6、蹂躙された街で
あれから一晩明けて、現在午後2時を過ぎた頃———何故か、ユキの様子がおかしい。
「ユキ?何かあったのか?」
「………ううん?なんでもないよ」
と、先程からずっと上の空のまま俯いている。何か、悩みでもあるかのようだ。しかし、その悩みをユキは少しも話してはくれないのだ。聞こうとすると、空元気を振りまくのである。
さて、どうしたものか?
ユキの悩みは恐らく、彼女の正体にも関係する事だろう。他に、此処まで彼女が悩むような事は考えにくいだろうと思う。しかし、今の所俺がその正体を知っている事は秘密だ。
実際は俺以外にもツルギ、エリカ、アキトの三人が彼女の正体を知っている。しかし、それも秘密にしなければいけない事なのである。秘密にすべき事だろう。
もし、彼女が正体を知られたと知ったら。恐らく………
今の彼女の精神状態から考えると、容易にその先を想像する事が出来る。
ともかく、今は彼女をそっとしておいてやるべきなのかもしれない。
………そっとしておいてやるべきなのかもしれないが。俺は、
「なあ、ユキ」
「………うん、何?」
「もし、何か悩みがあるんだったらどうか気軽に相談してくれないか?俺も皆も、きっとユキの味方になれると思うからさ。だから………」
その先を言おうとして、気付いた。ユキがもう泣きそうになっている事に。既に、ユキはいろんなモノを抱え込んでいるのだろう。きっと、もう限界なのかもしれない。
そんな彼女を見て、俺は息が詰まる思いがした。
果たして、俺は彼女に何が出来るのだろうか?俺は、彼女に何がしてやれるのか?どうすれば彼女は救われるのだろうか?今は、何も分からなかった。何も分かる気がしなかった。
そんな時………
「こらーーーっ‼」
「⁉」
「⁉」
突然、背後から怒声が響き渡った。一体何だ?そう思い、後ろを振り返るとエリカとアキトの二人がいかにも自分は今、怒っていますよ?という雰囲気で俺を睨んでいた。
一体何だ?そう思っていると、エリカがユキを抱き寄せて俺をビシィッ!と指差した。
「クロノ君、私達のユキをいじめたらいけないんだよ‼」
「は、はぁ………そうなのか?俺、ユキをいじめていたのか?」
「え?私、皆のモノだったの?」
突然の事に、俺とユキは思わず呆然とした顔でそう言った。しかし………
俺とユキの反応などおかまいなし。二人はいかにも得意気な顔で、腕を組み俺を見下ろす。
いや、色々と着いていけない。そんな俺達を、ツルギは呆れた顔で眺めていた。ヤスミチさんなど呆然とした顔で俺達の様子を見ている。いや、本当にな?
本当に、何だこれは?
「とにかく、ユキさんを泣かしたら俺達が許さないからな?」
「とにかく、ユキを泣かしたら私達が許さないからね?」
そう、二人は同時に言い放ったのだった。もう、訳が分からなかった。
分からないけど………
「ぷっ、あははははははははははははははっ‼」
ユキが、いかにも可笑しそうに笑っていた。
まあ、ユキが楽しそうならそれで良いか。そう、俺は思った。
・・・・・・・・・
旧神奈川県———鵠沼。
かつて、江ノ島電鉄の走っていたその場所でツチグモとオロチは話していた。
「で、だ………何故アレを母に話した?」
「何故とは?」
とぼけるツチグモに、オロチは牙を剥き獰猛に吼える。
「とぼけるな!母がアレを知れば、自殺しかねん程に苦しむに決まっているだろうがっ!」
オロチのその言葉に、呆れたようにツチグモは溜息を吐いた。
実際、ツチグモは呆れた視線をオロチへと向けていた。所詮、お前はその程度だったかと。
彼の視線には呆れと侮蔑の念が籠もっていた。
「お前も所詮はその程度だったか。その程度の覚悟で、母を救うと言っていたのか?」
「何だと………?」
唸るオロチ。そんな彼に、ツチグモは言う。
「考えてもみろ、母は何も知らない。無知のまま、人間の味方をしてきた。しかし、例え母であろうと何時までも知らないままでは居られないだろうよ」
「………うむ」
「それに、本当にそれで母は救われるのか?何も知らない、何もかもが無知のままで本当に母は救われたと言えるのだろうか?答えは否だ‼」
そう、答えは否だ。
「そもそも、だ。何れ母が自分で真実に到達したとしても、その真実に圧殺され自殺してしまう未来しか俺には見えんよ!そんな絶望しかない未来、俺には到底納得出来ん!」
「……………………」
では、どうすれば白川ユキは真に救われたと言えるのだろうか?どうすれば、彼女は真実救われるというのだろうか?そんな事、オロチには分からなかった。
しかし、少なくともツチグモにはそれが視えているような気がしていた。
「俺は、そんな世界など認めない。救いのない世界など、俺は断じて認めはしない!」
実際、オロチには見えていない事をツチグモは見ているのだろう。そして、それをツチグモは実行しようとしているのだろう。それが、オロチには理解出来た。
少なくとも、母を救いたいと願うのはツチグモも同じだろうから。




