1、過去の研究
地下研究室———其処へと続く階段の前に俺とユキは居た。
俺がコールドスリープをしていた、あの研究室だ。俺はその研究室へと戻ってきた。
「………此処で、クロノ君はずっと眠っていたの?」
「ああ、俺の父さんと母さんの研究室だ。両親は意思の持つエネルギーを研究していた」
地下へと続く階段。其処を下りながら、俺はユキに両親の事を話していた。そう、俺の両親は意思が持つ波長のエネルギーをずっと研究していた。研究のテーマこそがそのエネルギーだった。
両親はずっと信じていたらしい。その意思のエネルギーこそ、世界を救う鍵になると。一体両親が何から何を救うつもりだったのか?それは俺にも解らないけれど。
或いは、それが大災厄に関係しているのかも知れないけれど。
意思の波長。それが持つ未知のエネルギー。それは、一体どのようなモノなのか?
ともかく、何かを救うその手段として意思のエネルギーを研究テーマにしていた。
それを知れば、俺はきっと両親があの日何の為に命を賭けていたのかが解る。そう思い、俺とユキは地下研究室へと立ち入ったのである。そう、俺は信じる事にする。
相変わらず研究室内は劣化が激しい。劣化が激しいが、逆を言えばそれだけだ。
外は何処も風化のせいで崩壊している。なのに、此処は激しく劣化しているだけだ。
中には、損傷が激しいもののまだ生きている機械類もあるくらいだ。恐らく、自己修復機能などが備えられているのだろう。あと、自己清掃機能もか。
とにかく、この研究室には常に状態を万全に整える機能が備わっているらしい。それだけでも今の時代ではかなりのハイテクノロジーなのだろう。
或いは、此処にある機械を一部でも持ち帰れば文明の復旧に役立つのかも知れないけど。
少なくとも、今はそんな気はしなかった。
扉を開け、研究室内へと入る。其処には研究用の機器が所狭しと置いてあった。
各研究機材は劣化が激しいものの、それでもシステム自体はまだ生きているようだ。ある種の自浄機能自体はまだ動作している。此処だけ、外とは別世界のようですらある。
恐らく、監視カメラや警備システムも生きているだろう。油断は出来ない。何かの切っ掛けで警報装置が作動してしまうか分からないのだから。警戒して損は全くない。
「………まだ、こんな場所が残っていたんだ」
呆然と呟くユキ。俺は室内に何か残っていないか、まずは軽く見回してみる。
しかし、割ときれいに整頓された研究室は所々劣化している以外に特筆するものは無い。
或いは、研究資料とか日記みたいなものでもあれば良かったのだけれど。
「…………ん?」
「どうしたの?クロノ君」
俺は、研究室の中で何か違和感を覚えるものを一つだけ見つけた。それは、見たところ猫の置物に見えなくもない。綺麗に整頓され、研究機材意外はほぼ存在しない室内に、其処だけ何故か猫の置物が置かれていたのである。俺は僅かに違和感を覚える。
違和感を覚え、俺はその置物の前に立った。その瞬間、猫の置物の眼が輝いた。
『生体コードを確認します。各種パターンの検索、該当者———遠藤クロノを確認しました』
「うぉっ‼」
「っ、クロノ君⁉」
俺とユキが驚き、その猫の置物を凝視する。どうやら、声は猫の置物から流れたようだ。
どうやら、猫の置物はシステムと直結しているらしい。何か、機械音が鳴り響く。
そして、直後置物の隣の壁がスライドして隠し扉が開いた。どうやら隠し部屋らしい。その室内には奥に一つの金庫が置かれていた。単純な旧式の金庫だ。
ダイアルを回して解除する、あのタイプの金庫。
どうやら、最新式の隠し扉の奥にアナログ式の金庫を置いているらしい。かなり厳重だ。
「……………………こんな部屋があったのか」
「………クロノ君、パスワード分かる?」
さて、金庫はどうやって開けるのか?何か、ヒントのようなものは無いか周囲を見回す。
部屋の奥には、金庫の他に一枚の写真が飾られている。両親の若い頃の写真だ。
学生服を着た父さんと母さんが並んで写っている。父さんは、緊張に顔が強張っている。
写真を飾る額縁には、思い出の日付と書かれていた。もしや、あれがヒントか?
父さんと母さんは、学生時代の先輩と後輩だったらしい。確か、父さんが高校の二年生の時にいじわるな同級生に絡まれている母さんを助けて知り合ったらしい。
確か、その日はバレンタインデーだったとか。
「……………………まさか、な」
試しに、パスワードを入力してみる。かちりと、鍵が開く音が聞こえた。
………まさか、本当にバレンタインの日付だったとは。流石に思いもよらなかった。
金庫を開くと、中には一冊の日記帳が入っていた。割と分厚い、質の良い日記だ。単に保存状態が良いのかそれともそういう機能が働いていたのか、日記帳は割ときれいだった。
俺は、ぱらぱらと軽く日記の内容を読んでみる。
2XXX年○月○日(火)
アオイとの初デート………
ひゃっほうっ‼‼‼
「……………………」
うん、此処はどうやらごく個人的な内容だったらしい。もっと別のページを流し読む。
一転して、真面目な内容の文章が書かれているページに行き着いた。
2XXX年○月×日(水)
生命の持つ意思の波には、大別して正の波長と負の波長が存在する。希望や幸福などを代表とする正の波長がそうだろう。絶望や怒りなどを代表とする負の波長などがそうだろう。
それぞれ、正の波長や負の波長は特殊なエネルギーを持つ事が分かっている。そして、それ等の波長は世界の物理法則に干渉しうるという事も………
2XXX年△月□日(月)
正の波長と負の波長にはそれぞれ特徴が存在する事が判明した。正の波長は精神的に、或いは霊的な事象を司るという。つまり、非物質に干渉する力を持つ。
負の波長は肉体的に、或いは物質的な事象を司るという。つまり、物質界に干渉する力を。
しかし、負の波長に偏りすぎると肉体が異形化するという弊害が存在するようだ。
より厳密に言えば、魔物のような見た目になる。
2XXX年◇月○日(木)
正の波長と負の波長は互いに干渉しあう事が判明した。正の波長と負の波長が互いに干渉し重なり合う事で全く新しい波が生まれる。それを、俺は新たな波形と呼ぶ事とした。
2XXX年 月×日(日)
どうやら、この新たな波形は世界を創造しうるほどの力を持つらしい。いや、違う。世界そのものを構成しているあらゆる物質の波長がこの波形から生まれているのだろう。
………それは、一つの事実を意味する事になりかねない。
世界を構成している全てが、意思の波である。それは、つまり———
…… ……… …………
「…………あとは、読めないか」
残りのページは、意図的に削除されたのか破り捨てた跡があった。
しかし、少しだけ分かった気がした。今のが世界の崩壊に関係しているのかは不明だ。けどそれでも恐らくは何も分からないよりマシなのだろう。
それに、恐らく父さんと母さんは何かを知っていたのだろうから。それだけは理解した。
果たして、父さんと母さんは何を知っていたのか?それが、日記に書かれている気がした。
そっと、日記帳の表紙を撫でる。これは、俺の両親の遺品だ。俺が大切に保管するべきか。
「そろそろ帰ろうか、ユキ」
「うん、そうだね………」
そうして、俺とユキは集落へ戻る事にした。日記帳は、持って帰る事にする。
………それにしても。世界を構成する全てが意思の波で出来ている、ね。
世界を構成する全ての物質が、意思の波を根源としているという事実。
それはつまり、だ。
世界は何者かの意思により構成されている事になるのだろうか?そう、俺は思った。
ちなみに、クロノの母は学生時代同級生にナンパされていて其処を偶然通りがかったクロノの父が半ば八つ当たりで暴れ回ったというのが真相だったりします。
クロノの父は当時年齢イコール彼女居ない、どころか重度のボッチです。
だから八つ当たりで暴れたというのが真相ですね。ちなみにクロノ母は一目惚れです(笑)




