2,天地鳴動
「クリシュナ‼アルジュナ‼」
名を呼ぶ。その名は、あの滅びた世界で共に戦った双子。
俺が叫んだ瞬間、世界はその姿を変えた。現実が全く別のカタチへと塗り替えられた。それはまさしく神の御業と呼ぶにふさわしい光景だろう。
しかし、それは世界の創造とは似て非なる力。簡単に言えば、それは仮想世界の展開だ。物質化されたデジタル情報と定義された仮想現実空間、それを世界の上から重ねて展開する事で現実空間を保護しているという訳だ。即ち、世界の上書き。
これぞ、あの滅びた世界において旧インドの代表二名が行使する異能の正体………
共鳴同調型と呼ばれる唯一の異能を宿した双子の力だ。
その世界には三人のみ。俺とユキ、そしてその目前に居る彼のみ。
「っ、これは‼」
「………下らない、その程度か?」
ユキがその光景に愕然とする中、男はその姿を。肉体を別のカタチへと変異させてゆく。
その後頭部からはねじくれた二本の角が。その瞳は鮮血のような、或いは燃え盛る炎のような鮮烈な赤に輝いている。その背には闇を濃縮したような漆黒の大翼が展開されている。
その姿に、生体兵器として生み出されたユキですら息を呑む。今の彼は、まさしく世界を滅ぼす魔物そのものだろう。そう、もはや彼は人間を止めたんだ。
「我が名はヨゾラ。影倉ヨゾラ………この世界を滅ぼす無価値の魔物なり。名を聞こう」
「………遠藤クロノだ」
瞬間、俺を目掛けて億千万と漆黒のエネルギー弾が放たれる。
それは、ヨゾラの背中にある大翼から放たれた魔弾だ。文字通り、全てを全否定する異能を宿した無価値なる魔弾。全てを意味消失させる魔の弾丸だ。
それに対し、俺は手元に一振りの刀を召喚する。白銀に輝く刃を持つ、純白の日本刀。
ヴォーパルソード、大兎の怪物から生み出された純白の魔剣だ。
それだけではない。もう片方の手に俺は炎を宿す。
その炎はやがて形を変え、確かな質量を持つ。炎が物質化した一振りの太刀だ。
俺は、剣を横薙ぎに振るう。それだけで俺へと押し寄せてくる魔弾の群れは消し飛んだ。
そして、その間にもユキの準備は全て整っている。
「召喚、其は星の海を砕く王の雷———ケラウノス‼」
「っ‼」
天の星々すら砕くような、強烈無比な雷霆がヨゾラを襲う。しかし、一瞬だけ怯んだのみでそれが彼に効いた様子は一切無い。どころかさもうっとうしげに腕を横薙ぎに振るう。
それだけで、星々すら砕く神の雷霆は意図も容易く霧散した。文字通り、紙に描かれた絵を素手で破くようなそんな容易さで、だ。
しかし、これが効かない事は既に織り込み済みだ。故に、次へと移る。
「キングス=バード‼」
名を叫ぶ。同時に、ヴォーパルソードに超高密度のプラズマが宿る。
青白い放電現象と共に、刀身をプラズマが覆う。それは、まさしくあの滅びた世界で旧アメリカの大統領を担うキングス=バードの保有する異能だった。大陸すら溶断する刃を振るう。
その光景に、流石のヨゾラも目を剥いた。驚愕にその表情が染まる。
「っ、何だ貴様の異能は⁉一体どういう能力だ‼」
「王五竜‼」
ヨゾラの問いに答えず、俺は続けて名を呼ぶ。
それは、旧中国の代表護衛を務めた男。彼の持つ技能だった。神域と呼んでも差し支えないような剣技でヨゾラへ接敵する。高速で循環する意思のエネルギーが、身体を駆け巡る。
ありえない。おかしい。どうかしている。流石のヨゾラもその表情に焦りが宿る。
「答えろ!一体どのような原理でそれを行使する!それは小僧自身の異能では無いな‼」
「………所詮、俺には誰かを切り捨てるような真似なんて出来なかった」
ヨゾラの問いに、俺はぽつりぽつりと答える。
その間も、その手に持った剣を振るう。
灼熱の太刀とプラズマを纏った太刀を振るい続ける。
「だからこそ、俺は覚悟したんだ。全ての命を、世界そのものすら背負う覚悟を」
その言葉に、ヨゾラは俺のやった事を理解したらしい。
しかし、その表情にはありえないものを見るような。或いは単純に理解出来ないものを見るような恐れすら滲み出ていた。要するに訳の分からない物を見る表情だ。
「………正気か?小僧、お前自分のやった事を本当に理解しているのか!」
「世界を滅ぼそうという人間の言う事じゃないな」
「ふざけるな!世界を、全ての命を背負うという事の意味を本当に理解出来ているのか!それはつまり全ての命が持つ絶望や憎悪すら受け止め背負うという事に等しいんだぞ‼」
怒号と共に、怒りの波動が俺へと襲う。その波動は全てを否定する無価値の力を宿す。迂闊に触れればそれこそ文字通りに全てが消滅するだろう。
しかし、それでも俺は平然とした表情で返す。
「理解しているさ」
文字通り、それくらい理解出来ている。理解しているからこそ俺は背負ったのだから。
今も俺の中を渦巻く憎悪や怒り、絶望が嵐のように荒れ狂っている。
俺の内を、負の情念が嵐の如く渦巻いている。
けど、それがどうした?それくらい受け止められなくては、文字通り全てを救うなどそんな大言を吐く事なんて出来はしないだろう。俺は、英雄になるんだ。
そして、俺の目指す世界。其処にはユキが居て、俺が居て、皆が笑っている。そんな最高の世界でなくてはならないんだよ。こんな所で挫けてたまるか!絶対に!
だからこそ、俺は絶対に挫けない。諦めない。
「っ、バケモノが………」
「バケモノで結構。俺は、俺の求める世界を手にする為にこそこの手を伸ばす!ユキっ‼」
「召喚、其は奈落を司る神々の監獄———タルタロス‼」
響き渡る、澄んだ声音。
瞬間、ヨゾラを取り囲むように数多の鎖が疾駆した。その鎖は文字通り、神々すらも拘束し地の底へと引き摺り落とす奈落の縛鎖だ。
数多の鎖はヨゾラへと絡みつき、次々と拘束してゆく。しかし、それで簡単に拘束されるような存在ではない事を俺は既に理解している。理解出来ている。
だからこそ、俺は此処で仕掛ける。ある人物から力を借りる。
「神野アキト‼神野エリカ‼」
名を呼ぶ。アキトの異能を、サイコキネシスの力を借り行使する。
名を呼ぶ。エリカの異能を、テレポーテーションの力を借り行使する。
今度こそ皆で笑う為に、そんな世界を創る為に………どうか力を貸してくれ!
俺の中で、彼の鼓動が強く響いた。
「お、おお………おおおおおおおおおおおおおおおおっっ‼‼‼」
「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおああああああああぁぁぁぁ‼‼‼」
降り注ぐ隕石の豪雨。それがエリカのテレポートの異能により不規則に降り注ぐ。
さしものヨゾラもこれには苦悶の声を上げる。無論、決して手を緩めはしない。一切の隙すら許さず隕石の豪雨を降り注がせる。ヨゾラに向け、全方位から隕石の集中砲火を浴びせる。
しかし、それで終わるほどヨゾラも決して甘くはない。
瞬間、降り注ぐ隕石の群れをも蹴散らす大嵐が荒れ狂う。
荒れ狂う鈍色の大嵐。次々と砕け散る隕石群は微塵に裁断されまるでミキサーだ。
その向こうから現れたのは、先程の姿からより異形となったヨゾラだ。
その肌には鈍色の鱗が覆い、白目は黒くなっている。そして、その黒髪は色が完全に抜け落ちて白髪へと変貌していた。そして、何より全てを屈服させるような気配をその身に纏っている。
その圧倒的負の威圧感に、ユキは早くも気圧されている。冷や汗を流し、その足はゆっくりとだが後退を初めている。しかし、そんな彼女の手を俺はそっと握り締める。
「クロノ、君………?」
「大丈夫だ。大丈夫………」
その手を握り締めたまま、俺はヨゾラを真っ直ぐ睨み付ける。
そして、俺はそのまま歌うようにそれを唱えた。
「召喚…………」
さあ、最終ラウンドの始まりだ。




