エピローグ
それは、果たして何時の話だったか。私がまだ幼かった頃の話だ。
まあ、幼いとはいえ人間年齢ではもう16にもなっていたけれど。
永遠に生きる事の出来る私にとっては、少なくともまだ幼いと言える年齢だ。
閑話休題———
まだ、私が正しくあの男の道具であった頃。私は心というものを理解出来ず、そして自身があの男の道具である事の意味をよく理解していなかった。
それ故、あの男にとっては道具としての意味があったのだろう。しかし、そんな私にもモノを思う頭は確かに存在したのだろう。だって、一度会っただけのあの少年の言葉が響くのだから。
あんなにも、心の奥に響いたのだから。ずっと、頭の奥底に引っ掛かり続けていたのだから。
だから、私は道具として不出来であったのだろうと思う。不出来で出来損ないな道具だ。
そんな不出来な私だったからこそ、ある日私はついに脱走する気になった。私を閉じ込める水槽の中から抜け出し外の世界へと脱走を果たした。それは、私にとって初めての事だった。
脱走はいともあっさりと成功した。あの男が家を留守にしているこの状況で、脱走するなど私からすればとても容易い事ではあった。むしろ、あっさりと脱走が成功しすぎたくらいだ。
しばらく外をさまよっていた時。私はふと気付いた。ただ適当に外を歩いていて、一体何になるというのだろうかと。ただ、外をあてもなく歩いてそれで何か分かるのか?と。
あと、ついでに此処は何処だろうか?気付けば、私は道に迷っていた。
困り果てた私。そんな私に、一組の男女が話しかけてきた。まあ、最初に話しかけてきたのはそのうち男の方であったけれど。とにかく私に話しかけてきた。
「其処の君、一体何を困った顔をしているんだ?」
えっと?私は、どう答えたものか分からず困惑していた。
しかし、それを察したらしい女性が苦笑しながら言った。
「別に私達はあやしい者じゃないわよ?あなたがあまりに不思議そうにきょろきょろと周囲を見回していたものだから、少し気になったの」
ああ、なるほど?どうやら私は知らず不審な行動をしていたらしい。少し反省する。
私はその男女に道に迷っている事を素直に打ち明けた。そして、此処は何処なのかを聞く。
「ああ、此処は××の×××通りだよ。これで大丈夫かい?俺達が家まで送ろうか?」
そう言った男性の好意を私は丁重に辞し、そして一つ問い掛けた。
この時、何故私はこんな質問をしたのか?分からなかったけれど。それでも私は思わず彼等に名を問い掛けてしまったのだ。本当、何故あの時私は名を問い掛けたのだろう?
「俺の名前かい?俺の名前は遠藤ビャクヤだ」
「私の名前は遠藤アオイ。これで満足かな?」
私は素直に頭を下げ、そのままその場を立ち去った。
結局、私は回答を得られなかったけれど。それでも私は素直に家に帰る事にした。
そして、家に帰ると其処には父であるあの男の姿があった。あの男は、私を叱りつけるでもなく殴りつけるでもなく、何も言わずに家に入れた。
何故、黙って家を出た私をあの男が叱りつけなかったのか?それは分からないけれど、恐らくは私のあの行動ですらあの男にとって取るに足りない事だったのだろう。
そう、私は思った。そして、その数日後私は人類文明を滅ぼした。




