6、蜘蛛の王
旧神奈川———鎌倉市南部の廃墟街。由比ガ浜に面した廃墟の中を俺達は探索していた。
一面を廃墟に囲まれた瓦礫の街。かつて、人類が栄華を誇っていたのも今は昔。そう、これは正しく人類文明の墓標の群れに違いないだろう。
かつて、人類文明が最盛期を迎えていた頃の残影。その中を、俺達は歩いている。
「………おい、本当に此処にお前の幼馴染が居るのか?人の気配が全くしないが」
「……………………」
「おい?」
返事は、全く無い。
ヤスミチさんがリンネに話しかけるが、リンネの方は全く反応しない。というより、先程から一切言葉を発さないで虚空を睨み付けている。ずっと、何もない空間を睨んでいる。
痺れを切らしたヤスミチさんが僅かに語調を強めて言おうとした。その瞬間。唐突にふらりとリンネの身体が傾いで崩れ落ちた。その光景に場が騒然とする。
というより、これは!
「お、おいっ‼」
「……………………っ」
何とか立ち上がろうとするが、しかし身体に力が入らないのかすぐに倒れ込む。
リンネの身体から、ゆらゆらと陽炎が立ち上る。傍に居るだけで、蒸し暑い。
見ると、彼の身体が異常に発熱していた。明らかに人体が発してはいけない高熱だ。
「おい、お前………」
「………問題、ない。この先、に…………ハクが、い…………」
虚空を睨み、それでも尚立ち上がろうと体に力を入れる久遠リンネ。
しかし、そのまま限界が来たのかリンネは意識を失った。場が騒然とする中、その状況にツルギが額に冷や汗をかきつつ冷静に分析する。まるで、信じられないものでも見るように。
「恐らく、架空塩基をフル稼働させる事により精神がオーバーロードを起こしたんだ。この男は自分の集落が滅びてから今まで、ずっと異能を稼働させ続けていたんだろう?それも、寝る間すら惜しんで一切途切れさせる事もなく、ずっと」
「…………なるほど?」
ありえない、と。そうツルギは呟いていた。
しかし、俺はそれを聞いて思わず納得した。納得してしまった。それは確かに、脳が処理しきれず焼き切れても全くおかしくもない話ではある。
そもそも、一切寝る事もなくずっと極限の集中状態を維持し続けることなど、それこそ断じて人間業ではないだろうに。明らかに人間の限界を大きく超えて脳を酷使していたと言える。
それほどまでに、リンネの覚悟は強いという事なのだ。改めて彼の強さを見た気がした。
「リンネは、それほどまでに………」
「それほど強い覚悟があるという事だろう。或いは、人間業を超えて集中状態を維持し続けてそれでも尚王には勝てないと悟っていたのかもしれん」
僅かな戦慄を覚える俺達を前に、淡々とヤスミチさんが告げた。しかし………
確かに、それほど強い覚悟があったのは確かだろう。
それでも王には勝てないと自覚があったのも確かだろう。
それでも、彼は———
彼は、それでも———
「少し、違うな———」
「あん?」
俺の言葉にヤスミチさんが怪訝な顔を向ける。そんな彼に、淡々と俺の見解を述べる。
「リンネはきっと、大切な人にまた会いたかったんだ。どうしても彼女を救いたいと、本当にそれだけの事でしかないんだと思う。なかったんだと思う」
「…………それこそ、本人にしか分からない話だろうが」
俺の言葉に、ヤスミチさんはふてくされたようにそっぽを向いて言った。
確かに、その通りなのかもしれない。俺には彼の心を覗くことまでは出来ない。
しかし、俺にはある種の確信があった。彼がそうであるとある意味確信を持って言えた。
何故か?それこそ言うまでもない話だ。少し考えれば分かる話じゃないか。
自身の精神すら削ってまで強い覚悟を決める理由など、それこそ自分以外の誰かに対する献身の発露としか考えられないからだ。
そう、彼は自分の精神を削る事すら厭わずに異能を行使し続けたのだ。つまり、それは自身より大切な何かが明確に存在していた事に違いない筈だ。
なら、その大切なものとは一体何なのか?自身より優先する存在とは?
思えば、彼はずっと彼女を救う事にのみ意識を裂いていた筈だ。桐生ハクという少女を救う事にのみ意識の全てを注いでいた筈だ。なら、もはや言うまでもない話。
彼の覚悟の根源など、語るにも及ばないだろう。
俺は、改めて意識を失ったリンネを見た。熱に浮かされた、彼の顔を真っ直ぐ見た。
「それほどまでに、彼は救いたかったんだ。大切な人を………」
俺は、彼の中に俺と似通った。それでいて俺とは決定的に異なる何かを見た気がした。
・・・・・・・・・
それは、唐突に現れた。
「キイイシイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼‼‼」
天地を轟く絶叫と共に大地が大きく揺れた。周囲の廃墟が一斉に倒壊し、大地が裂ける。あらゆる物質が容易く液状化を起こす程の巨大大震災。
震度はおおよそ七、マグニチュードは八というところだろうか?とても立っていられるような状況ではないだろう自然災害の発露に、全員が膝から崩れ落ちる。
しかし、こんな物ではない。この程度、奴にとってはほんの挨拶程度でしかないだろう。
何故なら、全ての王は容易く大陸を崩せる力を持っているのだから。
即ち、この大震災の正体は———
「現れたか、蜘蛛王ツチグモ………」
俺達の目前に、ついに蜘蛛の王がその姿を現した。




