表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新時代の英雄は終焉世界を駆け抜ける~無限と永遠の英雄譚~  作者: ネツアッハ=ソフ
架空大陸決戦編
70/100

5,始まりの終焉

 架空大陸北西部———クラウン。


 彼は架空大陸に生息する怪物種の群れを掃討(そうとう)する為、軍勢を(ひき)い戦闘行動を継続していた。


 その戦闘の規模は他の第一陣や第二陣を上回り、熾烈(しれつ)を極めていた。しかし、それでも誰一人として諦める者は居ない。誰一人として希望を(うしな)わない。


 それは偏に、代表であるクラウンに対する無条件の信頼(しんらい)による物だ。彼等は、彼女らは代表であるクラウンを信じて付いていく事で(すく)われると本気で信じているのだ。


 皆は信じているのだ、クラウンの言った公約(やくそく)を。皆を前に宣言した言葉を。


 ———必ず、この地獄を終わらせる。皆が笑い合える世界を(つく)ってみせる。


 ———その為に皆の命を、どうか私に(あず)けて欲しい。私は約束を必ず守ってみせる。


 その言葉を信じ、全員がクラウンに付いてゆく事を(ちか)ったのだ。そして、クラウンはその為に今まで全力を捧げてきた。己に宿った異能を、己の為にではなく(みな)の為に酷使する事で。


 クラウンの異能は、己に忠誠を誓った者との間にある種のネットワークを構築(こうちく)する事。そして己の配下達に己を起点にして力を再分配(さいぶんぱい)する事だ。


 力の再分配とは、即ち配下との(きずな)の証。異能の収集と改変、そして再分配する力。


 ネットワークを(かい)し、配下の持つ異能を一度自身に向け徴収する。そして、それを主であるクラウンの意思で改変を施し再分配するのだ。


 異能の改変には一定数の異能を収集し、異能の情報(じょうほう)を集める必要がある。しかし、それによりクラウンの配下は一人一人が無双(むそう)の強さを保有しているのだ。


 故に、クラウンの異能は無双の軍団(ぐんだん)を作成する力と言えるだろう。


 事実、クラウンが代表を(つと)める西欧圏はクラウンが代表を務めて以来、怪物種を寄せ付けない圧倒的な強国へと変貌(へんぼう)していた。


 しかし、それは同時に弱点も明確であると言う事を差す。


 それは、その軍勢がクラウンただ一人を起点としているという事。


 即ち、クラウンの単独政権………事実上の独裁(どくさい)に他ならない。


 故に、クラウンは考える。この地獄が本当の意味で終焉(おわり)を迎え、世界が真に救われた後の時代では己は不要な存在になるだろうと。クラウンは勝利の(あと)の事まで考えていたのだ。


 ならばこそ、己は今己自身が()すべき事をやり遂げねばならない。そう考えていた。


 ………そして、その勝利はついに(むか)えた。誰も意図せぬ最悪(さいあく)のカタチで。


          ・・・・・・・・・


「どう、して…………?」


 自分でも信じられないような、呻くような声が口から()れ出た。信じられない、こんな状況など到底信じられない。許容不可能な衝撃が、俺の(うち)を駆け巡る。


 何故?どうして?理解出来ない。信じられない。そんな思いが、俺の内を(うず)を巻きながら駆け巡り俺を混乱へと陥れる。どうして、こんな事になったのか?


 そんな俺を、腕の中で力なく横たわるユキが微笑(ほほえ)みかけた。


 力なく、自嘲気味に笑みを浮かべる。


「ごめん、ね?クロノ君………私のわがままに…………付き合わせ、て………」


「ユキっ!くそっ、今傷を(なお)すから———」


 今の自分なら、自身の異能を理解した今ならこの程度の傷を治せる筈。


 そう思い、俺はユキの傷口へと手をかざす。しかし………


 焦りながら傷を治そうとする俺を、ユキは拒否(きょひ)した。


 首を左右に振り、苦笑気味に()みを向ける。


「ごめん、それは………()らない………」


「っ、何で‼」


 思わず怒鳴(どな)る俺に、ユキは苦笑しながら言う。


「私、は………文明を(ほろ)ぼした………罪を犯した、から………それ、を。それを………っ‼」


「っ、ユキ‼」


 瞬間、ユキは血を()き出した。どうやら肺も傷付けているらしい。呼吸すら辛そうだ。


 けど、そんな状態でありながらユキは俺に笑い掛ける。笑みを向ける。それが、悲しい。


 (つら)い。


「私、は………全ての罪を、清算(せいさん)する為に………クロノ君、に殺される………つも、っ」


「ユキ、駄目(だめ)だ!これ以上喋るな!」


「ふ、ふふっ………本当、に………私は、何をしてきたんだろう?こん、な。こんなっ、馬鹿(ばか)な事ばかりしてきて………本当、に。私、の人生(じんせい)は………馬鹿な事ばかり………」


「っ、本当だよ。こんな、こんな後悔(こうかい)するなら最初から………」


「本当に、ね………。ごめん、ね?こんな…………(つら)い、思いを…………させ…………」


「………こんな後悔するなら、最初から…………最初からっ」


 それ以上言う事が出来なかった。俺には其処から(さき)を言えなかった。馬鹿な事をした。こんな後悔するくらいなら最初からしなければ良かった。けど、それを言うのはあまりに残酷(ざんこく)過ぎた。


 それは、あまりにも残酷な言葉だった。今までその後悔に対し、それを(つぐな)う為だけに生きて来た彼女に対してそれはあまりに残酷な言葉だ。


 けど、それでもユキは笑っている。まるで、俺の腕の中で死ねて心底安堵(あんど)したかのように。


 心底、幸福(こうふく)であるかのように………


 そんな彼女に、俺は胸の(おく)で言い知れぬ感情が()いてきた。



「何だよ………何で、何でこんな…………っ」


「本当に、ごめんね?私のわがまま、に………付き合わせて………」


「本当に、何で………」


「本当に………馬鹿(ばか)な事、ばか…………り………。本当、に…………」


 もう、息をするのも辛いのかユキの呼吸が(あら)くなってきた。


 もう残り(わず)かしか命は無いだろう。


「クロノ、君………最後(さいご)………に、一つだけ………わが、ままを…………」


「っ、何だ?」


 俺に対し、ユキは僅かに微笑みながら言った。


 まるで、幼い少女のように純粋で綺麗(きれい)な笑みで。


「キス、してくれない………かな…………?」


「………分かった」


 俺は、涙を腕で(ぬぐ)い取り頷いた。そっと、ユキを改めて()き寄せる。


 もうユキの身体はだいぶ(つめ)たくなっている。もう、残り時間も僅かだろう。もう、彼女に時間は残されていないと理解出来る。それが、余計に俺の胸中を(えぐ)る。


 けど、俺はそんな(いた)みを振り払いそっとユキを抱き寄せ———


 そっと静かにキスをした。


「んっ………ふふっ………ありがと、う…………大好(だいす)き、だよ…………」


 そう言って、ユキはその生命活動を()えた。もう、その身体には(ぬく)もりは無い。もう、白川ユキという少女は其処に居ない。何処(どこ)にも居ない。


 もう、彼女は何処にも居ない。此処に居るのは、()け殻の死体だけだ。それを理解した瞬間俺の中で例えようもない喪失感(そうしつかん)が襲い掛かった。


 何もかもを失ったような、そんな感覚が俺を襲った。


 もう彼女は何処にも居ない。白川ユキは何処にも居ない。


「クロノ………」


 気付けば、俺の(そば)にヤスミチさんが立っていた。どうやら、少し前から此処に居たらしい。


 他の皆も、来ている。エリカはユキの変わり果てた姿を見て()いている。そんな彼女を、弟のアキトが抱き締めていた。ツルギは、俯いたまま身体を(ふる)わせている。


 しばらく何も言わなかったヤスミチさんだったけど。それでも意を(けっ)したのか口を開く。


「あー、とりあえずまあ何だ?星のアバターは(たお)したんだ。それで良いんじゃないか?」


 その言葉に、俺の中にある何かが音を立てて(くず)れた気がした。


「………ける、な」


「クロノ?」


「…………ふ、ざけるな………ふざ、けるな」


 俺は、もう自分の中にある感情を(おさ)える事が出来なかった。俺の中を渦巻(うずま)く感情を………


 何もかもを、


「ふざけるなあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ‼‼‼」


 俺の絶叫が、俺の悲しみが、心からの叫びが周囲に(ひび)き渡る。絶望が、俺を満たす。


 ふざけるな。これの何が、これの何が英雄(えいゆう)だ。こんな、こんな………


「何が英雄だ!何が救世主だ!ふざけるなっ!ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ‼‼‼」


 こんな、こんなたった一人の女の子すら(すく)えない。こんなたった一人すら取りこぼして。


 一体それの何が英雄だ。何が救世主だ。そんなものが、そんなものが俺のずっと(あこが)れていた理想だとでも言うのか?そんなものが、俺の(のぞ)んだ英雄像だとでも?


 ふざけるな。そんなもの、俺の望んだものじゃない。


 そんなモノになりたかった訳じゃない。俺は、俺は………


 ………俺はその日、何より大切(たいせつ)な存在を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ