3、零の座標
無明の闇の中、俺は一人立ち尽くしていた。何も見えないし何も聞こえない。しかし、暴走する果てしない力の渦を感じる事は出来る。そう、恐らくは俺の能力が暴走しているのだろう。
暴走する力の渦。それは、宇宙を無限に創造してそれでも余りあるであろう力だ。
それが今、俺の目前で渦を巻き暴走している。それを感じ取る事が出来る。
無明の闇の中、俺は一人立ち尽くしている。一切光が存在しない真の暗闇。此処は、恐らく俺の精神世界なのだろうと思う。いや、間違いなく此処は俺の精神世界だ。
ただし、其処にもうアインの姿は存在しないが。
アイン=ソフ=オウル。俺の異能が顕現した第二人格。今は、ユキに奪われてしまった。
ユキが、俺の中から引き抜いた異能の人格。それにより、俺の異能は制御を離れた。
恐らく、ユキが奪ったのはアインの人格のみだったのだろう。第二人格が奪われただけで俺の異能自体は相変わらず俺の中にある。つまり、俺の異能は無事だ。
………此処からは、俺の推測になる。
アインの人格が奪われた。その直後俺の異能は暴走を始めた。即ち、俺の異能を制御管理していたのが第二人格であるアインだったのだろう。それが奪われた結果、暴走した。
つまり、俺自身は俺の異能を制御するのにまだ未熟だった訳だ。アインはずっと、俺の異能を代わりに制御管理していたという事になる。俺の代わりに、ずっと。
改めて、暴走する力の渦に感覚を向ける。暴走する力の渦。いや、これは………
この暴走する力の渦そのものではない。其処に通じる道、それこそが俺の力の本質か?
違う、そうでもない。この力の渦へと通じる道を創り、かつ暴走させている原因。それこそが俺の異能の本質という事か。いや、或いは………
もっと感覚を研ぎ澄ませる。もっともっとその力の渦へ、異能の本質へと眼を向ける。
そもそも、架空塩基による異能とは何だったのか?どういう原理だったのか?
果たして、架空塩基とはどのようなモノだったか?
第五の塩基、人造の塩基により物質界の波長へ意思の波長を同調させる因子。人類がより高次の存在へと至る為の霊的因子。高次因子。
昔、父親から聞いた事がある。
そもそも、生物の身体は遺伝子情報により構築されている。それは即ち、各種たんぱく質による二重螺旋構造を差す。各種たんぱく質、つまりアデニン、チミン、グアニン、シトシンの四種からなる塩基にリン酸と糖を組み合わせた二重螺旋の鎖だ。
その内一つである四種の塩基に第五の人工塩基を組み込んだ。それこそ架空塩基だ。ならばその架空塩基とは一体なんだろうか?その機能とは?
「……………………」
この世の物質は全て粒子により構成されているという。しかし、それは粒子であると同時に波長としての性質も合わせ持つ。つまり、粒子と波は二重性を持つという訳だ。
その物質の波に意思の波を同調させるというのはつまりどういう事なのか?
つまり、それは意思により物質界へと干渉するという事を差す。
意思による物質界への干渉。つまり個人の自我により現実世界に干渉するという事実。
つまり、架空塩基による異能とは精神の波長を現実化させる為の術なのだろう。
なら、それ等を踏まえて俺の異能とは何なのか?俺の異能の本質とは?
………即ち、俺の異能とは反エントロピーの生成と制御。完全制御された終焉。
つまり、ビッグクランチだ。それも果てしなく規模の大きい、多元宇宙規模で宇宙の終焉を起こすような力の渦なのだろう。明らかに、個人が扱えるレベルの異能を超えている。
その力の本質とは、時間の逆行を利用して根源へと通じる道を創る事。いや、いっそ根源へと通じる穴を開ける異能と呼んでも差し支えが無いだろう。
それを完全制御する事で、この根源へ通じる穴を安定させるという理屈だ。
今まで使っていた異能。あの身体能力の急上昇や物理法則を超えた炎の発現。それ等全てはこの根源へと通じる穴を通る過程で発生した単なる付属品でしかなかった訳だ。
つまり、次元を上昇する過程で手にした上位次元の力。法則。
なら、この巨大な暴走する力の渦。それの正体とは反エントロピーを制御出来ないが故に不安定に歪んだ根源への道なのだろう。
宇宙の根源。いや、或いは零の座標と呼ぶべきか?
そう、つまりこれは零だ。零へと通じる穴だろう。はじまりの、零。全ての根源。
宇宙の始まりより前の世界。つまりビッグバン以前の世界を差す。様々な宇宙を流れ出し創り出している根源的世界。全ての宇宙のはじまりの零。
それが今、制御を離れた俺の異能により暴走を始めている。これは正直まずいだろう。
はっきり言えば、それだけで宇宙の全てが零の座標へと回帰してもおかしくない。
ならどうする?俺はどうすべきだ?
………そんな事、最初から決まっている。
「制御を離れたなら、再び制御するだけだろう」
そう言って、俺は再び自身の異能を制御するよう意識を集中した。これは俺の意思の力により生成された反エントロピーだ。つまり、俺の意思次第で制御出来る可能性がある。
意識を極限まで研ぎ澄まし、その力の流れへ目を向け、そして解析演算する。本来は無限に存在する多元宇宙を滅ぼしてそれでも余りある反エネルギーだ。
そもそも、これを通常の物理法則と同一視してはいけないだろう。この力は物理法則を限定的にだが超越しているのだから。つまり、世界の法則を超えた力の発現だ。
ならば、それを踏まえた上でそれを制御する。制御し、管理する。
力の流れはどちらに向いている?そのエネルギー量は?規模は?出力は?全てを計算に入れ再演算しそして制御管理する。制御管理する為、演算パターンに再度組み込む。
俺の脳が、オーバーヒートを起こす。通常なら演算すら不可能になるレベルで熱する。
しかし、この程度で諦めない。俺は最後まで諦めはしない。
宇宙の根源、零の座標を観測して理解した。これは全ての宇宙を流れ出している。それはつまり全ての宇宙は根源の意思により流れているという事実。
人に自由意志など存在しない。確率的に見えて、単に見えない乱数が働いただけ。つまり全ては根源からの意思により運命が決定している。確率的な運命論。
………しかし、だからどうした?だから何だ?纏めて一切関係がない。知ったことか。
俺の思考に、一人の少女が過る。
白川ユキ。全てが崩壊した世界で出会った女の子。星のアバター。しかし、俺はそれ以前に彼女と出会い話してはいなかっただろうか?幼少の頃、俺は彼女と出会っていなかったか?
思い出す。全て、思い出したよ。
両親の仕事に一緒に行った建物。その中で出会った一人の少女。
俺はその少女と僅かだが話し、そして………
そうだ。あの時出会った少女こそ、白川ユキの幼少期だったのだ。
何故俺は彼女の事を忘れていたのか?それとも、所詮その時はその程度の記憶だったか?
だとしても、それでも。恐らく俺は、あの時初めて出会った少女に一抹の興味を抱いた。
それは、恐らく恋なんて積極的なものではなかった。それでも、俺はあの時一人の少女に心を引かれていたのだろうから。だから、
「俺は、もう一度ユキに会いたい!会って、きちんと彼女を救いたいんだ!」
はじまりはきっと恋なんかじゃなかった。けど、それでも俺は今、彼女に恋をしている。彼女に心を引かれているのだから。だから、それこそが全てなのだろう。
ならば、それ以外は一切関係がない。俺は俺だ、それ以外の何者でもない。
俺のこの想いは、俺だけのものなのだから………
そうして、俺の想いは根源の世界を切り拓く巨大な力となった。




