのない事実だ。
王たちは今、全員がただ一つの目的の為俺の許へと集った。そう、俺の呼びかけに応じ。
一つは無論、女王であるユキを救う為。一つは全ての元凶を討つ為に。
元凶とは、即ち目の前に居るヨゾラ。いや、世界を滅ぼす魔物と化した彼だ。彼は既に人間である事を捨て正真の怪物と成り果てた。そう、世界を滅ぼす魔物そのものへと。
人間だったヨゾラはもう何処にも居ない。目の前にいるのは、無価値という名の怪物だ。
目の前の奴は、世界を滅ぼす災厄そのものだ。故に、倒さねばならない。
分かってはいる。しかし、やはり胸の奥をくすぶる怒りだけはどうしようもない。
「行くぞ、今度こそユキを救う為に。今度こそ皆が笑える世界を手にする為に!」
「「「「「おうっ‼」」」」」
「……………………」
ただ一人、ユキだけが無言で立ち尽くしている。そんな彼女に、俺は手を差し伸べる。
「行こう」
「…………うん」
そして、今度こそ覚悟を決めたのかユキは真っ直ぐと頷いた。次の瞬間、俺達は一斉に無価値の魔物へと攻撃を開始した。一切の加減無し、一撃一撃が大陸を砕く程の大規模攻撃を。
大陸を覆う大嵐が荒れ狂う。大陸全土を揺るがす地震が大地を砕く。天地を砕く拳が多次元を疾駆する怪猫が万物を滅ぼす竜王の息吹が怒涛の勢いで魔物へと襲う。
無論、俺やユキもそれに合わせて攻撃する。それは既に惑星を砕いて余りある威力だ。
しかし、それらを前にそれでも魔物は嗤う。嘲笑う。
「温い」
———何故なら、それはもはや避けるどころか防ぐまでもないからだ。
瞬間、それら全てが魔物に触れる前に霧散して消滅した。比喩ではない、文字通り魔物がそれへと意識を向けたそれだけで、だ。惑星すら砕く程の怒涛の攻撃が、一切の価値を失くして。
魔物の周囲には、特殊な力場が形成されている。全てを無価値へと堕とし、異能や物理攻撃すら完全無効化してしまう特殊な力場が。それによって、ただ意識を向けるだけで俺達の攻撃が全て無力化されてしまうのである。
魔物の前では、文字通り全ての攻撃が意味を成さない。全て等しく無価値だ。
しかし、それでも俺達は諦めない。今度こそ全てを救う為。望む未来を手にする為に。
その為に、俺達は更に怒涛の攻撃を重ねる。
「おおおおお、うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ‼‼‼」
「だから、温いと言っている」
やはり、全ての攻撃がまるで最初から無意味であるかのように霧散して消滅する。文字通り全ての攻撃が紙の上に描かれた絵画のように破り捨てられる。
無効化される。しかし、それでも諦めない。全ては、望む未来の為に。
この世界は、決して無価値などではない。それを証明する為にも俺達は諦めない。
絶対に、諦めてはいけない。
「っ‼」
俺は、魔物へと特攻を仕掛ける。それに合わせて、皆が一斉に魔物へと攻撃する。
魔物は俺に向け、初めて攻撃の挙動へ移る。超高密度の魔弾が、俺へと襲い掛かる。その魔弾は王たちの攻撃を全て無力化しながら俺へと襲い掛かる。
全ては無価値。この世界に価値など無い。一切の価値など認めない。故に全て滅びろ。全ては滅びてしまえという狂気のような意思がその魔弾から感じられる。
そう、彼は眼前に存在する全てを許さない。その価値を認めない。
故に、彼は魔物なのだろう。無価値の怪物なのだろう。
しかし、関係ない。俺は、一切臆する事なくソレへと真っ直ぐ飛び込む。
背後から、誰かの悲鳴じみた声が聞こえた。目前から、魔物の嘲笑う声が聞こえる。皆が一斉に息を呑む音が微かにだが聞こえた。全てが、鈍色に呑み込まれて色彩を失う。
全てに価値など無い。全ては無価値。故に滅びろ。一切合切その存在を許さない。
故に、全て消え去ってしまえ。滅びて失せろ。
そのような狂気が俺へと襲い来る。同時に、その根源にある絶望へと目を向ける。
目を向け、耳を傾け、意識を傾ける。その先に………視えた!
魔物へと至る、彼自身の絶望と憎悪の根源。その衝動の始まりを。
瞬間、全てを無価値へと呑み込む魔弾が断ち切られた。
「なっ‼?」
「っ⁉」
その光景に魔物とユキが愕然とした声を上げる。それもその筈、何故なら本来その魔弾に呑まれた者は相性差や単純な力の差を無視して全てを意味消失させる。
即ち、物理的にも異能の性能面においても全て無力化され無価値へと堕とす。それがこの魔弾の持つ特異性であり機能だからだ。本来、この魔弾を越える事は不可能だ。
ある一点を除けば………
魔物が俺へと魔弾を放つ。一発や二発ではない。無限とも思えるような魔弾の掃射、それが俺へと放たれ俺の身体を次々と削り取ってゆく。しかし、無意味だ。
俺の身体を削り取った瞬間、既に俺の身体は再生を済ませている。
その光景は、まるで魔弾が俺の身体をすり抜けているかのような———
そう、錯覚してしまうような光景だった———
「そうだった。そうだったな………貴様はそういう奴だったよ」
「オロチ?」
オロチの呟いた言葉に、ユキが問い返す。
そんな彼女の怪訝な視線を他所に、オロチは告げる。苦々しい表情で。
「そうだ、俺があいつと直接戦った時もそうだった。あの男はどうあっても倒せない。どうしても殺す事が出来ないんだ。文字通り、どうあっても………」
「殺す事が出来ない………?」
「初めて俺がアレと戦った時、俺は全力であいつを殺すつもりだった。そもそも殺さない理由など何処にも無いからな。しかし、出来なかった………」
そう、殺せなかった。殺さなかったのではなく、殺せなかったんだ。
今なら分かる。俺はあの時、決して見逃された訳ではなかった。人質だとかそんな生易しい理由では断じて無いだろう。俺は、殺せなかったからこそ捕らえられたんだ。
俺が振るった刃を、魔物は腕で防ごう………としてすぐに受け流す方へとシフトした。
賢明な判断だ。今の一撃をもし腕で受け止めようとしたら、腕ごと断ち切られていた。
文字通り、奴は其処で終わっていただろう。
「っ‼」
「………くっ」
次々と繰り出される剣閃。それを、魔物は腕で受け流す。
しかし、魔物も決して無事ではない。文字通り奴の周囲には特殊な力場が形成され、その力場により全ての異能や物理攻撃を無効化する事が可能だ。
しかし、その力場が何故か機能しない。どころか俺の剣閃を受け流す旅に削られ断ち切られてゆくのが傍目にも理解出来る。何故?
答えは単純だ。魔物の持つ異能を、俺が理解し掌握したからだ。
故に、俺にその異能はもう通用しない。
そして、その時はついに来た………
「っ、がぁっ………‼」
俺の振るった刀が、魔物の腕を断ち切った。魔物の腕が、空中を舞う。
そして、刹那———俺と魔物の視線が交わる。
魔物の視線は、何処までも絶望と憎悪に歪んでいた。何処までも暗く、黒い。憎悪の炎により彩られた悪意の黒に染まっていた。それを理解して………
「ああ、うああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ‼‼‼」
俺の剣閃が、魔物の身体を袈裟懸けに断ち切った。




