1、目覚めの時
何故、こんな事になったのだろう?一体何を間違えたのだろうか?
そんな事を繰り返し考えていた。しかし、答えは見つからない。けど、それでも考える。何故こんな事になってしまったのか?どうして、何を間違えたのかと……
どうして?何故?解らない。理解出来ない……
繰り返し、繰り返し、思考だけが暗闇の中流れ続ける。そんな中、俺の思考の中に、割り込んでくる存在が一人居た。その声はまるで何の気負いもないような声音で語り掛けてくる。
『何を迷っている暇がある?』
「……っ⁉」
驚き、思考が一瞬だけ乱れた。しかし、そんな事にもお構いなしに声は語り掛ける。
『迷っている暇などお前には一切無いだろう?お前はまだ生きている。なら、迷う暇があるなら立ち上がるべきではないのか?』
「……けど、父さんと母さんはもう」
それ以上の泣き言は許してはくれなかった。声は叱咤するように言う。
『両親はこう言った筈だ。希望を託すと。なら、お前には迷っている暇などない。これ以上ぐだぐだ抜かしていないでさっさと起きろ』
力強く引き上げるような言葉。その言葉に、俺の意識は急速に覚醒してゆく。
・・・・・・・・・
「……………………」
目を覚ますと、其処は朽ち果てた研究施設だった。軋みを上げて開いてゆく装置の蓋。急速に蘇る以前の記憶に俺は顔をしかめる。
———そうだ、人類の文明は。
思い出し、俺はコールドスリープの装置から勢いよく起き上がる。若干薄暗いが、まだ研究施設の設備は生きているらしい。唐突に施設のモニターが起動し映像が映し出された。
その映像に、俺は目が釘付けになる。其処には父と母が映っていたからだ。モニターに映る両親の表情は苦渋に満ちており、辛い何かに耐えるよう。
しかし、父と母は俺に語り掛けるように話した。
『クロノ、お前が目を覚ます頃には俺達は生きていないだろう。もう、既に文明が滅び去った後だとそう理解している………きっと俺達は敗北したのだろう』
そう切り出した父の顔は、やはり苦渋に満ちていた。歯を食い縛り何かに耐えるように。
敗北した。そう父と母は告げた。つまり、両親は何かと戦っていたのだろう。だが……
それでも何かに耐えるように、続きを話す。
『俺達は遥か未来の世界で生きる事になるお前に何もしてやれない。しかし、それでもお前が何か思う事があるなら、お前はお前の好きに生きてみろ……』
『最後に私から一言。愛してるわ、クロノ。本当はもっと貴方と一緒に居てやりたかった』
最後に母から一言。其処で、映像は途切れた。一気に薄暗くなる研究室。それを見ていた俺は静かに拳を握り締め、研究室を出ようとした。その途中、視界の端に映った。
それは一振りの日本刀だった。覚えている。これは、幼い頃亡くなった曽祖父が大事に保管していたコレクションだ。どうやら、まだ置いていたらしい。
そっと手に取ってみる。すると、その傍に一通のメモが残されていた。
『本当はこんなものをお前に残したくはなかった。けど、それでも今のお前には必要な物だろうと思うから此処に置いておく事にする。これで自分を守れ』
俺は黙ってメモを胸ポケットに仕舞う。そして、そのまま研究室を出た。
・・・・・・・・・
「……………………っ、これは」
研究施設を出て、俺は思わず絶句した。其処はもはや文明の残骸が残っているだけだ。
それは、一言でいえば古びた遺跡と荒れ果てた荒野だった。
外はまるで古びた遺跡のように朽ち果てていた。研究施設はまだ綺麗な方だった。施設の外はもはや何も残ってはいない。朽ち果てた遺跡があるだけだ。
そう、其処はただの遺跡だった。もはやただの遺跡と呼ぶしかない状態だった。そう、既に人類文明は滅びて久しかった。世界は滅び去っていたのである。
何ていう事だ。これでは自分一人だけ生き残ったようなものではないか。
そう思ったが、何とか心を立て直す。まだ希望はある筈だ。まだ絶望してはいけない。
父と母は言っていたではないか。好きに生きろと。この世界で好きに生きてみろと。
なら、まだ俺が諦めるわけにはいかない。それは単なる悪あがきかもしれない。単に絶望から逃げているだけかもしれない。けど、それでも俺はまだ諦めたくなかった。
きっと、まだ諦めるには早い。まだ絶望するには早いと。そう心を奮い立たせる。
「まず、生き残りを探すべきか……」
そう言い、俺は何か手がかりがないか探す事にした。と、その時……
何かが爆発する音が聞こえた。それは、風上の方から聞こえてきたように思える。
早速、見つけた手がかりに俺は勢い駆け出す。急いで、急いで駆け続ける。やがてその爆発音の発生源に辿り着いた。其処には思わぬ光景があった。
「……くっ」
「げぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ‼」
それは、蜥蜴のような姿をしたモンスターだった。その蜥蜴型モンスターに一人の少女が追われていたのである。その姿に思わず絶句する。
何だこれは。俺は悪夢でも見ているのか?そう、思わず現実を疑った。しかし、それでも少女が怪物に追われているのには変わりない。そう思い直し俺は怪物蜥蜴に突進した。
理由は当然、少女を助ける為だ。
「げぎゃ?」
「おら、こっちだ怪物蜥蜴!」
日本刀を抜き放ち、俺は蜥蜴を挑発する。蜥蜴は舌を僅かに出して俺を威嚇する。
しかし、知った事ではない。俺は日本刀を手に笑みを浮かべた。頬には冷や汗が伝う。
「いけない!逃げて‼」
少女は俺に逃げるよう言った。しかし、逃げる訳にはいかない。俺は刀を正眼に構え、そのまま怪物に勢いよく切り掛かる。刀の刃は蜥蜴の皮膚に食い込み……
食い込んだまま皮膚一枚切り裂かないまま止まった。その現実に俺は驚いた。
「げぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ‼」
「ぐっ‼」
蜥蜴の猛烈な突進が、俺の胸に直撃した。軽い嘔吐感がこみ上げてくる。
しかし、それをなんとかすんでの所で堪え、刀を構え直す。凄まじいダメージだった。まるでダンプの突進を受けたような威力だ。そして、同時に気付く。
何故、自分はそんな威力の突進を受けて無事なのか?そんな威力で突進を受けたら文字通りに身体は微塵に砕け散ってもおかしくない筈だ。しかし、それでも俺は無事だった。
不審に思いながら、俺は視線を蜥蜴から逸らさない。真っ直ぐに睨み付ける。
「駄目、今すぐ貴方だけでも逃げてっ‼」
そう叫ぶ少女。しかし、俺は逃げない。逃げる事だけはしたくなかった。
それだけは俺はしたくなかった。故に、ただ蜥蜴を睨み付ける。
そして、そのまま蜥蜴に再度突進をしかけようとした。その刹那……
再びあの声が……
『意識を集中しろ!腰を低く落とし、一息に断て!余計な事は考えず切る事だけに集中しろ』
その言葉が脳裏に響いた。思考を乱す暇などない。ただ、敵にのみ集中する。
一閃!腰を低く落とし、そのまま一息に距離を詰めて蜥蜴を切る。今度は皮膚にさえぎられる事もなく刃は蜥蜴の首を落とした。重力に引かれ、ぼとりと首が落ちる。
首に続き、今度は身体が崩れ落ちる。刀を振るい、刃に付いた血を落とす。
呆然と立ち尽くす少女。何か、ありえないものを見たような顔をしている。
しかし、やがて何かに気付いたのか慌てて俺に駆け寄ってきた。そして、俺の身体中を無遠慮にまさぐり見回してくる。少し、くすぐったい。
「大丈夫?さっき、怪物の突進を受けていたけど何処も怪我していない?」
「あ、ああ……大丈夫だ。何も問題はないよ」
「そう、良かった……」
心底ほっとしたように胸を撫で下ろす少女。しかし、少女は俺のすぐ傍に近付いていた事に気付いたのか瞬時に顔を真っ赤に染めた。当然だろう、俺と少女はすぐ目と鼻の近くに居たからだ。
息がかかりそうな程に俺と少女は近かった。俺も急に気恥ずかしくなってくる。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、こちらこそ……ごめん」
これが、俺と少女の滅んだ世界での出会いだった。
この出会いが後に世界を大きく揺るがす事となるのは、また別の話だ。