1,炎に包まれた街の中で
「っ‼?」
唐突に襲ってきた頭痛に、私は思わず額を押さえる。今、何か奇妙な記憶が脳裏を掠めたような気がしたけど気のせいか?何か、胸の奥が引き裂かれるような奇妙な感覚もするけど。
まあ良い。私は所詮、父様に造られた兵器でしかないのだから。所詮、私は世界を滅ぼす生体兵器でしかないのだから。こんな感情など不要だろう。
そう思い、私は再び世界を滅ぼす為の破壊活動を繰り返す。しかし………
「……………………」
本当に?本当に、私はただの兵器なのか?こうして、自分の在り方に疑問を覚えて。
いや、それは………それ、は………
私は。私、は?
そんな私の前に、一人の少年が現れた。その少年を見ると、何故か胸の奥が高鳴るような疼くような不思議な鼓動を感じる。何故?
分からない分からない。何も分からない。そんな私を前に、少年は言った。
「ようやく、会えた」
・・・・・・・・・
ようやく会えた。そう思い、俺は心の奥から安堵するような気分が湧いてくる。
「………貴方、誰ですか?ようやく会えたとは?」
「ああ、そうか。先ずは其処からだな………俺の名は遠藤クロノだ」
俺は名乗りを上げる。そんな俺に、彼女も自身の名を名乗る。
彼女自身に与えられたであろう、名を。
「そうですか、私の名は星のアバター。父様から与えられた名です。それで、ようやく会えたとはどういう意味でしょうか?」
「ああ、それを説明する為にまずはこれを視てくれ」
そう言い、俺は彼女に向け手をかざした。その手から、光が生まれ………
やがてその光は大きく眩くなり。
………それは、俺が未来の世界で彼女と出会ってからの軌跡。俺の中にある、白川ユキという少女に関する記憶の全てだ。それを、彼女の中にインストールする。
崩壊した世界で出会った時の事。文明崩壊の引き金を引き、それに後悔する毎日。
罪を清算する為だけに生きてきた事。そんな彼女を救う為、動いていた王たち。
最後、俺に殺される為だけに再び人類と敵対した事。架空大陸での決戦。
そして、その最期………
「………っ⁉これ、は…………この記憶は…………?」
「それは、遥か未来での君に関する俺の記憶だ」
「それは………でも、これは…………」
どうやら、困惑しているらしい。しかし、それでも俺は止まる訳にはいかない。此処で止まればもう彼女を救う機会など二度と無いだろうから。
だからこそ、俺は此処で立ち止まる訳にはいかない。もう二度と、何も失わない為に。
いや、全てを取り戻す為に俺はこうして戻ってきたんだ。
「もう、分かっている筈だ。この先には後悔しかないぞ?」
「でも、それでも私は………」
「ごちゃごちゃうるさい。俺を信じて付いてこい」
そう言って、俺はこの手を差し出した。彼女は、ユキは僅かにためらいながらそれでも俺の手を取ろうとその手を伸ばして………
そして、俺の背後から銃声が響いた。俺の視界が真っ赤に染まる。
・・・・・・・・・
「くくっ、ひひひ………ひひひゃははははははっ…………」
壊れたような笑い声が、背後から聞こえる。どうやら、俺は撃たれたらしい。
血が止まらない。再生が追い付かない。どうやらただの銃弾では無いようだ。恐らく、再生を阻害して対象を殺すような性質を持つ特殊弾だろう。
「クロノっ!」
「っ、お前………!」
背後から、知っている声が二つ聞こえる。
どうやら、両親が追い付いてきたらしい。撃たれた俺を見て怒りの形相を浮かべている。
しかし、両親が動き出す前に俺がそれを止めた。
「待って、くれ………その前に、こいつには………聞きたい事、がある…………」
「し、しかしクロノ!お前、血が!」
何かを言おうとする両親を、俺は敢えて無視しそいつと向き合った。
相変わらず、狂ったような壊れたような笑い声をそいつは上げている。
「何故、こんな事をしたんだ?お前は何に絶望し何を憎悪しているんだ?」
「ひ、きひひひっ………何に絶望したかだと?お前如きに理解出来るのか?所詮、何も知らない小僧如きが俺の絶望と憎悪を理解出来るというのか?」
「それを聞きたいんだ」
「ガキが理解する必要は無えよ!馬鹿がっ!」
そう言って、そいつは俺に再び銃弾を浴びせてきた。一発や二発ではない。何十発も雨あられのように俺の身体へ銃弾を浴びせてきた。
明らかに、手に持っている拳銃の装弾数を無視した連射だった。恐らく、こいつ自身が何らかの異能を獲得しているのだろう。この特殊弾も、その異能の効果か。
母さんの悲鳴が上がる。父さんの怒号か響く。彼女の、ユキの悲鳴が聞こえる。
しかし、俺は大丈夫だ。この程度、問題はない。
「そうか。それが、お前の回答か?」
「………何だと?」
訝し気な声を、男は上げた。
ゆっくりと、俺は立ち上がる。俺の身体には傷一つ無い。先程まで銃弾を雨あられと喰らった傷がただの一つとして無い。それは、異常という他に無い光景だろう。
実際、俺を撃った筈のその男は驚愕に表情を歪めている。あり得ない物を見たとでもいわんばかりのそんな表情だった。まあ、実際此処に来て俺自身呆れ果てている事だけど。
そんな事はまあ良い。心底どうでも良い。
「何故、何故貴様は傷一つ無いんだ?あれだけの銃弾を喰らっていながら」
「お前も既に知っているんじゃないのか?こんな馬鹿げた事象を引き起こせるモノを」
それを聞いて、男はギリっと歯を食い縛った。どうやら、思い至ったらしい。
「架空塩基、か。しかし、それでもそれを想定したからこその特殊弾だというのに。あれには再生阻害能力と存在否定能力が備わっている筈だ!」
「だから、アレを喰らった瞬間存在を根幹から否定されるような怖気が走った訳だ?」
なるほど、ね?納得する。
しかし、男の方は納得出来ていないらしく激しい形相で食い掛ってくる。
「答えろ!小僧、アレを喰らって何故傷一つ負っていない‼」
「………別に、俺の力が全ての因果律を上回った。それだけの事だろう?」
「っ、因果律干渉能力?いや、それどころじゃない。因果律崩壊能力か」
そう、俺の力は因果律すら凌駕する。簡単に言えば、あらゆる因果を崩壊させる。
俺の力は、既に既存の世界法則すら超越しているのだから。
しかし、そんな時———俺と男の会話に割り込む声があった。
「そんな事などどうでも良いです」
俺と男の会話に割り込むように、ユキが話しかけてきた。彼女の視線は、不安と焦燥が入り混じりもうどうしようもない状態と化している。あるいは、恐怖か。
ユキは縋り付くような視線で父親に問い掛ける。或いは何かに期待するかのような、知りたくもない事実を認めないような。そんな不安定極まりない視線だった。
まるで、知りたくもなかった事実に気付いてしまったような。そんな視線で。
ユキは問う。
「父様にとって、私は一体何ですか?父様は私を必要としていたのではないのですか?」
「下らねえな。お前は所詮、世界を滅ぼす為の人類の業でしかねえ。いや、そもそもお前は俺からすれば一切の価値も無いナマモノでしかねえんだよ」
「そ、んな………」
それは、あまりにも酷い言葉だった。彼女にとって、ユキにとっては彼は何処まで行こうとも父親でしかないのだろう。故に、これは縋り付いた手を振り払われたに等しい。
崩れ落ちるユキ。俺は、そんな彼女にちらりと視線を向け男の方へ向き直った。
「………ずいぶんと酷いな?それでも父親か?」
「何を思っているかは知らないが、ソレに対して我が子だと認識した事は一度も無い」
「………そうかよ」
泣きじゃくるユキ。俺はそんな彼女の方へ視線を向け、言った。
「何をしている?このまま言われ続けたままで良いのか?」
「…………え?」
ユキは驚いたような、呆けたような顔で俺を見る。
そんな彼女に、俺は言った。
「あの男は言った。君に対して我が子と認識した事は一度も無いと。君に価値など無いと」
「……………………」
「けど、ならばこそ君は自身の価値を父親に示すべきだ。無価値なままでいるような器じゃないとそう示してやるべきだろう?」
「…………っ」
目を見開き、ユキは俺をじっと見た。そんな彼女に、俺はそっと手を差し伸べる。
彼女に、道を指し示す。彼女の名を呼ぶ。
「行こう、ユキ。今度こそ君は救われるべきだ」
「………うん」
そうして、彼女は今度こそ俺の手を取った。




