番外3、それでも生きる者たち
あれから何年も何十年も過ぎた。どうやら、父親は用意周到に計画を進めていたらしく世界中に怪物たちがはびこり闊歩するようになった。異形の怪物たちが人を襲う時代の到来だった。
しかし、同時に人類にも架空塩基の恩恵があったらしい。人類も異能を手にし、その力で怪物たちに立ち向かうようになった。人が怪物を狩り、怪物も人を襲う。そんな時代だった。
私に次いで生み出された五体の怪物たち、それに私を含めた六体。それ等を称して王と呼ばれるようになり最重要討伐対象となった。つまり、指名手配されたのだ。
オロチ、ツチグモ、セイテンタイセイ、チェシャ、ゲオルギウスのドラゴン………
そして、私こと星のアバター。その六体で怪物の王と呼ばれている。
特に、私はその王の中でも女王の位置に居るらしい。女王らしく振舞った事など無いが。
それでも、私たちは明確に人類の脅威として刻まれたのだ。人類の敵になったのだ。
更に、王ほどの脅威は無いが王に次ぐとされる怪物たちも現れはじめた。それ等は王ほど明確な自我を持たず天災のように脅威を振りまく者や人類に神のように扱われる者も居た。
前者の代表例としてバハムートが。そして、後者の代表例がインドラだ。後者の怪物は人類に対し加護をもたらす存在として神のように扱われているようだ。姿は雷を操るゾウだけど。
ちなみに、それぞれの王には名前の由来がある。
オロチは天災を起こす姿が神話に登場する八岐大蛇を想起したから。
ツチグモは配下の怪物たちと穴倉に棲んで人類に仇なすその姿から。
セイテンタイセイは主に棒状の武器を好んで使う姿が物語の孫悟空に似ているから。
チェシャはおとぎ話に出てくる怪猫のようににやにや笑う姿から。
そして、ゲオルギウスのドラゴンは教会の神父からそう呼ばれた事から。
例外として、私は最初からそう呼ばれていた。父親に名付けられた、その名で。
何故私だけその名で呼ばれたのか?そもそも、何故その名を父親以外が知っていたのか?
分からないが、それでも私が世界を滅ぼした諸悪の根源として人々から語り継がれている事には変わりがないだろう。きっと、私の罪が許される事など今後絶対に無い。
………ただ、私の心がすり減り擦り切れ摩耗し続けるだけの話だ。
・・・・・・・・・
「……………………」
くうっと、微かにお腹が鳴る音がする。
あてもなく、私は荒野を歩いていた。現在地はインドの中央あたりか。ともかく私はあてもなく荒野をさまよい歩いていた。空腹のせいか、思考がままならない。
いや、空腹だけではない。それだけで私が死ぬ事は絶対にない訳だし。
そもそも、私は生きる為に食事の必要がない。ただ、エネルギーの補給として食事のほうがよほど効率が良いだけの話だ。と、話がそれた………
思考がままならない。それは、私の心が人類の憎しみを一身に浴びる事で摩耗したからだ。
私は今、とぼとぼとあてもなく歩いている。居場所も目的もなく歩いている。
先程も、小さな少年から罵倒とともに石を投げられた。
つい最近まで仲良く笑って話していたような少年。しかし、私の正体を知った瞬間に怒りの形相で罵倒とともに石を投げてきた。殴りかかってきた。
少年の罵倒が忘れられない。自分を騙したなと、裏切り者と罵られた。
別に、騙したつもりも裏切ったつもりもない。しかし、当然の結果だ。
そう、これは当然の結果なのだ。
私は世界を滅ぼした戦犯なのだから。人類の敵対者なのだから。
人類文明が崩壊して何十年過ぎただろうか?その間、私は人類を影から表から手助けした。
ある時、私は無名の冒険者の手助けをし世界地図の作成をした。ある時は架空塩基による異能での戦い方を小さな子供相手に教えた。ある時は怪物に滅ぼされた集落の復興を共に行った。
私は人類に味方し続けた。常に、人類に尽くしてきた。そう、思っている。
しかし、ほんの些細な切っ掛けで正体がバレた。結果として、私は居場所を失う事となる。
ほんの些細な切っ掛けで、人々の憎しみを受け居場所を失う。
何故、こうも私は居場所がないのか?どうして、私は人類の敵対者なのか?
………分かっている。全て、私が世界を滅ぼしたからだ。全て、私の罪だ。
私の罪は、私が思うよりずっと重く厳しい。私はそれを呑み込まねばならないのだから。
けど、けどそれでも………
もう、限界なのだろう。
「………もう、死のうかな」
そう、思わずつぶやいてしまうくらいには憔悴していた。私の心は、もう限界だった。
そんな時、私の耳が酷く焦った男性の声を聞いた。一体誰だろう?
そう思い、とぼとぼとその場へ向かう。
………其処へ向かうと、お腹の大きな女性と彼女の傍で酷く焦った男性が居た。
どうやら、女性の出産が近いらしい。近くに寄ると、私に気付いた二人が視線を向ける。
女性は額に汗を浮かべ苦痛に顔を歪めている。陣痛が始まっているらしい。
「あ、あのすいません!妻が産気づいて!」
「落ち着いて下さい。其処の貴女、此処から動く事は出来ますか?」
「………っ‼」
女性は苦痛に歪んだ顔で首を横に振った。どうやら無理らしい。
これは困った。流石にこんな場所で出産をして、怪物に襲われでもしたら。目も当てられない事態になるのは間違いがないだろう。そんな事では死ぬにしねないだろうし。
とにかく、私は必要だろう事を告げる。
「とにかく、少しだけ此処で待っていてくれますか?ほんの少しだけですので」
そう言って、私は全力疾走でその場を離れた。およそ光速の四分の一でその場を離れる。
結果、あっさりと人は見つかった。人の好さそうな顔をした女性だ。一瞬で現れた私を酷く驚いたような顔で見詰めている。しかし、あまり時間がない。
「あ、あの!今にも子供が産まれそうな女性がいるんですけど………」
上手く言葉に出来ないが、要点だけ告げられたらしい。女性は深刻そうな顔に変わる。
「その女性は何処に居るの?今すぐ連れてきて」
「それが、もう一歩も動けないらしくて………」
「なら、私を連れていって!」
そうして、私は女性を連れて妊婦の許へ走った。もちろん今度は速度に気を使ってだ。
………結果、無事赤子が産まれた。赤子の産声が聞こえてくる。もちろん、私はその間周囲に怪物が来ないよう警戒していたけど。それでも赤子が無事生まれた事にほっとした。
ほっとしている自分に気付いて、僅かに首を傾げた。
そんな私に、母親となった女性が近寄ってきて。
「………あの、この子を是非抱いてくれませんか?」
「え?」
言葉の意味を理解出来ず、私は言葉に詰まる。しかし、嬉しそうに涙を流しながら子供を差し出すその女性に私は何も言えず赤子を受け取る。
瞬間、赤子が私を見て笑った。
「…………っ、あ」
ただ、それだけの話なのに………
私の頬を、一滴の雫が流れ落ちた。これは、涙?どうやら、私は泣いているらしい。
そんな私に、女性は嬉しそうに泣きながら笑みを零す。
「………あなたのお陰で生まれた命です。どうもありがとう」
「っ‼?」
その言葉だけで、私の涙腺は容易く決壊した。
違うのだ。私はそうじゃないのだ。私のせいで死んだ人が大勢居た筈なのだ。私のせいで大勢の犠牲が出た筈なのだ。それなのに、私は………私は、っ。
「う、えぐっ………ひっぐ…………うぐぅぅっ」
言葉に出来ず、私は嗚咽を漏らす。しかし、きっとそれでも今を生きている人がいる。それでも必死に今を生きる人達が居るのだ。こうして、生まれてくる人も居るのだ。
なら、きっと。
「ごめん、なさい………ごめんなさい………ごべんっ、なさい」
ただ、赤子を前に謝る事しか出来ない私。そんな私を涙ながらに笑みを零し見詰める女性。
それでも、きっと私の贖罪の日々に意味はあったのだろう。




