9、怪物の王
夜、11:35———俺は微妙な時間に目が覚め、目が冴えてしまった為そのまま起きる事にした。トイレで用を足した後、外の空気を吸う為に外へ出る。外は、微妙に空気が冷たかった。
すると、物陰から声が聞こえてきた。声から推測してヤスミチさんとユキだろうか?とにかく二人の声が建物の陰から聞こえてくる。
「………………」
そっと、覗いてみる。其処にはやはり二人の姿が。二人は真剣な表情で話しをしていた。
話の内容は、どうやら以前の甲殻バジリスクについてらしい。
「………やはり、最近外来の怪物が増えている気がします。甲殻バジリスクなんて本来はこの日本に生息している筈のない外来種ですから。明らかに異常ですよ」
「ああ、やはりこの異常には”王”が関わっている可能性が濃厚だな」
「王、ですか………やはり、甲殻バジリスクとなると”チェシャ”ですか?」
「或いは、”ゲオルギウス”が関わっている可能性もあるな」
王。その言葉に、ユキが僅かに反応する。俺には解らない話だったが、どうやら最近外来種が増えてきているらしい。その可能性の一つとして、王が関わっていると。
それに、”チェシャ”に”ゲオルギウス”だって?一体何の話をしているんだ?
どうも聞き取りにくい。そう思い、僅かに身を乗り出した瞬間。
「何をしてるんだ?」
「っ⁉」
背後から声が掛かった。声の主は神薙ツルギだ。俺は、思わず肩を跳ねさせて驚く。
ついでにヤスミチさんとユキも驚いた。勢いよくこちらに振り向く。ツルギは状況を上手く呑み込めていないらしく、きょとんと首を傾げている。何て間が悪いんだ。
流石にバツが悪くなり、俺は素直に二人の前に出ていった。二人は驚いたような、それでいて何処か苦虫を噛み潰したような顔をしていた。聞かれたくない話だったか?
「お前、何時から其処に居た?」
「………あー、ついさっきから?丁度、ユキが外来種が増えているとか話している辺りか」
「……………………」
ヤスミチさんの問いに、俺は素直に答える。その返答にヤスミチさんは再び苦い顔を。この際だから俺は先程の疑問を聞く事にした。王の話だ。
「で、さっき言っていた王って何の事だ?チェシャとか、ゲオルギウスとか」
「………まあ良い。これから重要になってくる話だ」
ヤスミチさんは諦めたような顔で、話し始める。
それは、この世界に住まう六体の怪物達の頂点。通称”王”と呼ばれる存在だ。
「この世界には、数多く存在する怪物達の頂点に立つ六体の王が存在する。それぞれ高い知性と強大な力を持つ正真正銘の怪物の王だ」
「怪物の、王?」
「そうだ。それぞれ”オロチ”、”ツチグモ”、”チェシャ”、”ゲオルギウス”、”セイテンタイセイ”と居て、それぞれがそれぞれの領土で猛威を振るっている」
オロチ、ツチグモ、チェシャ、ゲオルギウス、セイテンタイセイ。と俺は指を折ってその数を一匹づつ数えていく。しかし、数が合わない。
先程言った話では、王は六匹ではなかったか?
「六体目は?」
「………六体目は、先程言った王達の中でもとりわけ謎に満ちている」
「謎?」
ヤスミチさんは、重々しく頷いた。それに、ユキとツルギが頷いた。
何処か、ユキの表情が冴えない気がするのは気のせいだろうか?何か、怯えている?
「………六体目の王は、その名を”星のアバター”。その存在のほとんどが知られていない、一切が謎に包まれている存在なの」
「本当に、そんな奴が居るのか?」
「居る、それは間違いないよ」
そう答えたのは、ツルギだった。
ツルギの表情は重々しく、それでいて深い怒りに満ちていた。
「奴は、”アバター”は人類文明を直接滅ぼした存在だ。世界に癒えない傷跡を残したのも全てそいつ一体のみの仕業なんだよ」
「ああ、だからこそ俺達は”アバター”を決して許す訳にはいかない。奴を何としても探し出して打倒する必要があるんだ。それが、死んでいった奴等に対するせめてもの手向けだからな」
ツルギの言葉に対し、そう締めくくるヤスミチさん。しかし、先程からユキは酷く辛そうだ。
何故か、蒼褪めた顔をしている。アバターの話を聞く度に深く傷つくような。
他でもない、ユキが傷付いているような顔をしている。
「………ユキ、大丈夫か?どうした?」
「何でも、ないよ………」
何でもない。そう言うが、しかしユキの表情はとても辛そうだ。何処か、酷く怯えるような恐れるようなそんな表情をしている。何かを必死に耐えるような、そんな表情。
そんなユキの表情に、ヤスミチさんは何かを考えるような顔で問う。
「………やはりユキ、お前奴の正体を何か知っているんじゃないか?」
「…………っ。い、いえ……私は何も知りませんよ?本当ですから」
びくっと震える。そして、必死にそう答える。
俺はユキを抱きかかえ、背中をそっと撫でながら問い返す。
「どういう事ですか?ヤスミチさん」
「………ユキはな、不老なんだよ。文字通りに歳を取らないんだ」
その言葉に、俺だけではなくツルギも驚いた顔をした。どうやら彼も初耳だったらしい。驚いた顔で抗議の声を上げる。
「ど、どういう事だ⁉俺、そんな話初めて聞いたけど‼」
「お前だって不思議に思っていた筈だ。お前が生まれる前から、ユキは全く歳を取ってない」
「っ⁉」
その事実に、ツルギは更に驚いた顔をする。そして、二人の視線はユキに向いた。
その顔は、疑念に染まっていた。どうやらユキに疑惑の念を向けているらしい。
しかし、ユキは相変わらず恐怖に染まった顔で只管震えるだけだ。震えて、ただ知らないと繰り返して呟くのみだ。その姿は、あまりにも痛々しい。
「知らない。私は何も知らない………」
そう呟くユキの姿に、しびれを切らしたような顔をする二人。しかし、二人が何かを言う前に俺が二人に抗議の声を上げるのが早かった。
「流石に、もうこれ以上は止めましょう。ユキが怯えています」
「…………」
「むぅ、しかしな」
そう言い、尚も追及しようとする二人に俺は言った。暗に、これ以上の言及は許さないと。
そう俺は告げるように言った。
「ユキは仲間でしょう?今まで、ずっと皆の為に頑張って働いてきた筈だ。そんな仲間を怯えさせるのはどうかと思いますが?」
「………………」
「………………」
黙り込む二人。そんな二人に、俺は言う事は終わったとユキを連れてその場を去った。
ユキは、俺の服を強く握り締めて震えていた。
・・・・・・・・・
とりあえず、俺はユキを俺の部屋まで連れていく。その頃にはユキはある程度落ち着いたか、身体の震えも随分とマシになっていた。しかし、それでもまだ顔は青白かった。
どうやら、相当怯えているらしい。
俺は、ユキの背中を撫でて落ち着ける。今、俺に出来るのはその程度だろうから。
「大丈夫か?とりあえず、俺に出来る事は?」
「………大、丈夫。ごめん」
そう言うが、どう考えても平気ではなかった。明らかに怯えきっている。
俺の胸元に縋り付きながら、ユキは俺に問い掛けた。
「………ねえ、クロノ君」
「何だ?」
「私が、もし私が皆の敵に回るような事があったら。クロノ君はどうするの?」
その質問に、俺は少し考える。
やがて俺は、自分の中で見つけた答えをそのまま口に出した。
「お前をどうやっても救い出す。何がなんでも敵になんてさせない」
「…………」
「あまり俺を見くびるな。俺はお前が思っている以上に諦めが悪いんだ。お前の事だって絶対に諦めたりなんてしないからな?必ず、お前を救ってみせるから」
「う、うぅっ………ぅうぅぅうっ…………」
ユキは俺の胸元に縋り付き、疲れ果てて眠るまで泣き続けた。




