6、明日を担う若者たち
しばらく話し込んだ俺達(ほとんど話していたのはヤスミチさんだが)。気付けば、時刻はもうすぐ昼前にまで近づいていた。ヤスミチさんはまだしゃべっている。
俺はそろそろヤスミチさんに声を掛ける事にした。
「えっと?ヤスミチさん、そろそろ昼前なんですけど?」
「ん?おお、もうそんな時間か!」
はははと笑うヤスミチさん。しかし、俺達からすれば笑いごとではない。特にユキにとっては以前の単独行動に対する説教が残っていたらしい。しっかりと説教を受けていた。
ぐったりするユキを抱え、俺は彼女に肩を貸しながら起こす。うん、かなり精神的にキているらしくその瞳は虚ろで力が無い。かなりキツイ説教だったからなあ………
しみじみとそう思う俺。だが、当の本人であるユキはそれどころではないらしい。
虚ろな瞳で、何事かぶつぶつと呟いていた。そろそろ精神的にヤバイかな?
少し怖い。
そう思い、俺はユキを現実に引き戻す事にした。ユキの額に、片手の指を構え力を溜めて……
「えい♪」
「がふっ⁉な、何をするのっ‼」
え?それは勿論、デコピンだけど?
じとっとした瞳で俺を睨んでくるユキ。だが、そんな彼女に俺はにこりと笑顔を向ける。そんな目で睨んでも俺は別段怖くなんかないぞ?という意思表示だ。
そんな俺の様子に、ユキは呆れた視線を向けてきた。どうやら諦めたらしい。
「はぁっ………まあ良いや。もう説教も終わったみたいだしね………説教、コワイ」
「まあ良いじゃないか?それより、俺を案内してくれないか?流石に昔とは色々変わっているだろうし迷わない自信がないからさ」
「うん、そうだね。それもそうか………」
そう言って、ユキはようやく笑った。その笑顔は花がほころぶような儚い笑みだった。
けど、その笑みは俺を何より勇気づけてくれる素敵な笑顔だった。気が付けば俺の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。きっと、これがユキの魅力なんだろうなと。そう俺は感じた。
「………ふむ、なるほど?」
そんな俺達をヤスミチさんは意味深に見ていた。
そうして俺は外へ出てきた。外は、やはり廃墟が広がっていた。廃墟の中にちらほらプレハブ式の建物が立ち並んでいるのが見える。俺達が出てきたのもその一つだ。
俺達が外に出ると、其処には一人の少年が居た。むすっとした中学生くらいの少年だ。
くたびれたよれよれの白衣を着た、学者のような雰囲気の少年だ。
少年の隣には人形のような人間離れした美貌の少女が控えている。いや………
本当に、彼女は人間じゃないのだろう。所々、肌に継ぎ目のようなモノが見えた。
「よお、ようやく目が覚めたか?ニーサン」
「はあ、そういう君は誰だ?」
「この子は神薙ツルギ君。天才技術者だよ。そしてこっちがマキナ、ツルギ君が作った有機アンドロイドでクロノ君を診察したのは彼女だね。CTスキャンとかエコーとか、そんな所だって」
代わりにユキが二人を紹介した。少年ツルギはむすっとした表情で頭を下げる。マキナも優雅に一礼をしてきた。どうやら彼女はロボットらしい。そして、少年がその開発者だと。
俺はじっとマキナを見る。その視線に僅かにマキナはたじろいだ。妙に人間臭い素振りだ。
「……何だよ?俺のマキナがどうした?」
「いや、本当によく出来ているなと……」
俺は素直に感想を述べた。うん、本当によく出来ている。確かに天才だろう。
文明が崩壊した世界で、よくこれだけのレベルの有機アンドロイドを作る事が出来たな。そう俺は半ば本気で感心した。それに気付いたのか、ツルギは少しほこらしげだ。
それに苦笑したユキは、俺に補足説明する。
「この時代でも、遺跡などから文明の残骸とかを発掘出来たりするんだ。それを組み上げて、ツルギ君はマキナを開発したらしいんだ」
「へえ?でもそれ程の高性能アンドロイドを開発出来るだけ凄いと思うけど?」
「そうだね。確かにそう思うよ」
「はっはっはっ!何だ何だ、お前等解ってるじゃないか!そうだよ、俺は凄いんだ‼」
「はい、マスターは凄いです。素晴らしいです。マスター最高」
何処から取り出したのか、マキナは小さなおもちゃのラッパを取り出して主を褒める。
褒められて鼻高々なツルギとそれを褒め立てるマキナ。うん、少しだけこの二人の関係性が見えてきたような気がする。俺は少しだけ笑みを零した。
中々この二人は面白い。そう、俺は感じたから。何だかんだ言って俺はこの二人とは仲良く出来そうなそんな気がした。うん、やはり面白い。
と、その時……ツルギとマキナの背後からいきなり一組の少年少女が現れた。
其処にいきなり出現した感じだ。それに、俺は目を見開いた。
「「ばあっ‼」」
「うおっ、お前等‼」
「………またですか?お二方とも相変わらずですね」
それぞれ異なる反応をするツルギとマキナ。マキナの方は慣れているようで反応が薄い。
少年と少女は双子かと思うくらいにそっくりな顔立ちをしていた。しかし、体格から男女を見分ける事は割と簡単に出来た。どうやら、二人は姉弟らしい。
それと、姉の方は白髪で弟は黒髪だ。恐らく、歳の頃は俺と大して変わらないだろう。
そんな二人を苦笑しながら紹介するユキ。
「この二人は神野エリカさんと神野アキト君。二人は少し悪戯好きだから気を付けてね?」
「いやはや、相変わらずユキさんは美しいね。まあ、姉さんの足元にも及ばないけどな」
「いやいや、アキト君もかなりのイケメンだよ?私、今夜も一緒に添い寝したいけどどう?」
「「はははははっ‼」」
「………それと、二人とも度の過ぎたブラコンとシスコンだから気を付けてね?」
……なるほど?俺は苦笑しながらそれを見ていた。まあ、恐らく実害が無ければ面白くはあるだろうとそう思う事にした。そう、思う事にしたんだが。
うん、けど流石に人前で抱き締め合い愛をささやき合うのは勘弁してほしい。どうもこればかりは目に毒だと思う。ツルギ君なんか目に見えてイライラしているぞ?
ほら、ツルギ君の眉間に皺がどんどんと。
「お二方?そろそろ人前でいちゃつくのは止めて貰えないか?」
「何だ?嫉妬か?妬いているのか?可愛い奴だ」
「何?嫉妬しているの?面白い人」
ビキィ、とツルギの額に青筋が奔った。うん、今のは流石に擁護出来ない。
この二人、絶対解っていて煽ってるだろう?重度のブラコンとシスコン。それでいてかなりの悪戯好きでもあるという。うん、なるほど納得した。納得させられた。
そして、二人の興味は俺の方に向いたらしい。にやりと笑いながら、二人の視線が俺の方に向いてじりじりとにじり寄ってくる。うん、少しばかり嫌な予感がする。俺は僅かに後ずさった。
「よお、初めましてだな。甲殻バジリスクの件は素直に礼を言うぜ。礼として姉さんの素敵な魅力についてこれから明日の朝まで語り明かしたいんだが?」
「初めまして。甲殻バジリスクの件はありがとうね?礼としてアキト君の素敵な魅力をこれから明日の朝まで語り尽くしたいんだけどどうかな?」
「………いえ、結構です。というかもう勘弁してくださいお願いします」
俺は自分の口の端が引き攣るのを感じた。これは流石に重い。重すぎる。
俺は胃がもたれるようなそんな重ったるい気分を味わった。何だこれは?嫌がらせか?
しかし、そんな俺の気も知らずに二人は俺の両腕を握り締め引き摺っていった。
「「はははっ!遠慮するな、一緒に一晩語り明かそう‼」」
「……………………」
引き摺られて連行されていく俺。そんな俺を、合掌しながら見送るツルギとマキナとユキ。
俺の心の中にドナドナが流れた。俺の目が、死んでゆく気がした。