5,クロノの覚悟と回答
早朝———04:58。海水が全て火の海に変わった影響なのか、空は赤く染まっている。
赤黒く照らされた空の下、龍の灯篭前に遠藤クロノを除いた全員が集まっていた。クロノは未だ集合場所には来ていない。それも当然だろうとヤスミチは思っている。
そもそもああ言いはしたが、クロノが星のアバター、つまり白川ユキに好意を抱いていたのは彼とて理解はしている。しかし、ヤスミチ自身それを許す訳にはいかない。
何故なら、白川ユキを許せばそれは星のアバターとしてやった事も許す事になるからだ。
彼女が怪物の女王としてやった事まで全て、許す結果となってしまうからだ。
それは断じて許してはならない。かつて死んでいった人間を想えば、そしてこの崩壊した世界で戦い死んだ人間達を想えば断じて許してはならない事だろう。
だからこそ、川上ヤスミチは断じて己の私情で彼女を許さない。彼女を己の私情のみで許す訳にはいかないのである。それだけはあってはならないのだ、絶対に。
「ねえ、ヤスミチさん。本当にユキを討伐する気なの?」
「無論だ。あいつは既にお前達の知る白川ユキではない。もう、あいつは星のアバターだ」
エリカの言葉に、ヤスミチは端的に答えた。それは、それ以上の私情を挟む事は許さないとでも言わんばかりである。それ以上、敵に情を掛ける事は許さないと。
そもそも、白川ユキの事自体はヤスミチとて認めてはいた。きっと、彼女の事自体に関してはヤスミチとして好感を抱いていたのだろう。しかし、それはあくまでヤスミチとしてはだ。
そんな事は死んでいった者達からすれば関係がない。死んだ者達の無念は晴れない。
その者達を想えば、私情を挟む訳にはいかないのである。
「俺達はそもそも、奴を倒す為に今まで努力を重ねてきたんじゃなかったのか?」
「それは、でも………」
「話は終わったか?そろそろ行くぞ?奴と俺達は完全に道を違えたのだから」
いや、或いはそもそも最初から道なんて交わってすらいなかったのか。彼等と彼女ははじまりから決して交わる事のない場所に居たのかもしれない。その起点から。
ともかく、既に賽は投げられた。もう彼等と彼女は決して笑い合う事は無いだろう。彼等と彼女が共に在る事など絶対に無いだろう。彼女が人間として共に生きる道を放棄したから。
彼女自身がその道を破棄したから。もう、行きつくべきところまで行くしかない。
しかし、
「待ってくれ!」
「っ⁉」
其処に、一人の例外が現れた。
遠藤クロノ———唯一、この世界で只一人だけ無限の苦しみから少女を救える英雄が。
・・・・・・・・・
「クロノ、お前もう大丈夫なのか?」
「大丈夫って、何がだよ?」
ヤスミチさんの言葉に、俺は端的に答えた。まあ、ヤスミチさんが俺に対して何が言いたいのかは分かるつもりだけれども。けど、それでも俺は問い返した。
出来る限りしれっとした表情で。堂々と振る舞う。
「お前、奴を………星のアバターを討てるのか?」
「いや、そもそも彼女を討つつもりは俺には無い」
絶対に彼女を討たせる訳にはいかない。誰にも、そして自分自身も。
俺の言葉に全員が驚愕の表情をした。いや、リンネだけ涼しげな表情で俺を見ている。そもそも奴は俺がどう考えているのか正しく理解しているのだろう。
奴は精神干渉能力の保持者だ。人の精神に干渉する事に関して右に出る者は居ない。それ故に俺が今考えている事を彼は正しく理解している筈だ。だからこそ、今更言うまでもない事だ。
しかし、それが分からないヤスミチさんからすれば言語道断の話だろう。
「いやいや、待てよ!奴は星のアバターだぞ?俺達の敵だろう?」
「けど、俺は彼女を憎む事が出来ない。俺はそもそも彼女を敵視出来ないんだ」
「それはお前の理屈だろうが!死んでいった奴等には関係が無い筈だ‼」
「そうかもしれない。いや、実際その通りなんだろうな」
けど、と俺は続けた。
「俺はあいつが死んで罪を償うより、それでも生きて罪を償い続けてほしい。その為なら俺自身も一緒に罪を背負う事になっても良い。だから」
「………っ!」
「俺はどれほど無様でも、どれほど醜くても、それでも死んで罪を償うような結末を大団円だなんて認めたくはないんだよ。それをハッピーエンドだなんて認めたくない」
「………お前は、お前自身のわがままの為に人類の敵すら許すのか?」
まるで理解出来ないものでも見るように。或いは困惑するように、ヤスミチさんは言う。
しかし、それも違う。
俺は静かに首を横に振る。俺自身の回答を、此処で示さねばならないだろう。
そもそも、だ。そもそもこれは許す許さないの問題ではない。これはあくまで、俺が認めたくないだけのわがままでしかないのだから。俺が目指す至上のハッピーエンドの為に。
「許す許さないではない。俺はただ、彼女に生き続けて欲しいだけなんだ。生きて、生き続けて罪を償い続けて欲しいんだ。ユキが死んでハッピーエンドだなんて認めたくはないだけだ」
「……………………っ」
———誰が知ろう。遠藤クロノという人間が、本当に優しい。優しすぎる人間だなどと。
———誰が知ろう。遠藤クロノという人間が、今まで殺した怪物を相手にすら無意識下で憎む事が出来ていないような人間だなどと。一体誰が知ろう。
「俺は、ただ俺の望む至上のハッピーエンドを目指したい。ただそれだけなんだ」
「………くそっ。そんなもの、この世界が崩壊した時点でありはしないだろうに。お前の方こそありもしない幻想に狂っているんじゃないか」
ありもしない幻想、か。
確かにそうかもしれない。俺は、ただこの現実を認めたくないだけだ。誰より愛する者が苦しいままに死のうとしているのを。死んで終わりにしようとしているのを認められない。
本当は、ユキには死んで欲しくない。もっと生きて欲しい。もっともっと生きて、贖罪の為にでも生きて欲しいと俺は願っている。
ただ俺は、ユキの罪を俺にも背負わせて欲しかっただけなのだから。
「覚悟というなら幾らでもするし喜んで罪を背負おう。それが俺の回答だ」
「………っ、くそっ」
理解出来ないように。理解そのものを拒むように。ヤスミチさんは毒づく。
しかし、意外な所から俺に増援が現れた。そう、俺にとってもヤスミチさんにとっても。
二人からしても意外な。
「待って、罪なら私も背負うよ!」
「俺も一緒に背負う!お前一人には背負わせない!」
「俺も、一緒に背負おう」
エリカとアキト、そしてツルギの三人が共に手を上げ言い放った。その発言に、ヤスミチさんはこれでもかと言わんばかりに目を剥いて愕然とした。
何故?それすら理解出来ないような表情だ。しかし、俺も疑問に思った。
「エリカやアキトはともかく、ツルギは何故だ?お前はユキに味方する理由が無いんじゃ」
その言葉に、ツルギは首を左右に振った。まるで、違うと言わんばかりに。
「別にそうではないさ。俺達はユキと一緒に今まで頑張ってきた。彼女の努力を、今で言えば贖罪しようと奮闘する彼女の姿をずっと見てきたんだ」
「私もそうだよ。それなのに、彼女が星のアバターだと理解した瞬間に掌を返したように一方的に敵視して憎悪するなんて絶対に間違っているよ」
「俺も、彼女が敵だなんて思えない。今まで誰より皆のため頑張ってたのはユキさんなのに」
ツルギの言葉に、エリカやアキトも同意した。その言葉は、他でもない彼女の事を良く見て彼女を深く思いやる言葉でもある。それが、俺には嬉しかった。
そして、そんな俺をエリカは嬉しそうに見て言った。
「それに、ツルギくんが決断してくれたのはクロノ君のお陰でもあるんだよ?」
「俺の?」
うんと、エリカは嬉しそうに頷いた。
「君にはあるんだよ。人を惹き付け引き寄せる才能が。ほら、クロノくんはどんな事でもどんな時でも何時も真摯に向き合って真っ直ぐと立ち向かってきたから」
「それ、は」
「クロノくんのそういう部分に私達は英雄としての才を見出したんだよ」
エリカの言葉に、アキトとツルギはにやにやと笑いながら頷いた。
そして、それを聞いてヤスミチさんは頭をがしがしと掻きながらやけっぱちに言い放つ。
「ああもう、分かったよ!お前達の好きにやりやがれっ‼」
「ああ、好きにやらせてもらうよ」
俺はそう言い、話を締めくくった。
そして、こんな時にも久遠リンネは涼しげな表情で黙っていた。
それが、俺には疑問に思えたのだった。




