2、旧日本遠征
そして、昼頃。俺とユキは集落に戻った。
集落に戻った瞬間、俺とユキはヤスミチさんに声を掛けられた。どうも、俺達を捜していたらしいけど何か事件でもあったのだろうか?
「おう、戻ったか。丁度いいところに戻ってきた」
「えっと、何かありましたか?王の件ですか?」
「そうとも言える」
その微妙な言い回しに、俺もユキも首を傾げる。一体どういう意味なのか?それを聞こうとしてヤスミチさんが手で制した。どうやら、まだ続きがあるらしい。
ヤスミチさんは苦笑しながら話を続ける。
「まだ、続きがあるんだ。先程、旧神奈川の辺りから連絡が届いた。どうやら旧神奈川がツチグモとその配下達の襲撃を受けたらしい。壊滅的な被害を受けたと連絡があった」
「っ‼?」
「そ、それは………」
ツチグモ———確か怪物の王の一体だ。蜘蛛の姿をした怪物の王で、局地的大地震を操る。
旧日本にはオロチと双璧を成し、数ある王の中でもかなり好戦的な一体らしい。
怪物の王の中でも、首都圏一帯を海に沈めたのは彼の所業だとか。
それ故、彼の王はこの旧日本で畏怖を籠めて蜘蛛王ツチグモと呼ばれている。
「罠の可能性もあるだろう。しかし、オロチとの戦いで疲弊した我らもそろそろ旧日本を統一して戦力を整えないといけないだろうと考えている、んだが………ユキ、どうした?」
見ると、ユキは目に見えて不満そうにしていた。どうやら、何か不服な点があるらしい。
まあ、うん。何だ。
俺には一応心当たりがあるが、一応聞いてみる。というか、出来れば外れて欲しいけど。
「………えっと、ユキ?何か不満でも?」
「………別に?ただ、クロノ君の時は全く動こうとしなかったくせに、他の人の場合は素直に救援に行くんだとそう思っただけだよ」
「…………あ~。うん、なるほどな?」
ヤスミチさんは納得したように声を上げた。俺としては、どうか外れていて欲しい所だったけれどもどうやら当たりだったらしい。うん、中々に気恥ずかしい。
思わず、頬を掻いて苦笑を漏らす。しかし、放っておくのもまずいだろう。俺の時がどうであれそれが他を助けない理由には決してならない筈だから。
まあ、それにユキ一人だけでも俺の事を思ってくれているのは素直に嬉しくはある。
俺は、ユキを宥めながらヤスミチさんに助け舟を出す。
「ユキ、だからと言って助けにいかないのはまずいと思うぞ?」
「………クロノ君は良いの?自分の時は助けてもらえなかったのに」
「だから助けないのか?この文明が崩壊した世界だからこそ、むしろ人との繋がりは大事にするべきではないのだろうか?俺は、少なくとも助けにいくべきだと思う」
「………そうかもしれないけれど。むぅ、分かったよ」
渋々、ユキも納得したらしい。少しふてくされながらも頷いた。
しかし、ヤスミチさんは何故其処で胸を押さえてダメージを受けたような顔をしている?
何故、冷や汗をかいて顔を青く染めているのか?
「クロノ、お前………中々言うじゃねえか」
「何がです?当然でしょう、こんな世界だからこそ人はむしろ助け合うべきだ」
「うぐぅっ‼」
「ああ、なるほど?ヤスミチさん、クロノ君を見捨てようとしたもんね。それで、クロノ君の今の言葉にかなりのダメージを受けたんだ。へぇ………」
「ぐふぅっ‼」
そのまま、ヤスミチさんは地に崩れ沈黙した。どうやら、ユキの言葉が止めになったようでぶつぶつと何事かを呟いている。中々に怖いものがあるのは気のせいではない筈。
しかし、なるほどね?どうやら、ヤスミチさんも俺を見捨てようとした一件を少なからず気にして罪悪感を覚えてはいるらしい。まあ、そうでなくては俺としてもな?
少なからず、俺自身思う所もある。
まあ、ともかくだ。これ以上話を逸らしてもあれだし、話を戻す事にする。
「で、救援要請は旧神奈川の何処からですか?」
「………ああ、どうやら生き残りのその人物は江ノ島の岩屋に立てこもっているらしい」
「江ノ島の岩屋………江ノ島か」
少し、思い出に浸る。昔、両親と一緒に神奈川旅行で一緒に江ノ島に行ったかな。
中々、懐かしい………
「クロノ君?」
「ああ、済まない。少し思い出に浸っていた………」
「そう、クロノ君は以前に神奈川に行った事が?」
黙って頷く。しかし、この全てが崩壊した世界だ。もうかつてのような景観は望めない筈。
あの砂浜から見える富士山の光景は無事なのだろうか?江ノ島の高台から見たあの景観は果たしてどれほどまで残っているのだろうか?分からないけど、それでも気にはなる。
そんな俺に、ヤスミチさんが気まずそうに言った。
「………思い出に浸るのは別に良いが、救援要請が出てるからな?そっちが先だぞ?」
「分かってます。けど、少し思い出に浸るくらいはかまわないでしょう?」
「ヤスミチさん、流石にそれは野暮ですよ?もう少しクロノ君の気持ちも考えましょうよ」
「…………う、うむ」
少し言い過ぎたか?ヤスミチさんがかなりへこんだらしい。しゃがみこんでいじけている。
大の大人がそんな風にいじけていると中々にシュールな物がある。しかし、まあヤスミチさんの言い分も十分に理解は出来る。生き残りは出来る限り確保したいのが、今を生きる者の心境だ。
それに………俺自身もこの遠征には応じるだけの理由がある。
この遠征で何か、オロチに言われた覚悟という物が理解出来るかもしれない。そう思ったからこそ俺はこの遠征に対して少しばかり乗り気だった。
これで、俺が何かを摑めれば良いと思うのだが?
・・・・・・・・・
江ノ島、岩屋———
その奥底で少年が身体を震わせながら救援が来るのをただ一人待っていた。
「もうすぐだ。もうすぐ、もうすぐ救援が来る。救援が来れば、きっとアイツを救う事が出来る筈だからもう少しだけ待つんだ………あと、もう少しだけ」
身体を震わせながら、それでも力強い瞳で自分に言い聞かせるように呟く。それは一体誰に対して言い聞かせているのだろうか?分からないけれど、それでも一種異様な光景だった。
何故なら、彼の周囲には数多くの怪物の死骸が積み重なっていたからだ。
無数の、蜘蛛の死骸。それは、蜘蛛王ツチグモの配下のものだ。
それは、一種異様な光景だった。何故なら、蜘蛛の怪物達は全員が等しく同士討ちにより息絶え死亡していたからだ。全て、等しく怪物同士の喰らい合いにより息絶えていた。
それは、まるで狂気に侵されたような光景だった。そして、そんな中で一人少年だけが膝を抱えて丸くなり座り込んでいる。それは、異様に過ぎる光景だった。
そう、それは何らかの異能が関わっていなければおかしい光景だった。
「大丈夫だ、もうすぐ………もうすぐ救援が来る。もう少し待てば、きっと救援が来る」
実際、この光景は少年が作り出したものだ。少年に襲い掛かった怪物は、一匹残らず全て等しく同士討ちを始めたのである。まるで、全ての怪物が精神に異常をきたしたかのように。
いや、事実として異常をきたしたからこそ同士討ちを始めたのだろう。何故なら、少年にはそれだけの力があるのだから。そして、それだけの力があっても王には敵わない事を知っている。
知っているからこそ、少年はまるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「もう少し待っていてくれ。ハク」
瞳に強い光を宿し、少年久遠リンネは虚空を睨み付けた。




