10、英雄とは?
気付けば俺は元の集落へと戻っていた。どうやら、無意識下で帰ってきたらしい。
「クロノ君⁉良かった………無事に帰ってきたんだね………」
「……………………」
ユキが、何か俺に話しかけている。しかし、それに答える事が出来ない。俺は、何も答えることなくそのままプレハブの家へと入っていった。そのまま、ベッドに倒れ込み意識を沈める。
……… ……… ………
………一体、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか?分からないけど、それでも恐らくはかなりの時間が過ぎたのだろうと思う。既に、日は沈みかけていた。
未だ晴れない気分でベッドから起き上がり、部屋から出る。すると、其処には心底心配そうな顔でおずおずとこちらを見るユキの姿があった。彼女の手には、おにぎりを乗せたお皿が。
どうやら、俺を心配して差し入れに来てくれたようだ。
「………ユキ?」
「えっと、あの………クロノ君?夕食を用意したんだけど………」
上目遣いで、俺を見るユキ。
おずおずと機嫌をうかがうように俺を見る。その表情に、何故か俺はおかしくなって。
気付けば、噴き出し笑っていた。
「はははっ、どうした?いつものユキらしくない」
「っ、だ………だってクロノ君が落ち込んでいるみたいだから…………」
「ああ、ごめんごめん………悪かったな。ありがとう、心配かけた」
笑いながら、俺はユキの頭をぽんぽんと撫でる。ユキは何処か不服そうに頬を膨らませ、やがて彼女自身もおかしくなったのか噴き出した。
俺達は、互いに声を上げて笑った。そんな俺達を、物陰から皆が怪訝そうに見ていた。
・・・・・・・・・
部屋の中、俺はユキと二人で居た。
そして、俺が夕食を食べ終えた頃。ユキはおずおずと問い掛けてきた。
「クロノ君。えっと………あの、何を悩んでいたのか。私に教えてくれない、かな?」
「…………」
彼女の質問に、俺は言葉を詰まらせる。
少し、考える。果たして、彼女に話して良いものだろうか?
恐らく、そのままそっくり話す事など出来ないだろう。ユキは、自身がかつて犯した極罪に対し怯え深い後悔をしている。それ故、彼女の正体を俺が知ったとあっては深く傷つく筈だ。
しかし、何も話さなかったとしても彼女は深く傷つくだろう。少なくとも、俺に拒絶されたと思い絶望してしまう筈だ。今の彼女は、それくらいに危うい場所に居る。
だからこそ、俺はきっと言葉を選ばなければならないだろう。その言葉とは何か?
なら、どうすれば良い?俺は彼女に対し、どうするのが最善だ?
しばし考えて、やがて俺はそっと溜息を吐いた。
「………少し考えていたんだよ。俺の理想について」
「クロノ君の、理想について?」
ユキの問いに、俺は静かに頷いた。俺は、少しだけぼかして答える事にした。
きっと、全てを彼女に悟られず過ごすのは不可能だろうから。
「俺は、物語の中の英雄になりたかった。全てを問答無用で救える理想の英雄になりたい、そう考えて必死に奮闘していた。筈だった」
「今は違うの?」
ユキの問いに、俺は首を横に振った。
そう、筈だったんだ。果たして、今はどうなのか?俺は、本当に理想を追えるのか?
「分からない。俺には、もう分からないんだ。俺は英雄になりたくて本当は道化にでもなっていたのではないだろうか?理想を求めるばかりで、覚悟を決めていなかったのではないか?」
「……………………」
「俺は、もっと覚悟を決めるべきだった。何でもかんでも救おうとして、誰かを救うという事が対照的に誰かを救わないという事実を無視していたんだ」
全てを救うのは絶対に不可能だ。何故なら、誰かを救うという事は対照的に誰かを救わないという事実に繋がるからだ。誰かを救うとは、その為に誰かを排除するという事。
きっと、それは駄目なんだろう。皆、必死に生きている。必死に生き、必死にあがいた末にその中で誰かと敵対せざるを得なくなったんだ。誰かを守る為、誰かを排除せざるを得なくなった。
そんな中、一人だけが相手にも相手なりの正義や価値観があると叫ぶ。実に滑稽な話だ。
どうして、そんな簡単な事実に気付かなかったのだろうか?
本当は、物語の中の英雄になりたかった。全てを救える英雄になりたかった。
だって、そうではないか。理想を求めて何が悪い?英雄になりたくて何が悪い?
俺はただ、この世界を。この世界に生きる全てを救いたかっただけなんだ。
しかし、物語の中は所詮物語の中だ。現実ではない。現実とは、いつでもままならないものだとそれを理解していた筈なのに、俺はそれを無視して理想ばかりを語っていた。
滑稽だ。何て道化なんだと俺は自身を滑稽に思う。
しかし、そんな俺をユキは快く思わないようで。気付けば俺はユキに頬を叩かれていた。頬にひりつくような痛みを感じる。ユキは、涙目で俺を睨んでいた。
「…………っ」
「えっと………ユキ?」
「馬鹿にしないで。クロノ君は、そんな軽い気持ちで理想を追っていたの?」
………えっと?
どう答えれば良いのか、理解出来ずに閉口する。涙目のユキが、俺を真っ直ぐ睨む。
「私は、少なくとも私はそんな理想に少なからず希望を得ていたというのに。クロノ君ならこの世界を救う英雄になれると期待を抱いていたのに………」
「それ、は………」
「それに、タツヤさんは?彼はクロノ君に希望を見たからこそ全てを託したんじゃないの?それとも貴方の理想はその程度で挫けるようなものだとでも言うの?」
「…………」
「お願いだから、こんな所で諦めないでよぉ………。貴方は、クロノ君は………」
「………っ」
ついに、嗚咽が混じり出すユキを気付けば俺は抱き締めていた。強く、強く抱き締める。
彼女の言葉に、俺は心を揺り動かされていた。彼女の涙に、俺は胸が痛くなった。
彼女の言葉が、胸に刺さる。彼女の涙が、俺の心を揺り動かす。
「………ごめん。自分ばかり勝手な事を言った」
「…………」
「そうだな。希望を見せた以上、俺もその責任を取らないといけないよな」
未だ、覚悟というものが何なのかはさっぱり分からない。きっと、オロチが言ったように俺はかなり甘いのだろうと思う。けれど、それでも………
それでも、一度誰かに希望を見せた以上はその責任は果たさないといけないだろう。
何れは、オロチの言った覚悟の意味を理解しなければならない。そして、俺自身の回答を示さねばならないのだろうと思う。けれど………
後戻りは出来ない。一度救うと決めた以上、それは果たさないといけないのだろう。
英雄になりたいのではない。理想だけではない。俺は真の英雄にならなければならない。
理想の英雄として、この世界を。この世界に住まう人達を救わなければいけないから。
なりたいではない。なるのだ、英雄に。救いたいではない。救うのだ、全てを。
俺は、きっともう後戻りは出来ないのだろう。少なくとも、俺が死ぬその時まで。
・・・・・・・・・
旧日本———とある地域にて。
其処は、炎に包まれていた。全てを焼き払う、業火に包まれていた。
そんなこの世に顕現した地獄の中、一人の少年は確かに見ていた。赤く輝く無数の瞳。牙を打ち鳴らしながら笑う怪物の王の姿を。蜘蛛王、ツチグモを。
彼の背後には、彼の配下たる夥しいまでの蜘蛛の怪物が。
大地は断続的に揺れ動き、周囲にある建造物を軒並み倒壊させてゆく。しかし、それすら彼からすればほんの遊び程度の開放でしかないだろう。
最大震度は7に到達するか。マグニチュードは、大体9くらいだろう。
しかし、彼が本気で力を開放すれば巨大な大陸ですら崩壊するだろう。
文字通り、規模が違う。文字通り、威力が違う。
全ての怪物は、最弱でもシェルターを単独で破壊出来るだけの力を持つ。そして、それ等を統べる王達はそれぞれが単独で大陸を沈めるだけの力を有しているのだ。
星のアバターに至っては、星に壊滅的な被害を及ぼしたのだから。その程度は当然だ。
しかし、実際に目の当たりにすれば何と出鱈目な力だろうか?数百名は居た筈の住民が、ただの一撃でほぼ壊滅してしまうとは。流石に冗談のような光景だろう。いや、悪夢か。
しかし、断じて冗談や悪夢などではない。これが現実だ。
この場に居た住民は、ほぼ残らず壊滅した。生き残りは、少年ともう一人だけ。
もう一人の生き残り、幼馴染の少女は意識を失った状態で蜘蛛王の背に。
絶望は、再び幕を開けた。地獄の門は開かれた………
真の英雄へと突き進む。もう、後戻りは出来ない………




