番外2、全ての終わりと始まり
燃えている。世界が燃えている。世界が終わる終末風景………
私が造った。私が滅ぼした。この光景は私が造り出したものだ。私が滅ぼしたのだ、この世界を終わらせ滅ぼしたのだ。故に、これはまごう事なき私自身の業だろう。
そんな世界を焼く業火の中、私はある一組の夫婦の前に立っていた。夫婦は血だまりの中倒れ伏しそれでも笑みを浮かべていた。何故、二人は笑みを浮かべているのか?分からない。
分からないから、聞いてみた。
「何故、笑っているのですか?」
「………ふふっ。別に、ただ息子の事を思って残念に思っていただけよ」
「………息子?」
そう、女性は答えた。どうやら息子が居るらしい。この夫婦は残された息子を思い、それでも尚笑う事が出来るのだろうか?私には分からない感性だ。理解が出来ない。
しかし、それでも私はこの二人の夫婦を知りたいと思った。何故か、あの日出会ったあの少年の事を思い出したから。この二人の事を知りたいとそう思ったのだ。
あの、私に英雄としての在り方を語った少年。嬉しそうに理想を語ったあの少年を。
私は思い出し知りたいと思った。
「貴方達は、たった一人残された息子を思いそれでも笑うのですか?」
「………ああ、そうだ。…………あの子は俺達の唯一の希望なんだ」
「希望………?」
「………そう、だ。あいつには、俺達の全てを託した。大丈夫だと、………あいつならきっと大丈夫だと俺達は信じているんだ。だから………っ」
そう言って、男性は口から血を吐いた。それでも彼は笑っていた。楽しげに笑っていた。
私には分からない。何故、どうしてそんなに笑っていられるのだろうか?
どうして?何故?
「何故?どうしてそんなに笑っていられるのです?どうしてそんなに満足そうに死ねるのか私にはどうしても分かりません。分からない、分からない、理解不能です」
まるで、駄々っ子のようだと私は自分で思った。理解出来ない事に、駄々をこねているようだとそう私自身そう感じたのだ。実際、私は理解出来ていなかったのだけど。
そう言う私に、女性はそれでも嬉しそうに笑みを浮かべながら言う。
まるで、とても良い事を思いついたかのような。そんな言葉を。前触れもなく唐突に。
「………そうだ、貴女…………あの子の事を支えてやってくれないかしら?」
「あの子………?」
「ええ、遠藤………クロノというのだけど。………私達の、息子をよろしく、ね?」
「それ、は………」
言葉に詰まる私に、彼女は言った。まるで、私に呪いを残すかのように。それでも祝福するかのように私にある言葉を残した。それは、実際に私を永く縛り続ける呪縛となる。
はっきりと言えば、私は彼女の言葉の意味を全く理解していなかった。何故私にそんな事を頼んできたのかも知らない。何故世界を滅ぼそうとした私を説得しようとしたのかも知らない。
或いは、其処には何かしらの意味があったのかもしれない。或いは無かったのかも。
それでも、私はきっとその言葉を受け入れたのだと思うから。だから。
「貴女の名前は、これから………白川、ユキ…………どうか、私達の子をお願いします」
そう言って、女性は息絶えた。そして、もう既に虫の息である男性に。既に息絶えた女性に私は約束するかのように静かに告げた。
その、言葉を。
「分かりました。私の名前はこれから白川ユキです。私はもう世界を滅ぼしません」
「………ああ、ありがとうユキ………クロノの事を、よろしく………たの、む」
そう言って、男性は心底満足するかのように静かに息を引き取った。心底、満足そうに。
それが、私にとって永い呪縛の言葉。永い地獄を、それでも耐える事の出来た元凶。
或いは、永い地獄の中それでも死ぬ事すら許さなかった呪いの言葉。
一組の夫婦が残した、祝福と言う名の呪縛だった。
・・・・・・・・・
私は夫婦の死を看取った後、その死体をせめて丁重に埋葬しようと手を伸ばした。しかし。
………その瞬間。私の後頭部に軽い衝撃が奔った。
「っ⁉」
私の後頭部に一つの礫が投げられた。私は人間を元にして誕生した怪物。今までの人類より先へ進化した新たな人類種、云わば人類の超越存在だ。
故に、この程度の石礫など大したダメージにもならない。しかし、それでも私に向かって石を投げてきたというその事実に僅かな動揺があった。僅かな動揺を感じたのを覚えている。
………見ると、背後には私に殺気を向ける人達の姿があった。どうやら生き残りらしい。
僅かな生き残りが、私に向かい石を投げてきたのだ。それは、ささやかな抵抗。殺意。
しかし、何故私に石を投げてきたのか?考えてすぐに理由に思い至った。
「………まあ、当然ですか。私は世界を滅ぼそうとしたのですし?」
「その二人から離れろ、バケモノ‼」
バケモノ?
私はこの時首を傾げていたと思う。その言葉の意味が理解出来ていなかったのではない。そもそもこの時そう呼ばれた意味が理解出来ていなかったのだ。
私がそう呼ばれた意味が、理解出来ていなかった。故に、首を傾げたのだ。
何故なら、私は世界を滅ぼそうとしたけどそれでも自分を人間と思っていたから。
………しかし、後になって散々考えてようやく分かった。要するに、私は父親にバケモノとして生み出されていたのだから。そもそも、人間として生み出されていなかったのだ。
故に、人間からそう呼ばれるのも至極当然の事なのだ。
しかし、この時私はそれにすら気付いていなかった。要するに、無知だったのだ。
何も知らないまま、世界を滅ぼそうとした。ただ父親に言われるがまま滅ぼそうとした。
ああ、それこそが私の本当の罪か。なんて、罪深い事だろう。
無知こそが、本当の罪。知らないままに滅ぼそうとした。何も知らないまま、壊そうと。
それこそが、本当の罪なのだろう。
………後になって、その事実が私を苛む事すら知らず。私は。私は。
「………あの、えっと?」
「ひっ‼来るなバケモノ‼」
私に石を投げてきたその男は、恐怖に引き攣った顔で後ずさった。見ると、他の人達も皆一様に緊張したような顔で私に敵意や殺意を向けている。憎悪を向けている。
私は知らなかった。何も知らなかった。知らないまま、人々を傷付けていたのだ。
無知のまま、知らずに傷付けて壊していた。
その事実にすら気付けないまま。私は訳の分からない表情で人々へ手を伸ばす。しかし。
「来るな、バケモノ‼」
「死ね‼死んでしまえ‼」
「死んで皆に詫びろ‼地獄へ落ちてしまえ、バケモノ‼」
「バケモノが、私達に話しかけるな近付くな‼」
私に次々と投げ掛けられる罵倒と石の数々。肉体的に痛くはない筈なのに、それでも痛い。
何故か、私は涙が出そうな程に痛むのを感じた。耐えられない苦痛を感じた。
何故?理解が出来ない。意味が分からない。どうして?
理解が出来ないまま、私は目を白黒させる。混乱してしまう。動く事が出来ない。
そして、気付けば私は無様にもその人達から背を向け逃げていた。逃げて逃げて、やがて誰も居ない場所で一人泣いていた。気付けば、自身の頬に涙が止め処なく流れている事に気付いた。
ああ、痛い。胸が痛い。心が痛い。軋みを上げるように、締め付けるように痛い。
………それは、きっと私が心の中で本当は誰かと仲良くなりたかったという証なのだろう。
本当は、世界を滅ぼすより皆と一緒に笑っていたかった。
皆と一緒に居たかった。知り合いたかった。
それはきっと、あの少年と出会った事で私の中に生まれた些細な願い。きっと、あの夫婦と話した事で私の中で確立した確かな願いだったのだろう。それに、今更気付いた。
けど、それに気付いた時にはもう遅い。
私は、人類と敵対してしまったのだから。私はバケモノなのだから。
きっと、もう私は何処にも行けない。もう、詰んでいる。
そう、それ以来私は無意味で無価値な贖罪の日々を過ごす事になったのだ。




