3、崩壊後の世界
そして、俺はユキに連れられ彼女の所属する組織の本部に向かう事になった。その道中、俺は文明崩壊後の世界について聞く事になる……
というか、まあ俺が聞きたかったからなのだけど。それは思った以上に酷い内容だった。
「人類文明の崩壊、通称”大災厄”は世界人口のほぼ大半を削り取った。そして、世界の地形も大きく変わり果ててしまったの。日本も首都圏は消滅。アジア大陸なんか巨大なクレーターが出来て今は世界一巨大な湖が形成されているらしいよ?」
「……………………」
その言葉に俺は思わず絶句した。そう、それほど被害は甚大なのだ。思い出す……世界が滅び去るその時の終末風景を。そう、あれは文字通り世界を覆い尽くす”大災厄”だったのだと。
”まるで、地獄の蓋が開いたみたいだ………”
思い出す。あの時、火の海と化した街を見ながら呟いた俺の言葉を。
文字通りあれは世界の終末そのものだった。そして、同時に思う。あれだけの規模の大災厄を人類は生き延びたのだと。人類の大半が消失しながらも、それでも人類は生き延びた。
それは、きっとほんのささやかな奇跡のような物だったのだろう。あるいは……
或いは世界の終末に抗う人達が居たから奇跡は起きたのか。
俺はふと両親の最後の姿を思い浮かべる。あれは、決して諦めた顔ではなかった。世界が滅びゆくその一歩手前であろうとも、それでも両親は諦めてなどいなかった。
きっと両親は最後まで諦めなかったのだろう。きっと最後まで彼らは抗ったのだろう。ならば或いは人類が生き延びた背景には、そういった人類の抵抗があったのかもしれない。
僅かに胸が締め付けられるような痛みに襲われる。目頭がじんと熱くなった。
俺は、軽く頭を左右に振るとユキに問い掛けた。先程の話の僅かな疑問を。
「さっき、文明崩壊後の世界についてずいぶん詳細に語っていたけど。それは誰かが崩壊後の世界で調べた者が居るという事か?」
「そうだね。うん、其処から教えるべきだったね」
ユキは頷くと、懐から一枚の古びた地図を出した。大きく地形は変わっているが、恐らくそれは世界地図という物だろう。その変わりように俺は思わず息を呑んだ。
先程話に出てきたアジア大陸には巨大な湖が出来ていた。アメリカ大陸には巨大な亀裂が奔り、大陸間を大きく分断していた。オーストラリアなど完全に跡形もない。他にも傷跡は数多。
日本も例外ではなく被害を受けている。
まず、首都圏は完全消滅。北海道は所々にクレーターが出来ており、近畿と中部地方を両断するように巨大な断裂が形成されていた。
一体何だこれは?実際に世界が滅びる様子を見ていたとしても、あまりにも酷い。酷過ぎる。
僅かに目を伏せ、ユキは言った。その表情は崩壊した世界を悲しむよう。
「文明が崩壊した後、その世界で一人世界中を冒険した人が居たらしいよ。この世界地図は、その人が生涯を賭けて作成した物だという話だね……」
「これが、崩壊後の世界だって?こんな……酷い………」
「そう、それだけ酷い有様だったんだよ。それだけ酷い世界に、人類は取り残された」
そう、人類はそんな酷い世界に取り残されたのだ。数を大きく減らし、取り残された。
それは、実際に崩壊した世界で生きているユキだからこそ言える言葉だろう。そう、人類はそんな酷い世界に取り残されたのだ。数を大きく減らして、それでも生き延びた。その事に俺は胸が痛くなるような思いがした。自然、俺は自分の胸を押さえる。
俺は果たしてこの世界をどう思っているのだろうか?この世界で、一体何が出来るのか?それは俺自身解らないけれど、何かしたいとそう思った。何かしてやりたいと、そう思った。
だけど、俺に一体何が出来るのだろうか?何か出来るだろうか?
「俺は……」
何かを言おうとした、その時———
突然響く破壊音。それは、自分達が向かう先から響いてきたようにみえた。先の方から黒い煙が沸き立つのが見えた。それは、恐らく火の手が上がっているのだろう。
そして、それは恐らく正しいだろう。ユキの表情が一変する。向こうにあるのは……
「っ、向こうは‼」
ユキは慌てて駆けてゆく。俺もそれに続くように走る。
果たして、その向こうには人々を襲う怪物の群れが。先程戦った甲殻バジリスクの群れだ。大勢の人を襲う蜥蜴の怪物達。その光景に、ユキは全身を震わせる。
しかし、ユキが走り出す前に俺が駆け出す方が僅かに速かった。甲殻バジリスクに、俺は日本刀を構えて切り掛かる。刀の刃が蜥蜴の首を断ち切る。
周囲を鮮血が舞った。俺の身体を蜥蜴の血が汚す。
「クロノ君⁉」
愕然とした声が背後から響く。ユキの声だ。しかし、俺はそれに応じる事はしない。
そのまま刀の血を振り払うと、次の蜥蜴を一刀の下に叩き切る。そして続いてもう一匹。
傍に居る蜥蜴から次々と切り捨ててゆく。ただ切り捨ててゆく。
甲殻バジリスクの群れが、俺に一斉に襲い掛かる。その光景はもはや緑色の大波だった。しかし俺はそれに一切臆する事はしない。臆してなんかやるものか。
これは、怒りだ。
俺の心中は今、身体中を焼き尽くすような激しい怒りが燃え上がっていた。その怒りを俺は怪物蜥蜴に直接ぶつけてゆく。蜥蜴の群れを次々と切り捨ててゆく。
しかし、当然の事俺も無事では済まない。蜥蜴の爪が、俺の肩を引き裂いた。背中を切り付け更には食らいついてくる。しかし、それ等激しい痛みにも俺は一切頓着しない。
時間が経つにつれ、俺も傷だらけになってゆく。傷は更に増えてゆく。しかし、それでも俺は頓着せずに蜥蜴を斬ってゆく。切り捨ててゆく。
増えてゆく傷に頓着せず、激痛にも頓着せず、まだまだ……
「……………………っ‼‼‼」
まだだ、まだ戦える。まだ、俺は戦い続ける。そう意思を込めて俺は刃を振るう。
刃を振るい、蜥蜴を斬り、首を断ち、身体を両断してゆく。
斬り、斬り、斬り、殺し、殺し、殺し、殺してゆく。それはまさしく殺戮の嵐だった。
「まだだ‼まだ………まだまだっ‼」
身体中を駆け巡る激痛。それを一切合切無視して俺は蜥蜴を切り続ける。
しかし、それでも蜥蜴の数は圧倒的だ。周囲を取り囲む蜥蜴達が、俺に一斉に襲い掛かる。俺はそれでも戦う意思を解かない。まだ、俺は諦めない。諦めてなんかやらない。
俺は刀を構え直した。良いだろう、来るなら来い。代わりにお前達を切り捨ててやるとの意思を籠めて蜥蜴達を睨み付ける。そして……
「クロノ君っ‼」
だが、襲い掛かった蜥蜴達が俺に届く前にそれを阻むような一陣の旋風が駆け抜けた。その正体は他でもないユキだった。彼女が俺に加勢したのだ。
不可視の刃が、次々と蜥蜴の群れを切り刻んでゆく。その光景に俺は僅かに目を剥いた。
しかし、一瞬止まった俺を叱責するようにユキが叫ぶ。
「止まってる暇は無いよ!早くこいつ等を始末しないと!」
「解った‼」
一言、それだけで十分だった。それ以外に言葉など不要だった。
俺とユキは戦場を駆け抜けてゆく。蜥蜴の群れを引き裂いてゆく。それからは圧倒的だ。俺とユキの二人に増えた、ただそれだけの事。しかし、それが圧倒的だった。蜥蜴にとって致命的。
縦横無尽に駆けてゆく不可視の刃と銀の刃。それ等が戦場を駆け、それと同時に戦場を舞う深紅の鮮血と緑の蜥蜴達。やがて、戦場に居る蜥蜴達が数を減らしてゆく。
千から百へ、百から十へ、そして九、八、七と……
やがて、最後に残った怪物蜥蜴の一匹を俺が斬って戦闘を終えた。
ユキが、何かを叫びながら俺に駆けてくる。しかし、もう俺の耳には何も聞こえない。俺の耳にはもはや何も聞こえてはこない。俺の身体が、大きく揺らぐ。
誰かが俺の身体を支えた。見ると、それはユキだった。何故か彼女は泣きそうな顔に。
其処までだった。俺の意識は、其処で途絶え急速に暗転した。