3、かつての残影
それはずっと以前の記憶。俺がまだ、僕だった頃の話だ………
当時は文明が高度に発達し量子コンピュータを上回る霊子コンピュータが開発されていた。
常温核融合炉が開発され、宇宙開発計画も徐々に進んでいっている。
しかし、そんな中俺は違う事に夢中だった。幼少の頃の俺は全く違う事に目を向けていた。
当時の俺は、絵本に出てくる英雄の物語に目を輝かせているような子供だった。親にせがんでは英雄物語に耳を傾けていたと思う。物語の中の英雄に憧れる子供………それが俺だった。
特に憧れたのは、ある絵本に出てくる英雄だった。その絵本の中の英雄は、典型的な英雄像として俺の精神に刻み込まれていたくらいだ。その絵本の中の英雄に、俺は憧れていた。
あらゆる理不尽をその力で打ち砕き。救われない者を問答無用で救い。そしてあらゆる罪過の全てをその身に受けても快活に笑ってみせる。その姿は、俺の心に英雄像として刻み込まれた。
深く、刻み込まれた………
深く深く、それこそ心の深奥へと。深く刻み込まれた。
それは、まさしく俺の中の理想像であったと思う。俺の中の理想の英雄像だ。
これは、そんな俺の幼少の頃の話。ある少女との出会いの話だ………
・・・・・・・・・
それはある日の事。俺は父さんと母さんと一緒にとある学会に来ていた。その学会で、父さんと母さんは論文の発表をするらしい。俺は、それに同行して付いていった形だ。
というより、俺が少しわがままを言ったからだろうか?それでも、父さんと母さんは少し苦笑しただけで嫌な顔をせずに俺を連れていってくれた。穏やかで優しい性格の人物なのだ。両親は。
決して嫌な顔をせず、俺を連れていってくれた。深い愛情を、俺に注いでくれた。
「じゃあ、此処で大人しく待っていてくれる?」
「うん!」
母さんの言葉に俺は笑顔で頷いた。そして、両親はそのまま室内へと入ってゆく。
そして、俺はそのまま近くのソファに座り大人しく待っている事にした。
その前に、自動販売機でジュースを買う事を忘れない。
ソファには既に一人の少女が座っている。俺とはそんなに歳が離れていないだろう。恐らくはその少女も俺と同じく親に付いてきたのだろう。そう思える。
とてもかわいい少女だった。おちついた雰囲気の、かわいい少女。
しかし、少しだけ違うのはその少女がとても無感情な表情をしていた事だ。
無感情で、無表情だった。能面というより、機械のような表情だった。
その表情が、当時の俺にはつまらない顔をしているように思えた。だからだろうか?俺は思わずその少女に声を掛けていた。
「ずいぶんとつまらなそうな顔をしているな?何か嫌な事でもあったのか?」
「…………?」
少女は、初め自分に声を掛けられたと思わなかったらしい。左右を見回して、次に俺の方を向いてこてんと首を傾げた。その様子に、思わず俺は苦笑を返した。
そして、同じ質問をする。先程と、全く同様の質問を。
「ずいぶんとつまらなそうな顔をしているな?何か嫌な事でもあったのか?」
「………嫌な事?」
小首を傾げながら、少女はそう俺に問い掛けた。質問の意味が理解出来ない。そんな様子。
その反応が俺の予想外だった為、俺も思わず小首を傾げた。互いに、首を傾げ合う。
「いや、首を傾げられてもな?つまらなそうな顔をしていたからさ。どうしたのかなと」
そんな俺の言葉に、更に少女は首を傾げる。
そもそも、そんな質問をされる事自体が予想外だったらしい。そんな様子だった。
「………私、そんなにつまらなそうな顔をしていましたか?」
「いや、聞き返されても。違うのか?」
「解りません。私、そんな事など教えられなかったので」
「教えられなかった?」
今度は、俺がきょとんとする番だった。その言葉の意味を理解出来なかったからだ。
しかし、俺はしばらく考えた後これだけは言う事にした。にっこり笑って言った。
「………まあ、よく解らない話は他所に置いておいてだ。もし、何か嫌な事でもあったら僕に相談してほしいんだよ。僕、相談に乗るからさ?」
「………?何故、貴方がそこまでの事を私にしてくれるのですか?」
「どうしてって………」
其処で俺は考えた。どうして、俺が其処まで少女に対してしたがるのかと。でも、理由など一つしか思いあたらなかった。答えなど、たった一つだったから。
俺は、にっこりと満面の笑みで答えた。清々しい程に、単純明快な理由を。
世界の真理を答えるように、胸を張って。堂々と。
「その方がカッコいいだろう?」
「かっこ、いい………?」
呆然とする少女に、俺は満面の笑みで答える。
「ああ、知っているか?真の英雄っていうのはどんな理不尽でも自分の力で打ち砕くんだぜ?」
「英雄、ですか?」
「おうっ、それでいてどんな罪とか罰でも笑って受け入れて皆を幸せにしてくれるんだ。そいつは最高に最高にかっこいいだろう?」
「……………………」
俺の言葉に、しばらく理解出来ないように黙り込んでいた少女だった。しかし、それでも理解しようとしてはいたのかうんうんと考えている様子だ。
その様子がおかしくて、俺は思わず笑ってしまったが。まあ良い。
しかし、しばらくして少女の思考タイムは終了した。ドアが乱暴に開かれて。
「くそっ、まるで話にならん‼おい、帰るぞ‼」
「はい、お父様………」
そう言って、少女はそのままずかずかと乱暴に歩く青年に付いて歩いていった。
俺は、しばらくきょとんとその後ろ姿を見ているだけだったけど。それでもその少女の事を忘れることは出来そうになかった。何故かは解らないけれど。
しばらくして、俺の両親も室内から出てきた。その表情には、苦笑が浮かんでいる。どうやら室内で何かがあったらしい。もしかしたら、あの青年と関係があったのかもしれないけれど。
けど、俺の顔を見てそれも晴れやかな笑みに変わった。
「お待たせ、じゃあ帰ろうか」
「うん………何かあったの?」
「貴方が気にする事じゃないわ。大丈夫よ、何も心配しなくて」
そう言って、母さんは俺の頭を撫でてくれる。その表情は、とても優しい。
だからだろうか?俺もそれ以上気にする事はなかった。記憶にも、大して残らなかった。
所詮、俺にとってはその程度の記憶だったのだろう。所詮、その程度でしか………
「今日の夕ごはんは何が良い?」
「ん~っ………じゃあハンバーグ‼」
満面の笑みで答えた俺に、両親は朗らかな笑みで返した。
そうして、俺と父さんと母さんはそのまま帰っていった。
・・・・・・・・・
この時、俺は気付かなかった。気付く事が出来なかった。
この時の出会いが、まだ幼かった少年と少女を繋げる縁になるなんて。
俺は、まるで気付きもしなかった。
・・・・・・・・・
「…………」
「ん?どうした」
少女は考える。あの時、少年が言っていた言葉の意味を。解らないけれど、それでも少女は理解をしようとする。何故なら、少女にとってそれが当然の事だからだ。
解らないなら、自分で考える。解らないからといって、安易に人に聞こうとはしない。それが少女には当然の事だった。当然で、常識だった。常識で、日常だった。
しかし、解らない。解らないけど、考える。考える………
…………
「おい!」
「っ⁉はい、なんでしょう?」
「………何があったかは知らんが、お前は所詮世界を滅ぼすだけの存在だ」
「はい」
少女は即答する。それに気を良くした青年は言った。
青年にとっての常識を。青年が求める、青年が少女に求める事を。
「お前は世界を滅ぼす存在だ。だからこそ、それ以外など考えるな。良いな?」
「はい」
青年は言った。文字通り、悪魔のような笑みで………
「アバター」




