番外、銀河大戦
宇宙新暦2995年———白川ユキは自身の拠点であり移動研究室でもある宇宙船シラカワヨフネの中で仲間達と共に研究に明け暮れていた。
しかし、そんな日々は突然の緊急通信により妨害される。いつも通り、黙々と根源への道を探る研究を進めていたユキ達だった。そんな中、若干慌てた様子で室内にマキナが入ってくる。
何時も思うが、やはりマキナはロボットとは思えない。人間よりもよほど人間臭い。
「マ、マママ………マスターっ‼キングス大統領から緊急通信が入りました‼」
キングス大統領。天の川銀河全域を統べる大国アークの大統領だ。
その名に、マキナの主である神薙ツルギは怪訝な表情をした。
「緊急通信だって?それも、大統領?随分と物々しいな。内容は?」
「はい、今繋ぎます‼」
そして、虚空に巨大なモニターが投影されキングス=バードの顔が映し出される。映し出された彼の表情はかなり緊迫した状況らしく、端的に言ってかなり焦っている。
その様子に、よほどの状況であるとユキ達は気を引き締め直した。
「大統領直々に何か用ですか?よほどの状況であると察せられるのですが………」
「状況が状況だ、端的に要件だけを伝える。中立国家シモン及び宗教国家エリアルが消滅。その後軍事国家ライが宣戦布告をした」
「なっ‼?」
「一体それはどういう事だ‼どうしてそのような状況になったっ‼」
大統領の明かした事件の概要に、ユキとヤスミチが愕然とした声を上げる。
その二人に対し、ツルギは状況を整理出来たのか。或いは何か思い当たる事でもあるのか大統領にとある質問を投げ掛ける。
「もしかして、最近開発されたという概念兵器と関係がありますか?」
「流石に耳が早い。その通りだ、概念兵器を手にしたエリアルが先ずシモンを攻撃、シモンの存在する銀河系丸ごと消滅させたらしい。そして、それをライが粛清という名目で攻撃したと」
「……………………」
その内容に、ユキ達は思わず黙り込む。それもそうだ、つまり、切っ掛けが何なのかは知らないが先ず誰かが誰かを攻撃し、それが切っ掛けで他者の軍事介入を許した。
切っ掛けが何だったにせよ、これでは泥沼の戦争に発展しかねない。いや、或いは既に。
ユキが、恐る恐るという様子で問い掛ける。
「何か、作為的なものを感じるんだけど………切っ掛けは何だったの?」
「それは…………」
大統領が言葉を濁した。次の瞬間、通信に割り込みが掛けられる。
通信の相手は連合国家代表のクラウンだった。その表情は、いつになく真剣だ。
「其処から先は、私が話そう………」
「クラウン代表、貴方まで………どういう状況ですか?」
連合国家代表。それがクラウンの肩書きだ。それは文字通り、複数の国家が集合した超国家連合を差している文字通りの大国の総代表だ。
そんな彼まで腰を上げた。つまり、これはそれほどの大事という事になるだろう。
ユキの問いに、クラウンは静かに頷いて答えた。
「先ず、概念兵器が開発され世界各国がそれを手にした事は知っているな?無論、我らの国もそれを手にしてはいるが。我らはそれを全て廃棄している」
「ええ、余りにも得体の知れない兵器でしたので。全て廃棄したんですよね?」
「そうだ。しかし、どうやらそれを廃棄しなかった一部の国家がその三国らしい。いや、或いは叩けば他にも廃棄していない国がまだあるかもしれんが」
「……………………」
クラウンの言葉に、ユキは痛い頭を押さえた。まさか、このような事態に発展しようとは流石の彼女も考えもしなかった。
概念兵器は確かに強力だ。いや、あまりにも強力すぎる。だからこそ、流石に使いどころが無さすぎるという理由で実際に使われる事はないと高をくくっていた。
しかし、実際に使われたのだ。それも、銀河規模の被害が既に出ている。
頭痛に頭を押さえるユキに、クラウンは更に詳細な情報を告げた。
「これは我が連合の諜報部が入手した情報だ。どうやら、裏で動いている人物が居ると」
「裏で動いている?」
ユキが問い返すと、クラウンは静かに頷き話を続けた。
「ああ、先ずエリアルは概念兵器を使用する直前に中立国家で兵器を秘密裏に使用しようとしているとの誤報を受けていた事が判明している。そして、その誤報と共に国家元首をそそのかした者もどうやら存在するらしいな」
裏で動く黒幕の存在が居る。その言葉に、ユキは目を鋭く細める。
つまり、意図的に戦争を起こそうとしている者が居ると。そういう事らしい。
なら、或いは全宇宙に概念兵器をバラまいたのも意図的なのかもしれない。
考えすぎかもしれないが、或いは………
「代表、それは本当の事ですか?確実な情報なのですか?」
「ああ、まず間違いない。諜報部が手傷を負いながらも何とか手にした情報だ」
「そう、ですか………ではクラウン代表とキングス大統領の二方には頼みたい事が」
そうして、ユキは二人に対して一つ二つほど頼み込んだ後その場を離れた。
・・・・・・・・・
場所は変わって、軍事国家ライ。首都、ステラジア———総合闘技場にユキは居た。
ユキの目前には、一人の男が。
「それで、何故貴方はこんなご時世に宇宙戦争なんて起こそうとしたんですか?ロイ将軍」
ユキの目前には体格の良い、短い黒髪をオールバックにした大男が居た。その男こそ、この事件の裏で糸を引いていた黒幕。軍事国家ライの将軍ロイだ。
彼はどこか残念そうだが、それでも薄く笑みを浮かべて問いに答えた。
「何故だと?簡単な話だよ。肌がひりつく戦争がしたい。途方もなく巨大な戦乱に身を浸していたいとそう欲しただけの話だよ」
「それは、そんな事の為に二つの国家をわざわざ滅ぼしたというのですか?」
「うむ、これで全ての国家は私という黒幕にやがて辿り着くとともに私を滅ぼさんと挑んでくるだろうとそう思い楽しみにしていたのだがな。どうやらそれも少し狂ってしまったらしい」
「ええ、私が知り合いに頼んで裏で根回しして貰いましたから」
そう、ユキが頼んだ事とはいわば根回しだ。各国首脳への説得と概念兵器の回収。
それにより、ロイ将軍が望んだ宇宙戦争は最初の被害のみで回避された。しかし、自身の思惑とは大きく離れてしまったのにも関わらずロイはそれでも笑みを浮かべている。
何故か?そんな事、ユキは既に理解していた。
「しかし、それで私がむざむざと諦めるような。そんな程度の男に見えるかな?」
「思いません。むしろ私一人の犠牲を以って再び戦争を仕掛ける動機にするでしょう」
「私はな、永遠に戦争がしたいのだよ。肌のひりつくような、熱い戦乱に身を焦がしたい」
「なら、私はそんな貴方を全力を以って止めましょう」
きっと、ユキの知る遠藤クロノならそうするだろうと信じて。
彼ならば、きっと全ての想いに全力で向き合い受け止めるだろうと信じて。
そして———
次の瞬間、ユキの身体があまりにも軽々しく吹き飛んだ。
「っ、ぐぅっ………‼‼‼」
何とか、ぎりぎりの所で防いだ。ユキの手には、激しい雷霆を宿した金剛杵が。
特殊な異能の類ではない。何ら特殊な力が働いた訳でもない。ただ、単純な力押し。ロイの手には一振りの長剣が握られているのが見えた。
そう、ただロイは長剣を力任せに振るっただけだ。ただそれだけなのだ。
「それ、ほどの力をどうして………」
「簡単な話よ‼架空塩基の力は意思を物質界へ伝える人造因子。なら、強い意思の力さえあれば特殊な力なぞ無くとも全てを薙ぎ払えるとも思わんか‼」
「それ、は………」
そう、彼は特殊な異能など何一つ持ち合わせていない。しかし、彼には強い意思がある。
強い意思の力のみで、彼は最強ともいえる力を獲得したのだ。
脳筋だと、ユキがそう感じたのも無理はないだろう。事実、その通りなのだから。
しかし、事態はそう簡単な話ではない。むしろかなり危険な状況だろう。何故なら、彼はつまり意思の強さだけで特殊な能力も無く最強の座に就いているのだから。
「そら、もっと本気を見せろ‼貴様の力はその程度では無かろう‼星のアバターと呼ばれた異能を有する貴様の力はその程度ではない筈だ‼」
「ぐ、ああっ‼」
ユキは、本気で行かねば流石にまずいと察したらしい。今まで抑えていた異能の力を、久しぶりに全力行使する事にした。
周囲の空間が、環境ごと歪んで変質してゆく。
「召喚———其は混沌を焼き尽くす、雷霆の王。ゼウスっっ‼」
激しい雷霆と共に、髭面の大男が現れる。惑星規模の環境操作能力。それは言い換えれば即ち星の環境を神話の世界へと変質させる事すら可能とする。
そして、ユキはその応用として一度神話世界の環境へと変質させた世界から特定の生命或いは武具や現象そのものをこの世界へと召喚する業を得意とする。
つまり、それは架空の世界を統べる神の如き力の行使という事に他ならない。
しかし、そのような神の如き力の行使すらロイは嘲笑う。
まるで獣の如き、獰猛な笑みで笑う彼の姿にユキの身体は震えた。
「温いっ!あまりに温すぎるぞ‼」
そうして、混沌宇宙すら焼き尽くす雷霆を司る神が一切の抵抗なく切り伏せられた。それはあまりにも呆気ない光景だった。
技や冴えなど、彼の剣にありはしない。しかし、彼が剣を振るうそれだけで嵐風のように斬撃が吹き抜け全てを切り伏せてゆく。全てを、薙ぎ払う。
力の差があり過ぎる。あまりにも出鱈目だ。
しかし、それでもユキは諦めない。諦める事だけは絶対にしない。
「まだだ、まだ諦めない。クロノ君は絶対にこんな所で諦めたりしない。彼なら、絶対に途中で諦めるような無様なんて晒さない。絶対に!」
「そうか、素晴らしいな。是非とも彼とも戦いたかったものだ」
「くっ‼」
そう言って、ユキに向け剣を振るうロイ。しかし、
「其処までだ、彼女は絶対に死なせない」
その言葉と共に、ロイの剣が受け止められた。受け止めたのは、王五竜の剣だ。
見ると、その傍には飛一神の姿も。
いや、彼等だけではない。ヤスミチ、ツルギ、エリカ、アキト、マキナの姿もあった。
そう、皆がユキを助ける為に駆け付けてくれたのだ。
「みんな………」
「助けに来たよ、ユキ。皆、ユキの味方だからね」
ユキの手を引っ張り起こしながら、エリカが笑みを浮かべた。そう、皆がユキ一人の為だけに助けに来てくれたのである。ユキ一人を助ける為に、此処に皆が集まったのだ。
それに、思わずユキは泣きそうになる。
しかし、それをユキは寸でで堪え再度ロイに向き直る。ロイは相変わらず笑っている。
「素晴らしい、素晴らしい絆だ。ならば、私もそれに応えねばなるまい」
そう言って、再びロイは意思の力を高めた。極限にまで高まったその力は、もはや銀河どころか宇宙すら一刀の許に切り伏せかねないだろう。
しかし、それでも誰一人として諦める者は居ない。皆不敵に笑っている。
諦めない精神は、勇気は、覚悟は全て一人の少年から教えられた。全て彼のものだ。
だから、誰一人として諦める者など居はしない。
「行くよ、最終決戦だ」
そう言って、ユキは再び金剛杵を構えた。
・・・・・・・・・
戦いは、それでも熾烈を極めた。軍事国家ライ所属の将軍ロイ。彼は文字通り最強の座に相応しいだけの戦闘力を単独で保有していた。文字通り、かつての無価値にすら匹敵するだろう。
それだけの戦闘力があった。個の暴力を体現する者。それこそが、ロイだった。
全てを切り伏せ降すだけの力を単独振るいながら、一切疲れる様子を見せない。
そう、文字通り彼は意思の力だけで無限に力を引き出す事が出来るのだ。永遠に戦いを続けたいという戦乱に生きる一体の修羅。その姿が、そこにはあった。
だが、それでも戦いは終わる。何れ戦いは終結するものだ。
様々な異能による怒涛の波状攻撃。それをロイは剣で一息に薙ぎ払う。その一瞬の隙を突いてユキが金剛杵からの雷撃を叩き付ける。
しかし、それでもロイは意思の力だけで耐えてみせる。
其処に王五竜と飛一神が同時に切り掛かった。が、それでもロイはそれを容易く弾いた。
「まだだ!まだまだ、まだ終わらんぞ‼此処で終わらせてなるものか‼」
吼える。その咆哮が、物理的な波として周囲を破壊する。皆が、その音波と衝撃波により吹き飛ばされ一気に戦闘不能に。だが、それでもロイに挑む者の姿が其処にあった。
ユキだ。
「はああっ‼」
「はははっ、来い‼」
そして、交差する長剣と金剛杵。一瞬の静寂が場を流れた。
ゆっくりと頽れる。倒れたのは、ユキの方だった。
振り返り、僅かに笑みを浮かべたロイ。しかし、そんな彼の身体に衝撃が走った。
気付けば、彼の胸元から一振りの刃が。見ると、其処に長剣を握るユキが。倒れている方のユキはまるで霧か何かのように霞んで消えてしまった。
「………なるほど?ははは、まやかしだったか」
「マキナの投影機能だよ。貴方が見たのは、限りなく本物に近い立体映像」
直後、ロイはゆっくりと崩れ落ちるように倒れた。
「無念だ。まさか、目的も果たせずに倒れる事になろうとは。しかし、」
「……………………」
「しかし、満足だった。楽しかったよ」
そう言って、ロイはそのまま力尽きた。誰も、何も話さない。
勝利に湧く事もない。一種の虚脱感。或いは虚しさとでも呼べる感覚が襲っていた。
そんな中、言い知れぬ感覚を味わいながらユキはロイを見下ろし告げた。
「将軍ロイ、貴方の事は今後絶対に忘れはしない」




