2,大崩壊の裏側に潜む者
世界会談がはじまると同時、早速クラウンがその口を開いた。
「では、改めて紹介しよう。私の護衛であり旧文明の生き証人であるシラヌイだ」
クラウンの紹介と共にシラヌイが軽く頭を下げる。そして、そのままシラヌイはぐるりと周囲を軽く見回した後で俺の方を見る。
………何故だろうか?彼の瞳に、一種の後悔や自責の念が見えた気がする。
「シラヌイと申します。早速ですが、私は先程紹介を受けた通り旧文明の生き証人です。そして同時に旧文明の崩壊を招いたある人物に近しい人間でもあります」
「………何だと?」
シラヌイの切り出した言葉に、真っ先に反応したのはヤスミチさんだ。しかし、驚いているのは何も彼だけでは無い。かく言う俺も、驚愕に目を見開いている。
旧文明の崩壊を招いた人物に近しい。それはつまり、ユキと近しい人物という事だ。果たしてそれはどういう意味なのだろうか?
そして、その発言に対し問いを投げ掛けたのは奇しくも大統領だった。
「それは一体どういう事だ?無論、答える気があるから切り出したのだろう?」
「はい、一言で言いますと私は星のアバターの姉の息子に当たります。あの大崩壊の後に生を受けすぐに眠りに着く事となりました。そして、この時代でクラウンに発見され今に至ります」
その言葉に、周囲から一瞬で音が消えた。誰も何も言わない。
シラヌイは淡々と話を続ける。懐から、一冊の手記を取り出して。
「母が私に残した手記にはこう書かれています。父は世界を深く憎悪して無価値と断じ、故に世界を滅ぼす人類の業として星のアバターを造り出したと」
「………星のアバターが世界を憎んでいたのではなく、父が憎んでいたと言うのか?」
大統領の言葉に、シラヌイは静かに頷いた。
「母が言うには、彼が何を憎悪して何故世界を無価値と断じたのかは分からないと。しかし結果として彼が己の娘を利用してまで世界を滅ぼそうとしたのは確かだったと」
「………その手記には、他に何か書かれていなかったのか?」
———例えば、ユキの父親の事とか。
俺の言葉に、シラヌイはしばらく考えた後でゆっくりと口を開いた。
「母から見た話ですが、彼はときどき何か別人が乗り移ったような、或いは別人に見えるような不自然さを感じる事が多々あったそうです」
「………別人に?」
「はい、どうも彼は実の父親から悪魔憑きと呼ばれていたそうで」
悪魔憑きとは、実に不穏な言葉である。それは他の皆も同様だったのか、一様に怪訝な表情を浮かべているのが理解出来る。
そもそも、自分の息子を悪魔呼ばわりというのが既に不穏なのだが。今は其処は良い。
「悪魔憑きとは一体どういう事だ?どうして、彼はそう呼ばれていた?」
「………何でも、彼が世界を憎悪し無価値と断じていたのは生まれつきだったと。彼の父親は息子が幼少の頃よりその内に得体の知れない何かを見ていたそうです」
得体の知れない何か———悪魔憑き。
いや、或いは………
「或いは、大崩壊の理由も其処にあるのか?悪魔憑きの正体が何なのか今は分からないが」
「はい、それはあるでしょうね。手記に書かれている内容によればその何かは自身が生まれるより前の記憶というものを持っていた節があるような振る舞いをしていたとの事ですし」
「生まれるより前の記憶、ね………」
或いは、前世の記憶という奴なのか?
いや、それとも………
「もしかして、彼が憎んでいたのは世界そのものというより架空塩基の方では?」
俺の言葉に、他の皆は何を言っているんだ?という顔を一斉にした。
特に、ヤスミチさんが怪訝な顔をする。
「何を言っているんだ?架空塩基を憎んでいるなら、そいつはそもそも星のアバターなんて造り出すような真似をしないだろう?架空塩基を使う事すら躊躇う筈だ」
「いや、だからこそ自分の造ったそれを人類の業と呼んだんじゃないかな?そもそも、あくまでこれは俺の憶測でしかないけどさ………」
俺は、一瞬だけ間を開けてから物事の核心について触れた。
「その生まれるより前の記憶が、架空塩基に由来するものなら色々と説明が付くんじゃ?」
「っ、馬鹿な‼クロノ、お前は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
俺は静かに頷く。どうやら俺の言いたい事を察したらしい。
そして、架空塩基に関する俺自身の自論を述べた。
「もしかしたら、架空塩基の技術事態は遥か昔から存在していたのかもしれない。ただ、その技術に到達した文明がその度に崩壊してリセットを繰り返しているのか」
「………馬鹿、な」
「架空塩基は意思の波を物質界の波と同調させ相互干渉させる架空の遺伝情報だ。なら、それにより遥か未来に自身の意思を飛ばして生まれ変わるような技術が存在してもおかしくない」
なら、それを成した存在はもう人間という一生物の枠組みを超え、もはや精神生命とでも呼べるような超越存在と成っていてもなんら不思議ではないだろう。
何故なら、そいつは肉体という器を超えて精神だけで生存が可能という事だからだ。
そして、もしそいつが俺の憶測の通り実在するならば………
「もしかしたら、そいつは遥か古代から文明を滅ぼしリセットを続けていたのかもな」
「……………………」
文字通り、そいつは世界を滅ぼす魔物だったのかもしれない。世界を滅ぼす魔物へと成り果てていたのかもしれない。だからこその、悪魔憑きなのか。
あくまで、憶測でしかないが。俺の背筋を、冷や汗が伝う。
・・・・・・・・・
静寂が満たす空間で、パンッと手を叩く音が響いた。音の主はクラウンだ。
「ともかく、今は憶測で語っても仕方あるまい。今語るべきはこれからどうするかだ」
「そうだな。現に今、星のアバターは人類と明確に敵対している。考えるべきは過去何があったかではなく現在どうするかだろうよ」
それに追随したのは、大統領キングス=バードだった。
他の代表達も同意見らしく、次々と賛同していく。
「私も同意見です。過去を振り返るのも良いですが、今考えるべきなのはどうすれば世界を救えるのかだと私は思います」
「そうだね、僕も過去に縛られ続けるより現在を必死に生きる者の為に戦う方が合っている」
そう言ったのは、旧インドの代表であるクリシュナとアルジュナだった。
「私も同感ですね。今は何よりも戦うべき時だと思っています」
「我ら、旧中国も全力を以って戦いましょう。今を生きる者達の為にも」
王五竜と飛一神も、そう言って賛同した。
「………過去を無視する事は俺には到底出来んが、しかしそれでも今を生きる者の為に戦えというのは俺自身としても同感だ。良いだろう、賛同するよ」
そう、ヤスミチさんも賛同する。
後、残っているのは俺だけだ。しかし、果たしてこれは賛同すべきなのか?
どんどんユキと戦う方向へと行っている気がする。しかし、いやだが………
けど………
「どうしても、彼女とは戦いたくないかね?」
俺にそう言ったのは、クラウンだった。そんな彼に、俺は静かに首を縦に振る。
やはり、俺はユキに剣を向ける事が出来そうにない。俺は、ユキを救いたいのだ。
「………確かに、ユキがやった事は許される事ではないだろう。現在やっている事だって断じて許してはならない事だろう。けど、それでも俺は」
「別に、君はそれで良い」
「え?」
思わず、クラウンの顔を真っ直ぐ見る。彼は相変わらず眩く雄々しい笑みを浮かべている。
彼はもう一度言った。君はそれで良いと———
「別に、君がそれを信じてそれの為に進むのも良い。ただ、何の為に戦うのかだ」
「何の為に、戦うのか?」
「そうだ、君は君の為に………彼女を救うという目的の為に戦えば良い」
彼の言葉に、俺は軽くない衝撃を頭に受けたような感覚を味わった。
「君の道は君だけのものだ。なら、己の為にのみ戦えば良いさ」
その言葉に、俺はゆっくりと自分のやりたい事は何なのかを考える。
考え、自分の本当の願いを改めて見詰め直し。やがて………
俺は、俺自身の覚悟を決めた。




