1,第一陣~ゲオルギウス~
第一陣———強襲組。
戦闘機で架空大陸を襲撃するのは以下のグループだ。
大統領キングス=バード、フィリップ=クロス、旧インド代表アルジュナとクリシュナ、そして神薙ツルギの計五名になる。大統領とフィリップ補佐官。アルジュナとクリシュナ。そしてツルギの計三機ほどの戦闘機がそれぞれ架空大陸を襲撃している。
迎え撃つのは怪物種の王が一体、竜王ゲオルギウスである。プラズマにも酷似した、しかし全くの別種である正体不明の架空エネルギーをブレスとして放ち応戦している。
戦闘は全くの互角。いや、僅かにゲオルギウスが優勢である。
三機の戦闘機が亜元運動とも呼べる異次元の軌道を描き、ゲオルギウスを襲撃する。
しかし、ゲオルギウスもその軌道を読んでいるのかブレスで的確に迎撃する。それはまさしく異次元というより他にない規模の極限バトルであった。
しかし、戦闘は僅かにゲオルギウスが優勢である。むしろ、このままではゲオルギウスが押し切り勝利するだろう事は容易に想像がつく。実際、彼の竜王もそう見ていた。
むろん、このまま行けばの話ではあるが………
「フィリップ補佐官、俺が出る‼」
「は?ちょ、此処で出撃するのは………」
言うより早いか、コクピットハッチを開いた大統領がそのまま空中高くへ放り出される。
大統領の正面には、既にゲオルギウスの姿が。そして、その口内には既にエネルギーが充填されブレスを放つ準備は万端だった。
しかし、大統領もその手に持つアンチマテリアルライフルのチャージを終えている。
刹那、空中高く大爆発とも呼べる規模のエネルギー衝突があった。ゲオルギウスのブレスと大統領のアンチマテリアルライフルが、架空大陸の上空にもう一つの太陽を生み出す。
そう、それはもう一つの太陽だ。もう一つの太陽が生まれたと錯覚する程の閃光だった。
極大規模のエネルギーが衝突し、ぶつかり合った結果。大規模の爆発が発生する。
通常、空中でこれほどの出力で射撃を行えば慣性の法則が働き、後方へと勢いよく吹き飛ばされる事となるのは目に見えているだろう。しかし、そうはならなかった。
驚いた事に、大統領は空中を足場にして踏み止まっているのだ。何故か?それは大統領が装備している異形の全身黒鎧にある。
彼の全身鎧は大気を足場にして踏み締める事を可能とする。それ故、空中での変則的立体軌道すら可能とするのである。無論、並の技術力ではない。
そして、大統領はそのままアンチマテリアルライフルを手放し背中の大剣を握る。
———その刃先は微細な振動を発生させ、あらゆる物質の結合を断ち切る。
それは、超高周波振動により万物を断ち切る必断の剣だ。それに、大統領が固有で保持するプラズマ生成能力により無双の凶器と化す。
対するゲオルギウスは、己の肉体に正体不明のエネルギーを通す事でそれに対抗する。
「おおおぉぉおおおおおおおおおぉぉぉっ‼‼‼」
「グオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッ‼‼‼」
大統領の剣とゲオルギウスの尾が、火花を散らしてぶつかり合う。
一合や二合ではない。何十合、何百合と打ち合いその度に周囲へ余波が飛んでくる。余波だけで周囲の地形を容易く変える程の威力を持つ。それが何百合、何千合と続く。
絡み合うように攻防を繰り返す大統領とゲオルギウス。三機の戦闘機は近寄る事も援護射撃を行う事も不可能になり、離れた場所で見守る事しか出来なくなる。
斬り、突き、打ち、薙ぎ払い、絡み合うように攻守を繰り返していく。その度に大統領の装着する鎧に大きな傷が刻まれてゆく。無論、鎧を着用している大統領も無傷では済まない。
だが、それはゲオルギウスとて同様だ。
次々と刻まれてゆく傷に、さしもの竜王とてノーダメージでは済まない。
否、既にゲオルギウスもかなりのダメージを負っている筈だ。なのに、止まらない。
「何故だ、ゲオルギウス!そこまでして、そうまでして人類が憎いか!」
「貴様には、貴様には分かるまい!我らの憎悪を!この俺の憎悪を!あの時、誰よりも母の傍に居ながら母を救う事が出来なかった我らの絶望の底を‼」
ゲオルギウスは叫ぶ。血を吐くように、まるで悲鳴を上げるかのように叫ぶ。
実際、彼は血を吐くような思いで叫んでいるのだ。渾身の想いを吐露しているのだ。
「貴様には分かるまい!何も知らないまま、自身の本当の願いを知らないまま、ただ父親に言われるがままに世界を滅ぼす兵器としての役割を全うした母の絶望を!」
「……………………」
そう、何も知らなかった。自身の本当の願いすら知らなかった。知る為に必要なものを実の父親から教えられないままに、ただ世界を滅ぼす兵器として育てられた。
その為にのみ育てられた。それのみを存在理由とされたのだ。
白川ユキは、自身の本当の願いすら知らなかった。いや、理解出来なかったのだ。
それを理解する為に必要な知識が欠けていたから。純粋に兵器として育てられたから。
本当は、ゲオルギウスとて分かっていた筈だ。母が本当は人間の傍に居たかった事を。人間として人と仲良くしたいと願っていた事を。理解していた筈だ。
そして、彼女は知らなかった。理解出来なかった。自身の本当の願いを。そして、それを理解した時には既に遅すぎた。そう、全ては遅すぎたのだ。
自身の本当の願いを知った事には既に遅すぎた。既に、人類には敵として認識された。
そもそも、彼女は知らなかったのだ。何も知らなかったのだ。世界を滅ぼせば、人類から敵視され憎悪される事を知らなかった。本当は、そんな事欠片も望んでいない事を知らなかった。
誰が知ろうか。星のアバターが、白川ユキが、遠藤クロノという一人の少年と出会った事で自身でもよく理解出来ない正体不明の感情を発露していた事を。
そして、その正体不明の感情が———たわいもない一人の少女の恋心だった事を。
何も知らなかったのだ。
「本当は母も気付いていたのだ。無意識で、人類は敵ではない事を。自身が人類と仲良くしたいと思い始めている事を、本当は気付いていたのだ!それが、理解出来ていなかったのだ!」
「……………………っ」
それを理解出来ていなかったからこそ、悲劇は起きた。誰が知ろうか。その感情の正体を本人が理解していないという事実を。
誰が知ろうか?全て理解していたからこそ犠牲になった一組の夫婦が居たという事実を。
あの日、初めて少年と少女が出会った日の夜。少年がその日出会った少女の話を自慢げに両親に話していたという事実を。誰が………
結果、世界は滅びた。結果、少女を止める為に向かった一組の夫婦はその真意を誰にも知られないままにただ犠牲となった。全てはただただ悲劇だった。
「貴様には………貴様には分かるまい………!断じて分かってなるものかっっ‼‼‼」
「………そうか」
ただ、一言だけ言って。大統領は………
「結局、お前達は親離れが出来ていないだけなんだな?」
「………何?」
瞬間、怒涛の攻撃がゲオルギウスを襲った。一切の隙もなく繰り出される怒涛の連撃。
一切の隙間も無い、ゲオルギウスですら避ける間も防ぐ間もない猛攻の嵐だった。鎧から覗く大統領の瞳には一切の感情が無い。怒りも、憎しみも、悲しみすら無い。
ただ、目の前の敵を殺す。それだけの為に一切の感情を排して連撃を叩きこむ。
このままでは、埒が明かない。そう判断したのかゲオルギウスが勝負を仕掛ける。厳密に言えば大顎を開きブレスを放つ体勢へと移る。
しかし、この状況においてはそれは明確な悪手だ。
「っ、せあ!」
「ぬぐぅ‼?」
ゲオルギウスの顎を、大統領は下からかち上げるようにして殴り飛ばす。瞬間、行き場を喪失したブレスはそのまま暴発してゲオルギウスの頭部に甚大な損傷を与えた。
ゲオルギウスは止まらない。それでも彼の竜王は止まれない。なら、せめてもの情けとして安らかな眠りを与えよう。故に、
「もう、お前も眠れ‼」
そう言い、大統領はゲオルギウスの心臓部へと大剣を突き立てた。
刃を心臓に受けても、それでもゲオルギウスは止まらない。しばらく暴れ続ける。が、やがてその勢いは弱まり力を失ってゆき、そして。ゆっくりと大地へと落下していった。
ゲオルギウスと大統領の戦いは、大統領の勝利で終結した。
・・・・・・・・・
落下したゲオルギウスへと、大統領はそっと降下して近寄る。ゲオルギウスは虫の息ながらそれでもまだ生きていた。だが、もうその命は風前の灯火だろう。
まだ息はあるが、もう止めの必要すらない。もう、助からない。
「俺、の………負けか………」
「ああ、俺の勝利だ」
言って、大統領はその場に座り込んだ。せめて、竜王の最期を見届ける為に。
それは、何故か?
「………ふ、ふふっ。何故………俺の最期を見届ける必要が………?」
「別に良いだろう?長い間、争い続けた宿敵の最期くらい」
「宿敵、か………そう、か………」
そう言って、竜王ゲオルギウスは最後に一言だけ呟いて。
「………まあ、悪くは無かった………か…………」
そのまま息絶えた。そして、そんなゲオルギウスに大統領は静かに十字を切った。
せめて、死後くらいは安らかであれと願って。




