7、殲滅無双
「なん、だ………これは?」
思わず、俺の口からそんな言葉が漏れる。それも当然の話だろう。
呆然と呟いた先。其処には蹂躙された旧神奈川湘南エリアの街、そして闊歩する怪物の姿。
場所は旧神奈川湘南エリア。かつての藤沢の街。
そう、現在旧神奈川湘南の街は怪物の巣窟と化していた。いや、途方もない数の怪物たちで埋め尽くされていたのである。その数、数十万を軽く上回るだろう。
そして、そのほぼ大半が蛇の怪物と大蜘蛛の怪物だ。怪蛇と大蜘蛛が街を思うままに蠢くその姿は不気味以上に悍ましいとすら言える。並の精神状態の者なら悲鳴を上げて卒倒する光景だ。
「怪蛇に………大蜘蛛。まさかオロチとツチグモ?あの二体が手を組んだとでもいうのか?」
「ツチグモ?」
ヤスミチさんの言葉に俺は問い返す。ヤスミチさんは冷や汗を流しつつ答える。
まるで、悪夢でも見るような表情を怪物の群れへと向けつつ———
「蜘蛛王ツチグモ………大蜘蛛の王で巨大地震を操るという。最も人類と敵対している者だ」
「巨大地震………」
地震———自然災害の中でも最も恐ろしい災害の一つ。
「そうだ、奴の操る巨大地震は並の地震を遥か凌駕する。事実、奴一体によって旧日本は何度も壊滅の危機を迎えたものだ。それでいて奴は一度も本気を見せていないという」
「………?一度も本気を見せていないのか?」
その意外な事実に、俺は思わず疑問の声を上げる。対し、ヤスミチさんは黙って頷く。
だが、それも当然だろうとも思った。何故なら………
と、その瞬間!
街を蠢く怪物の群れがようやく俺達に気付いたのか、天地を揺るがすような巨大な雄叫びの大合唱を上げ一斉に戦闘態勢に入った。
怪物たちの殺意がびりびりと肌を刺す。まるで、怪物たちの殺意が物理的威力を持つよう。
実際、怪物たちは皆俺達に対し必殺の意思を持っているのだろう。ならば………
「………どうやら向こうもやる気まんまんなようだな。クロノ、お前はオロチとの戦いで武器を喪失していた筈だろう?なら」
「いや………」
ヤスミチさんの言葉を遮り、俺は前に出た。その姿にヤスミチさんが目を剥いた。
いや、彼だけではない。全員が驚いた顔で俺を見ている。
「ちょ、ちょっと‼クロノ君、貴方武器もなしにどうやって戦うの⁉」
「大丈夫だ。少し、試してみたい事がある………」
「試してみたい事って———」
ユキが尚も言おうとしたその瞬間———俺の全身が大炎上する。その熱量は、まるで太陽がすぐ近くにまで接近したと錯覚してしまいそうな程だ。
しかし、それでもこの炎が俺を焼く事はない。俺を害する事などない。何故なら、この炎は俺の意思がこの物質界に具現化したモノだからだ。だからこそ、多少無理が利く。
その光景に皆が驚くより先に、更に驚愕するべき事象が起きた。
「………っ、な‼?」
ツルギの驚愕の声があった。それもその筈だ、何故なら俺の全身を覆っていた炎が掌に収束して一振りの太刀へと形成し変化したからだ。それは、まさしく現象の物質化。
炎という形なき現象に明確な物質としての形を与える所業だ。
………本来、炎とは目に見えるカタチで其処にあるだけの単なる現象でしかない。明確な物質として其処にある訳でも無ければ純粋なエネルギーですらない。
物を燃焼するという現象。それが炎だ。
———その現象に、物質としてのカタチを与える。絶対にありえない筈の事象の具現。
真の奇跡とすら呼べる力の発現。それが、今俺の手に………
その手に炎の太刀を握り、俺は一息に駆けた。瞬間、たったの一瞬で街を埋め尽くす程に居た怪物の群れの約半分近くを削る。まるで、それは炎を纏う彗星のよう。
たったの一瞬。たったの一瞬だけで街を埋め尽くす程に大量に居た怪物の群れが半分近くも殲滅して削れたのである。それは、十分に驚嘆すべき光景だろう。そう、本来ならば………
しかし、俺からすればそれはまだ驚嘆するに値しない。まだまだ、これは序の口だろう。
何故なら、王からすればこの程度あくびが出る程に温い攻撃だろうから。
以前、聞いた話だ。怪物の王は単独で大陸を沈める程の力を持つと。
だからこそ、ヤスミチさんは先程言ったのだろう。蜘蛛王ツチグモは、まだ今まで全力を出した事が無いという事実を。なぜなら、王が全力を出せば小さな島国なんて簡単に沈んだ筈だから。
だからこそ、俺はこの程度でまだ足りないんだ。まだまだ全然足りないんだ。
もっとだ。もっともっと、まだまだこんなものではない。まだまだ上を、もっともっと。
もっともっと上へ。更に更に高みへ。此処よりもっと先へと進み続ける!
そうして、ついに街に居る怪物の群れを掃討し殲滅した。
しかし………
奴等も馬鹿じゃないのか。或いは、この程度では終わらせないという意思表示なのか。
更に怪物の増援が押し寄せて来た。一体、何処にそんな戦力が居たというのか?解らないがそれでもまだまだ終わりじゃないのは確か。なるほど、面白い。
奴等がその気なら、俺も戦い続けるのみだ。戦い続ける覚悟を決めるのみだ。
故に、俺は太刀を構え………
瞬間———増援に来た怪物の群れが一斉に共食いや同士討ちをはじめた。
一瞬で血の海へと変わる。共食いや同士討ちの地獄へと変わる。
一体何が起きたというのか?訳が分からず呆然とする俺達。しかし、そんな中突然に一つの声が脳内へと直接響き渡る。まるで、人の精神に直接語り掛けるようなそんな声。
『………江ノ島、江ノ島の岩屋で待っている。早く、来い』
端的な、それでいて張り詰めるような憎悪と怒りに満ちた声だった。
その声が終わった瞬間、街に押し寄せてきた怪物の増援たちはその息を絶えさせた。
・・・・・・・・・
そうして、俺達は江ノ島の岩屋へとたどり着いた。その奥に、一人の少年が座り込んで、
「よく来たな。俺の名は久遠リンネ、お前達を待っていた………」
まるで、地獄の底の主であるかのような姿だった。それほどまでの、張り詰めた意思。
ぎらついた瞳と憔悴した顔で俺達を迎えた。どうやらほぼ飲まず食わずで潜伏していたらしいと今更ながら俺達は気付いた。そして、それでも尚あれだけの事をやってのけたのだ。
俺の脳裏に、先程の光景がフラッシュバックする。即ち、怪物の共食いと同士討ち。あれだけの所業をこれほどまでに衰弱しながらやってのけた。
そう、あれだけの数の怪物を殲滅してのけた。それだけでも並大抵ではないだろう。
いや、いっそ常軌を逸していると言って良い。明らかに異常だ。恐るべき力だ。
「お前には言われたくないね。お前にだけは………」
「………お前、心を読んだのか?」
「ああ、下らない能力だろう?だが、そんな力でも役に立つ時があるのさ」
俺の言葉に、リンネと名乗った少年は小さく首肯した。
どうやら精神干渉系の能力者らしい。先程の怪物殲滅劇は精神に干渉しての事だったと。
それを知り、俺は何処か得心した。そして、そんな俺の前へヤスミチさんが進み出る。
「………お前が、俺達に救援信号を送ってきたのか?」
「ああ、そうだ」
ヤスミチさんの質問に、リンネはしれっと答えた。
その顔に一切の揺らぎはない。ヤスミチさんを相手に、一切動じていないのは確かだ。これだけ衰弱しているにも関わらず、それでもその瞳には強い光があった。
「お前は一体何の目的で俺達を呼んだ?少なくとも、旧日本が一致団結しなければならない時にお前は何を望んでいるんだ?」
「………そうだ、旧日本は既に一致団結しなければならない。でなければ、王は倒せない」
そう言って、リンネは虚空を強く睨むようにして言い放った。
「でなければアイツを、ハクを救えないんだ………」
その瞳には、確かな憎悪と怒りと覚悟が宿っていた。




