番外1,兎と少年
「は?今何て言ったんだ?」
思わず僕はそう問い返した。旧アメリカにあるとある地区、その研究施設の一角で僕は所長であるトバルカインと話していた。トバルカイン、もちろんその名前は偽名だ。
なんでも、旧文明の遺跡から発見された神話を記述した端末にその名があったという。要するにその名を自身の名として名乗っているだけだという。
まあ、要するに神話の中の人物から名を勝手に拝借したという訳だ。
閑話休題………問い返した僕に所長は面倒そうに言った。
「だからだな、この近辺を住処にしている兎の怪物に交渉をして欲しいんだよ」
「いや、交渉は良いんですが。その後何を言いました?言いやがりましたか?」
「ああ、だからさくっと兎の生贄になってこいと」
「オマエ、ふざけてんのか?」
思わず口調が荒っぽくなったのは仕方がないだろう。というか、僕は悪くない筈だ。
例え、温厚で知られる僕でも笑顔が引き攣るのが自覚出来る。流石にイラっときた。
そもそも、何故僕に何の情報もなくいきなり生贄になれと言うんだ?訳が分からなくて軽く頭にくるのだけど無理もないよな?少しオハナシ良いかな?ん?
そう思ったが、所長はいたって本気らしい。至極面倒そうだが丁寧に話してくれた。
「いや、お前が以前言っていただろう?今から大体百五十年くらい未来だっけ?その時代に世界を救う救世主が出現するという預言を」
「予言じゃねえよ、あくまで未来予測だ。あと、正確には百五十年から二百年くらいだ」
そう、僕の異能はあくまで高度な未来予測だ。あらゆる事象を計算式に入れる事により未来を高度に予測する事が出来る。ただそれだけの異能でしかない。
しかし、その言葉に対し所長は聞く耳を持たない。
「いや、お前の予測は限りなく予言に近いものがある。実際今まで外れた事は無いだろ?」
「同時に未来は変えられると証明したがな?所詮その程度の未来だよ」
「それはお前の予言があってこそだ。無ければその通りになっていたさ」
はぁ、と僕は嘆息とも呆れとも取れない曖昧な返事をした。
「そこで、だ。将来現れる筈の救世主の為に今出来る事をしようという訳だ」
「………それが、何故僕が生贄になるという話に?」
「だから、その為の交渉だよ。お前に交渉役を任せたいんだ」
そう言って、所長は話してくれた。その話は思わず耳を疑うような話ではあったが。
少なくとも、僕は納得してしまった。それも確かだった。
「その兎の怪物、最近ある異能を保持している事が判明しただろう?」
「ああ、限定的な不滅の肉体でしたっけ?」
「そう、より厳密に言えば意思の波を直接身体に通す異能だ。それにより彼の怪物は意思と肉体が完全に同化していると言えるだろう」
つまり、意思の波によって奇跡を起こす異能の性質を利用し、意思と同化した肉体を修復可能というのがその兎の持つ力だという。つまり、意思による肉体の復元能力だ。
或いは再生能力の究極とも言えるだろう。
「つまり、それを利用しようと言う話デスか?」
「まあ、そうだな。その兎の怪物には兵器を開発する為の素材になって貰いたいのさ」
「………えっと、つまり兵器に利用するAI代わりという事か?」
「端的に言えばそう言う事だな」
「………正気の沙汰じゃねえ」
「俺もそう思う。けど仕方がねえんだよ。上層部は一切話を聞かねえし」
思わず、僕は絶句した。正直、正気の沙汰と思えない話だ。
しかし、同時に納得もしていた。どうやら、原因の一端は僕にあるらしい。
つまり、その計画が上がった背景には僕の異能による未来予測が。つまり、彼等の言う所の予言が根本にあるらしい。僕が不用意に言った事が、彼等に火を付けたようだ。
つまり、僕が不用意に言わなければ良かった事になる。僕が焚きつけたのだ。
「………なら、責任は取らないとな」
「?」
「いや、良いです。分かりました」
そう言って、僕はその場を跡にした。責任を果たす為に。
・・・・・・・・・
「レン!」
「シンシア?」
研究室を出たところで一人の少女が声を掛けてきた。彼女の名前はシンシア、僕の幼馴染であり研究施設の同期でもある。つまる所、僕が最も信頼出来る人物だ。
まあ、無粋な話をすればずっと前から僕が友情以上の好意を抱いていた事もあるけど。
まあ、それは別に良いけどさ。今は関係のない話だ。
「レン、聞いたわよ。貴方、大兎と交渉に行くんですって?」
「ああ、今から行くところだ」
「そんな、危険よ!」
シンシアは顔を蒼褪めさせて僕に詰め寄る。彼女は昔から兄妹のように過ごしてきた為なのか僕の事を過剰に心配する癖があった。まあ、心配されるのは悪い気分ではないが。
思わず苦笑してしまう。
「まあ、仕方がないさ。全て僕が撒いた種だからな」
「そんなの関係がないわよ!貴方が犠牲になる必要なんて何処にも無いのに!」
「そう言ってくれると嬉しいけどね。けど、もう時間がないから行くよ」
そう言って、僕はそのまま彼女に背を向けた。正直、彼女とこれ以上一緒に居れば流石に覚悟が鈍るだろうしもう出るとしよう。そう思った。
背後から、シンシアの心配する声が聞こえて来た。心が痛むのは、きっと気のせいだ。
・・・・・・・・・
「む?僕に一体何の用だ?」
大兎の怪物は、幼い子供のような声でそう問い掛けた。
僕はそんな彼になるべく誠意を示すべく笑みを向けて話しかける。たぶん、正直な話笑顔はイマイチな出来だろうけれどな?其処は今は良いだろう。
要は、誠意さえ見せれば良いんだから。
「少し、交渉をしにきたんだが」
「交渉?この僕に?」
怪訝そうに、首を傾げる大兎。そんな彼に、僕は真っ直ぐ頷いた。
「ああ、僕の頼みを聞いてくれたらその代わり何でも君の望みを聞こう」
「………何でもって」
若干引いたような声で、実際大兎は僅かに退く。
うん、僕もこれはどうかと思った。けど、それでも僕は引かない。
「まあ、実際は僕が聞ける範囲での話だけどな?それでも君の望みを聞こう」
「……………………」
僅かに、思案するように僕を見詰める大兎。僕も、じっと見詰め返す。
しばらくそれが続いた後、大兎は僅かに溜息を吐いた。
「分かった、じゃあまずは君の頼みを聞こうか?」
僕は頷くと事のあらましについて説明を始めた。
………
………………
………………………
「という話なんだが、どうだ?」
「うん、別に僕からしたら良いんだけど。正気の沙汰じゃないな?」
「言うな。僕もそれは理解してる」
そう言って、僕は僅かに溜息を吐いた。全く、どうしてこうなったのか?研究施設の所長達の事がうらめしく思えてくる。まあ、自分が撒いた種だから仕方がないけどさ。
そんな僕を、どう思ったのか大兎はじっと見詰めていた。
「…………じゃあ、今度は僕の望みを言うよ?」
「ん?ああ、あまり無茶な望みでもなければ聞くぞ」
「別にそんな無茶な望みでもないよ」
そう言って、大兎は僕に向かって言った。
「じゃあ、僕と友達になってよ」
「は?」
思わず、大兎を真っ直ぐ見返す。しかし、大兎はどうも本気らしい。
真っ直ぐ、僕を見ていた。真っ直ぐと僕を見据えていた。
「昔、僕に立ち向かった少年の一人が言ったんだよ。友達の為なら、仲間の為ならどれほどの困難だろうと自分は立ち向かえるって」
「………それが、羨ましかったと?」
「端的に言えば、そうだね?」
しばらく考えた。どうも、この大兎は人間に対し憧れに近い感情を抱いている節がある。
或いは、自分に立ち向かう人間の良い部分だけを見ていたのかもしれないけど。
でも、まあ基本悪い者では無いのだろう………
「分かった、友達になろう」
こうして、僕に人外の友達が出来た瞬間だった。うん、中々気恥ずかしい。
「ところで、君の名前は?」
「うん?僕の名前は———レン=バードだ」




