3,竜を狩る白兎
「それでは、もう話す事は無いかな?無いなら会談を終了しようと思う」
クラウンの言葉に誰も何も言わない。あれから話した事といえば、せいぜい架空大陸へと侵入する手順を整理した程度だった。後はその場その場で各自の判断に任せるという事なのだろう。
俺も、ようやく覚悟が決まった所だ。ユキを倒す為ではなく、ユキを救う為に戦う。俺はユキに生きて貰いたいんだ。どんなに辛くても、どんなに苦しくても生きて欲しいんだ。
だからこそ、まずはユキの心を今度こそ救ってみせる。彼女の絶望を拭ってみせる。
死ぬ事で罪を清算するのではない。生きる事で清算し続けて貰う。
その為にまず、彼女ともう一度向き合おう。きちんと、真っ直ぐ向き合おう。
そう考えていた、その時………
「………クロノ・エンドウ。君に話があるのだが良いか?」
「…………?ああ、何か用でも?」
大統領が、唐突に話しかけてきた。確か、キングス=バードといったか?
彼は俺に背を向けると、黙って歩き出した。えっと?つまり俺に付いて来いという事か。俺は大統領の後ろを黙って付いて行く。黙々と歩く大統領、それに黙って付いてゆく俺。
一体何処まで行くのだろう?そう思っていたが、其処まで遠くではなかった。
というか、廃墟街に停めてある戦闘機の前に大統領は立った。其処にはフィリップ補佐官が一振りの剣を抱えて待っていた。純白の、美しいロングソードだ。
柄と鍔に白い獣毛が装飾された、純白の長剣。大統領が頷くと、フィリップ補佐官が俺にその長剣を差し出してきた。思わず、俺は黙り込んで補佐官の顔を見る。
………えっと?どういう事だ?
「受け取ってください」
「えっと?」
どう答えたものか悩んでいると、大統領が苦笑を浮かべつつ補足を入れた。
「これは旧アメリカで開発された兵器だ。銘をヴォーパルソードという」
「ヴォーパルソード………?」
俺の言葉に、大統領は頷いた。つまり、これを俺にくれると?
どういう意図があって?
「まあ、俺達が君にそれを託す意図に関しては今は良い。とりあえず抜いてみてくれ」
「…………」
黙って俺は剣を受け取り、そのまま鞘から抜き放つ。特に理由があった訳ではない。
理由があった訳ではないが、何故かその剣を抜いてみようと思っただけだ。
その、瞬間———
「っ、これは………‼」
「………おおっ‼」
抜き放った剣から、押し寄せる波のように意思と記憶が流れ込んできた。
意思と記憶が、光の波となって俺の中に押し寄せてくるのが分かる。
これは………この剣の記憶か?いや、剣に宿る怪物の意思か?
それは、ある兎の怪物が持つ記憶だった。生まれてからずっと、怪物として過ごす日々。ある人間の少年との出会いと友情。交わされる約束。
約束を守り通す少年の姿。その背中を見る、兎の怪物。
人間を襲う、醜悪な怪竜。少年を守る為に戦う兎。
戦い、戦い、戦い続けて。その果てに兎は自身の命と引き換えにして怪竜と相討つ。
少年と交わした最期の言葉。兎が持つ本当の異能、力。そして、生まれ変わる命。
それ等の意思と記憶が、俺の脳内に情報として流れ込んでくる。兎の怪物の記憶?この剣の中に兎の記憶と意思が宿っているのか?そう思った直後、更に驚愕すべき事象が起きた。
「っ‼?」
白い長剣が、その形状を瞬時に一振りの日本刀へと変えた。純白に輝く一振りの日本刀。
まるで、長年使い続けた愛刀のように手に馴染む。あまりにも自然と、手に馴染む。
「やはり、この剣は君をマスターと認めたか」
「どういう事だ?この剣は?」
俺の問いに、大統領は頷いた。
「その剣は今より百五十年前に製造されたものだ。人々の味方に付き、怪物ジャヴァウォックと戦い相討ちにて死した白兎の死骸を素材にして鍛え上げられた兵器。旧日本へと来る前、倉庫の中で眠り続けていたこの兵器が自分も連れていけと言わんばかりに輝いたのだという」
まるで、この剣自体が旧日本に居る俺へと引き寄せられるかのように。
「じゃあ、さっき流れ込んだ意思と記憶は………」
「その白兎の意思だろう。どうやら、製造過程でその記憶と意思を引き継いだらしい。その剣には意思の波長を通す特殊な回路が組み込まれているからな」
「………いや、恐らくそれだけではないだろう」
「何だと?」
恐らく、それだけではない。確かに特殊回路の存在もあったのだろうけど。
大統領の怪訝な声に、俺は淡々と答えた。
俺の脳内に流れ込んできた、意思と記憶を。その内容を。
「その白兎はある異能を保有していた。その異能故に、白兎は剣として生まれ変わったんだ」
「………どういう事だ?」
つまり、だ。
「その白兎は自身の身体に直接意思を通す異能を持っていたんだ。簡単に説明すると、その死後も白兎の死骸に意思と記憶が残留していたんだよ」
白兎は、その異能により死後も肉体に残留し続け蘇生する力を有していた。
つまり、限定的な不滅の肉体を持っていた訳だ。例え、致命傷を受けても肉体に残留した意思により蘇生する事が可能だったのだろう。
まあ、だとすれば何故わざわざ自ら剣に生まれ変わるような真似をしたのかが謎だが。
「それは、つまり………」
「この剣は、白兎の骨格や爪牙を利用して鍛え上げたものだ。そして、素材として使用した死骸には白兎の意思が残り続けていた。無論、意思の波を通す特殊回路も作用したのだろうけど」
「……………………」
つまり………
「その白兎は、自らの意思で剣に生まれ変わったんだよ」
最初から、自身の意思と同調出来る人間が後の世に現れる事を予見した上で。
自ら一振りの剣へと生まれ変わったという訳だ。
・・・・・・・・・
しかし、まあ何だ………
『おい、マスター。さっきから僕が話しかけてるのに無視とは良い度胸だな?』
「…………」
『マスター?おーい、マスター。マ・ス・ター?』
「………はぁ」
深い深い溜息を吐く。ずいぶんとまあ、元気一杯な性格をしている。
脳内にひっきりなしに話しかけてくる子供のような声に、俺は思わず辟易した。




