3,第三陣~星の玉座へ~
第三陣———遠藤クロノ及びチェシャ。
………俺はチェシャと共に架空大陸へと上陸した。既に、大陸各地では振動と共に大規模な爆発が生じているのが理解出来る。もう、皆は交戦を初めているようだ。
架空大陸は原生林が生い茂る未開の大陸だった。それだけ見れば自然豊かな大地に見える。しかしその大陸の外側は相変わらず火の海だ。外が地獄である事は変わりないだろう。
俺はチェシャの背に乗って大陸に上陸した。チェシャは、空中を駆けて火の海を渡る。
俺は、疑問に思った事を素直に問い掛ける。
「………なあ、チェシャの異能って空を駆ける能力か?」
「もちろん、そんな訳が無いだろう?」
「まあ、そうだよな?じゃあこの際だから聞いておくけど、チェシャの異能って何だ?」
俺の問いに、チェシャは僅かに思案する。が、その思考は唐突にストップする事になる。
何故なら………
「チェシャの異能は、多元的空間を掌握する力だよ。簡単に言えば、より高次元の空間を視認し掌握する事が出来る能力だ」
「っ⁉」
突如聞こえた声に、俺は勢い振り向く。其処には蜘蛛王ツチグモの姿があった。ツチグモは元同胞であり裏切り者であるチェシャに対し、明確な怒りを示した。
そうだ、今のチェシャは彼等にとっては裏切り者なんだ。だから。
———だから?
「何故、裏切ったんだ?チェシャ」
「逆に聞こうか。何故裏切らないんだ?」
「………どういう事だ?」
怪訝な顔をするツチグモに、チェシャは更に問いを投げ掛ける。
まるで、鋭い刃物で抉るような口調で。抜き身の刃で切りつけるかのように。
問いを投げ掛けた。
「逆に聞こう。何故お前達は裏切らない?母が明確に死へと向かおうとしているのに、自身が死ぬ事で全ての罪を清算するなどと言って死のうとしているのに。何故?」
「……………………」
「我らは例外無く母を救うという目的の為に動いてきた。母を救うという、ただそれだけを至上の目的と掲げて生きてきたのだ。なのに、この様は何だ?何故死ににいく母に加担する‼」
「それ、は………いや、しかし…………」
思わず狼狽するツチグモ。反論されるとは思っていなかったのだろう。いや、このような形で反論を受けるとは思っていなかったのだろう。しかし………
チェシャの弾劾は止まらない。まるで畳み掛けるように、血を吐くように糾弾する。
「それに、貴様の様は何だ!今の状況で母を救う事が出来ないだと?救う事が出来ないから過去へ遡り全てをやり直すだと?何故そう言い切る!貴様、何を根拠にそんな事を言っている!」
「それ、は………」
「所詮、貴様は臆病者だ!母を裏切る度胸も無く!母を救うと言いながら、その実母の優しさに甘える事しか知らない臆病者なのだ!違うなどとは言わせんぞ‼」
「お、おお………おおおおおぉぉああああああぁぁああああああぁぁぁぁぁぁっっ‼‼‼」
何かがキレたように、ツチグモが絶叫を上げる。その悲痛な絶叫と共に、大地が大きく揺れ動きそれと同時に巨大な地割れを起こす。まるで、ツチグモの心を現わしているような。
そんな蜘蛛王に、チェシャは一息に飛び掛かる。より多元的動作で攻める。
しかし、ツチグモはそれでも絶叫を繰り返し大地を引き裂かんばかりに地震を起こす。
それは、あまりにも巨大に過ぎる地震だ。通常の大陸を遥かに超える強度と耐久性を誇る架空大陸ですら大きく揺るがす規模と強さの巨大地震。
そんな中、絡み合うように相争うチェシャとツチグモ。
「いい加減っ、目を覚ませ!母を救うと言いながら甘えるなっ!」
「違うっ!俺は………俺、は………ああああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁ‼‼‼」
絡み合い、もつれ合いながらも争い合う二体の王。その度、大陸全土が大きく揺らぐ。
このままでは、架空大陸とて長くは保たないだろう。そう思った直後………
何かが、ツチグモの首根っこに食らい付いた。
「ぐ………が、ぁ…………」
ツチグモは、そのままゆっくりと崩れ落ち息絶えた。其処に居たのは怪蛇王オロチだ。
牙を引き抜き、のそりと鎌首を持ち上げる。その瞳は、俺達とツチグモを交互に見る。
一瞬、オロチはツチグモに悲しげな視線を向けた。そして、俺達に背を向けて去る。その背中はまるで迷子の子供のような、そんな哀愁が漂っていた。
俺達は、そんなオロチに何も言葉を掛けてやる事が出来ない。掛ける言葉が無かった。
どう声を掛ければ良いのか、俺達には理解出来なかった。
・・・・・・・・・
しばらく、俺とチェシャはとぼとぼと歩く。胸の奥に何かが刺さるような感覚だった。
「………なあ、チェシャ。お前は本当にあいつ等を裏切って良かったのか?」
「…………何が言いたい?」
「……………………」
俺は答えられない。聞いておいて、何とも情けのない話だった。
しかし、そんな俺に対してチェシャは普通に答えた。
「別に、良いも悪いも無い。わし等王は少しばかり母に甘え過ぎたのだ。だから、もう少しだけ考え直す為の時間が必要だっただけの話よ」
「…………そう、か」
「そうだ」
そう言って、黙って歩き続ける。そして、気付けば俺は開けた場所に来ていた。
四方は四つの石柱に囲まれている。まるで、神殿の遺跡のような場所だった。
隣に居た筈のチェシャの姿は無い。目前には、ユキが玉座とも見える椅子に座っていた。
ユキはただ、俺に微笑みを向けている。悲しいくらいに、綺麗な笑みだ。
「これは———」
「空間転移の応用だよ。まあ、ともかくよく来たねクロノ君。待ってたよ」
そう言って、ユキは俺に微笑み掛ける。その笑みを見た瞬間、悲しいような苦しいような気分が胸の奥を締め付けた。しかし、それでも俺は彼女に笑みを向けた。
せめて、彼女の前では笑っていよう。そう思って。そう、思ったのだが。
果たして、上手に笑えているだろうか?それすら分からない。
ただ、胸の奥が締め付けられるように痛かった。
「私の前で、無理に笑わなくてもいいよ?私は所詮、人類の敵だからね」
「………やっぱり、上手く笑えないか。本当はユキとも戦いたくないんだけどな」
そんな俺の言葉に、ユキは首を左右に振った。
「結局、私にはこれしか出来ないの。馬鹿な事だと思うけど、私自身馬鹿だと思うけど、それでも私には罪を償う為にこれしか出来ないの。これしか出来なかった」
「本当に、これしか道は無いのか?もっと、こう生きて罪を償い続ける事は出来ないのか?」
「………ムリだよ。私には、もう耐えられない。罪の意識に苛まれながら、それでも生き続けるなんて私には耐えられないよ。耐え、られない…………」
そう、身体を震わせ告げるユキ。
そうなのだ。ユキは、もう限界なのだ。限界が来ているのだ。
これはもう、努力だとか根性論だとかそういう理屈ではない。ただ、人間の精神構造上の限界でしかないのだろうと思う。人間の精神は永い時を生きるのに向いていないんだ。
けど、それでも………
それでも、俺は………俺は………
「やっぱり、俺はユキに生きて欲しかったよ」
「ごめん、辛い役割を押し付けて………愛してるよ、クロノ君」
そうして、俺とユキの最初で最後の戦いは始まった。もう、後には戻れない………




