8,完全なる大団円には
そして、二体の王が去った後………俺達の前に大統領を名乗るその男はゆっくり近付いた。
「………お前が、クロノ・エンドウか?」
「そうだが、お前は?」
警戒心を解かずに問い返した俺に対し、その男は鎧の奥で盛大に笑った。鎧の中で反響した声が暗く不気味に響き渡る。それは、まるで地獄の底から響くような。
「失礼、俺の名はキングス=バード。旧アメリカの代表を務める者だ。旧アメリカの民からは大統領と呼ばれているので君達もそう呼んで欲しい」
「旧アメリカ………大統領?そんな———」
「今更旧アメリカが、この旧日本に何の用だ?」
それは、明確な敵意と侮蔑の籠もった声だった。
大統領の名乗りに俺が問いを返そうとしたその瞬間、俺と大統領の間にヤスミチさんが割り込み敵意を顕にして問い掛ける。それは、明確に大統領を敵とみなしての問いだ。
しかし、大統領は至極不思議そうに疑問を投げ掛けた。
「………君は一体何故俺に敵意を向けるのか?」
「何故、だと?それをお前が言うのか」
明確な敵意を顕に、ヤスミチさんは言う。
「人類文明が崩壊したあの日、俺達日本国に対して全ての核保有国は一斉に核の使用に踏み込むなどという暴挙に出たじゃないか?つまり、お前達は全員俺達を見放したという事だろう」
人類文明が崩壊した日、世界中にある全ての核保有国が一斉に核の使用に踏み切った。それはつまり各国が星のアバターを滅ぼすという一点の為に日本国を見捨てたという事実だ。
それを弾劾するヤスミチさんに、しかし大統領は呆れ果てたようにそっと溜息を吐いた。
まるで、心底下らない事であるかのように。ほんの些細な事であるかのように。
「何だ、そんな事か」
「そんな、事………だと………」
「なら聞くが、貴様は明確な敵を前にしてどのようにして民を守る?」
何を、と言おうとしたヤスミチさんだがそれを言う前に大統領が続ける。
まるで、心底呆れ果てたような冷たい声で。
「所詮これは立場と物事の捉え方の違いだ。ヤスミチ・センジョー、貴様は自国の民を守る為にどのようにして犠牲を最低限にすると思うのか?どうしたらより多くの民を守れる?」
「そ、それは………」
「お前達を前にしてだから許せなどとは言わない。しかし、理解はしろ」
そう言って、大統領は宣言するように強く言う。
「当時の我々は皆、自国の民を守る為に一番犠牲の少ない方法を取っただけだ。まあ、それでも奴を討つには至らなかったようだがな?」
僅かに肩を竦め、大統領はそう言った。
そう、当時星のアバターという敵を討つ為に各国は最適解を選んだだけだ。その最適解こそが核の使用という方法だったに過ぎない。
例え、それが日本からすれば最悪な方法だったとしても。他の国からすれば自国の民を守る為に必要最低限な犠牲でしかなかったのだろう。多くの民を守る為に、少数を切り捨てたのだ。
強大な力を持った敵対者を討つには、より強力な力で一気に叩くのが何よりも早い。
例え、それが短絡的と言われようとも。当時の背景を考えれば………
けど、だからどうしたと言うのか?俺は、真っ直ぐ前に進み出て大統領を見据えた。
「それでも、俺達には関係ないだろう?少なくとも貴国はそれを蒸し返す為に此処旧日本に来たのでは断じて無い筈だろうに。違うのか?」
「確かにな。俺達旧アメリカは今度こそ星のアバターを討つ為、貴国と同盟を結びに来た」
「それは………」
「それにあたり、一つだけはっきりさせておきたい事がある」
そう言って、大統領はじろりと俺へその視線を向けてきた。その視線は、俺に対する明確な不信感が存在している。鎧ごしにも、それがはっきり分かる強い視線だ。
その視線に俺は思わず気圧される。しかし、それでも俺は真っ直ぐとそれを見返した。
そんな俺に、大統領は直接的に問い掛けた。一切誇張表現を抜きに、一つの事実を。
「お前、一体何者だ?少なくとも我が諜報部が調べた限りではお前だけ正体不明だが」
「…………」
何者か、か。それはつまり、俺の出自に関する事だろう。
少なくとも、俺以外は出自をはっきり割り出せる程度に有能な諜報部なのだろう。その諜報部ですら正体不明と言い切る程度に俺の情報は隠されていた。
そう、だからこそ大統領はそれを怪しいと判断したのだろう。
俺の出自、簡単に言えばコールドスリープで文明崩壊の時代から来た生き証人だが。
それを説明するのは、中々リスキーだろうと思う。
少なくとも、ヤスミチさんはそう考えている筈だ。少なくとも、彼は………
「大統領、残念ながら彼の出自に関しては———」
しかし、俺は其処でヤスミチさんの言葉を手で制し遮った。
此処で覚悟を決めた方が良いだろう。完全な大団円の為には………
「良い。ヤスミチさん、もう俺の出自に関して隠す必要は無い」
「……………………」
そう言い、俺は真っ直ぐと大統領と向き合う。はっきり言って、全身鎧を加味したとしてそれでも尚かなりの巨体だと思う。メートルで数えた方が良いだろう圧倒的巨漢。
そんな彼を真っ直ぐと見ながら、俺は自身の出自を明かす。
「俺は、文明崩壊の時代から来た者だ。コールドスリープでずっと眠り続けていた。つまり簡単に言えば過去の時代の生き証人になるだろう」
その言葉に傍で聞いていた皆が。エリカとアキト、ツルギの三人が驚いた顔をした。まあ実際その反応が正しいのだろう。今までずっと、黙っていたのだから。
黙っていた事は正直悪いと思う。けど、無用な混乱を避ける為には必要な事だった。
少なくとも、当時の俺はそう判断した。今は事情が違うけれども。
そして、そんな中大統領は黙って俺の話を聞いている。
「俺の両親は、架空塩基の研究者だった。というより、架空塩基を開発したのが両親だ」
「ほう?」
はじめて、大統領が興味を引かれたような声を上げた。どうやら食いついたらしい。
他の皆も、黙って俺の話を聞いている。そして、俺は核心的な事を言う。
「俺は文明崩壊に関しては何も知らない。いや、知らなかったの間違いか」
「それはどういう事だ?今は違うとでも言うのか?」
「オロチから直接聞いた事だ。あの大崩壊には、裏で糸を引いていた黒幕が居る」
俺のその言葉に、皆が………ヤスミチさんも愕然とした表情で俺を見た。それもその筈、これは俺が敢えて隠し続けていたような事実だからだ。
それを、今明かす。
「おい、俺はそんな話聞いていないぞ」
「言ってなかったからな。少なくとも、あの時点では余計な混乱をさせたくなかった」
特に、ユキの前でそれを言う訳にはいかなかった。
自分の事を知られたくないユキを相手には。まさか、既に俺が知っているなんて。
知られれば恐らく、彼女は深く傷つくだろうから。それ程に、彼女は限界だった。
「ともかく、俺は知りたいんだよ。何故あの文明は崩壊したのか。俺達の世界が崩壊しなければいけない理由が果たしてあったのかどうか。俺はそれが知りたい」
知らなければならないとも思っている。俺としては………
「それが、お前の戦う理由か?」
「そうだ。それを知らないままに、俺は一方的に彼女を敵視したくない」
「…………」
俺の言葉に、大統領は深く考え込む。そして、他の皆も。
一人だけ、ヤスミチさんだけがまだ納得出来ない様子ではあるが。
そんな中、
「残念ながら、もうこの時代の彼女に救う道は無いよ」
「っ、誰だ‼」
思わず、俺は叫んだ。瞬間、廃墟の陰から一人の少女が現れる。
白髪に色素の薄い肌の少女。それは、全体的に色の白い少女だった。少女は俺を真っ直ぐと見据え薄い笑みを浮かべながら言った。
まるで、全てを見透かすような赤い瞳で。真っ直ぐと俺を見据える。
「私の名前は桐生ハク。貴方が来るのをずっと待っていた」




