7、葛藤と憎悪の果て
我らにとって彼女は希望だった。全ての怪物の母、星のアバター。
彼女こそ、我らを統べるべき女王。文字通りこの星の化身とも呼ぶべき存在だ。しかし、彼女は人類の味方として我らの敵に回った。我らより、人類を選んだのだ。
何故だ⁉我らは当然憤った。それと同時に、絶望した。解らない。理解出来ない。何故母は人類を選んだのか未だに理解出来ない。恐らく、母には母の絶望や葛藤があったのだろう。
しかし、それでも我らは思う。それでも私は思う。これ以上、人類どもの味方をして母が苦しむ姿など見たくはないと。そんな姿、私は見たくない。見てはいられないのだ。
何故、其処までして母は苦しみしかない道を選ぶのか?心底理解出来ない。
人類は所詮、母を許しはしないというのに。母を深く憎悪するのみだというのに。
そう、所詮人類は母を許しはしない。母の味方でいられるのは、我らしかいないのだ。
そして、同時に我らには母しかいないとも理解している。我らにとって、母の存在は希望そのものなのだと真に理解しているのだ。故に、我らは母を連れ戻さねばならない。
そして、我らは母をいたずらに苦しめる人類を許しはしない。断じて許しなどしない。
必ず———そう、必ず我らは母を連れ戻す。そして母を苦しめ続けた人類を滅ぼし尽くす。それこそが我ら怪物の王と呼ばれた者の総意なのだ。
しかし、母はそれを許しはしないだろう。どうあっても認めないだろう。何故なら我らのしている事は所詮我らの独断でしかないからだ。しかし、それでも………
我らは断じて許しはしない。断じて、人類を認めはしない。
あの時、我らの希望を奪い去った奴等を。滅ぼし尽くすまで我らは止まらない。
それが、あの日我らが———私が魂の深淵に誓った覚悟の全てなのだから。
我らが、私が裁くのだ。人類を、愚昧な種を。
・・・・・・・・・
「………夢、か」
どうやら、私は夢を見ていたらしい。ずいぶんと昂っていたようだ。まさか夢の中でもあんなモノを見る羽目になるとは、な。思いもよらなかった。
まあ良い。どの道奴等はこのまま皆殺しにするのだから。例え、夢の中でも戦意を失わないのはむしろ行幸とすら言えるだろう。そう思い、身体を起こす。
そう、奴等は等しく皆殺す。きっと、母もそれで目を覚ましてくれる筈。
それに、他でもない母を苦しめるだけの人類など不要だ。だから、全て等しく殺すのだ。
………母はきっと悲しむだろう。しかし、それもすぐに消えてなくなる。きっと、母もすぐに目を覚まし我らの許へと帰ってくれる筈だ。故に、我らはその時母を迎え入れるのだ。
真の意味で、我らは母を迎えいれるのだ。我らの主として、母として。
だから———
「………よう、やはり此処に居たか」
「っ‼?」
突然、洞窟内に声が響く。その声に私は聞き覚えがあった。そう、他でもない母が庇ったあの人間の少年が其処に居た。あの忌々しい少年が、其処に立っていた。
何故、此処に?今更何をしに来たのだ?疑問が思考を埋め尽くす。
しかし、少年は私の方を見て笑みを浮かべるのみ。いっそ穏やかと言って良いだろう笑み。そんな表情を浮かべながら、少年は私を見ている。
その笑みを見た瞬間、私の思考を純粋な怒りが満たしてゆく。また、私を滅ぼしに来たか?
それとも、自暴自棄になり自棄を起こしたか?
今はどうでも良い。来たならば殺すのみだ。
「貴様、一体此処に何をしに来た?わざわざ殺されに来たのか?」
私は戦意をあらわに少年を睨み付けた。
だが、少年は静かに首を左右に振る。どうやら、無策で此処に来た訳ではないようだ。
なら、
「私を討ちに此処まで来たのか?怪物の王たる、この私を………」
「違う、俺はお前と話しをしに来たんだ」
「………何だって?」
意味が理解出来ない。何を言っているのか、呑み込む事が出来ない。こいつは一体何を言っているんだと私の思考が混乱をきたす。思考が付いていけない。
思えば、周囲に人間の気配は無い。恐らく、少年は一人でこの場所まで来たのだろう。単独でこのオロチの前まで、たった一人で。何故?
解らない。解らないが、少年の表情に気負いなど一切無い。
相変わらず穏やかな………しかしどこか覚悟を決めたような表情で少年は告げる。
「俺はお前と話しがしたい。別に、俺はお前自身に憎しみがある訳じゃないんだ。ユキを傷付けられた事には怒りを覚えているけど。それ以外は特に憎しみを抱いていない」
「…………」
理解不能。意味不明。思考が混乱する。
こいつは一体何を言っているんだ?何が言いたいんだ?理解出来ない。意味が解らない。
人類と我らは不倶戴天の敵だ。そもそも、前提として我らと人類は相容れない。
その、筈なのに。その少年は我らに一切憎しみを抱いていないという。それが、解らない。
そんな私の困惑を理解したのか、少年は苦笑気味に言った。自身の目的を、話し始めた。
「………お前達とユキは一体どういう関係なんだ?ユキは何者なんだ?何故、お前達は其処までして人類を滅ぼそうとするんだ?全て答えて欲しい。教えて欲しいんだ」
「……………………貴様、本当に何が目的だ?」
「俺はただ知りたいだけだ。どうして世界は滅びなければいけなかったのか。そして、ユキがどうして苦しんでいるのか。その二つに、何の因果があるのかを」
私の問いに、少年はそう答える。その問いに、私は思わず目を見開いた。驚愕した。
その問いが意味する事は一つのみだ。
こいつ、勘付いているのか?
私は、愕然とした表情で思わず問い掛けた。問いを投げ掛けてしまった。
「………貴様、何処まで知っている?何処まで勘付いているのだ?」
「ユキは自分の事を重罪人のように言っていた。償いきれない罪があると、そう言っていた。それにお前はユキの事を母と呼んでいただろう?この二つに因果関係があるなら、考えられる事は自ずと絞られてくるだろう。少し考えれば理解出来る事だ」
「……………………」
舌打ちをしたくなった。他でもない、己自身の失態にだ。
しかし、同時にこうも思う。其処まで勘付いていながら、それでも真実を知ろうとするこの少年ならばもしかすれば母を救えるのではあるまいか?母の事を受け入れてくれるのでは?と。
思わず、そう期待してしまいそうになった。期待しそうになって、それを振り払う。
そんな事はない。それこそ、幻想でしかないだろう。何より、母は人類の味方についたからこそ苦しんでいるのではあるまいか?他でもない、あの糞のような人物のせいで苦しんでいるのに。
私の脳裏に、一人の男の姿が過る。全ての元凶。母に全ての罪悪を押し付けた真の罪人。
あの、悪魔のような愚か者のせいで。
……… ……… ………
………思わず加熱しそうになった頭を冷やす為、僅かに溜息を吐く。心を、落ち着ける。
気分を鎮め、私は少年を真っ直ぐ見た。少年も、真っ直ぐ私を見ている。
理解する。どうやら、少年は本気で私と対話する気らしい。怪物の王と呼ばれた、私と。
本気で話し合うつもりで此処に一人で来たようだ。それに、初めて私は敬意を示した。
「良いだろう、お前には全てを話してやる。しかし、心せよ。母の、我らの過去は断じて貴様らが呑み込める程に安くはないぞ?」
「分かっているさ。全て、覚悟の上だ」
そう言って、少年は表情を引き締めた。真っ直ぐに私を見てくる。
———ああ、なるほど。
私は思わず納得した。だからこそ、母はこの少年を庇ってまで助けたのかと。
納得して、私は話し始めた。全ての真実を。悪夢のような、狂気の物語を。
黒く塗り潰された。醜悪極まりない歴史の真実を。




