プロローグ
「まるで、地獄の蓋が開いたみたいだ………」
俺は、漠然とそう呟いた。そう、これはまるで地獄の蓋が開いたみたいだ。
何故、こんな事になったのだろうか?そんな事を火の海を駆け抜けながら考えていた。
そう、周囲一帯は既に火の海だ。世界は炎に包まれている。現在、世界は未曽有の大災厄により崩壊の危機に立たされていた。文字通り世界の危機だ。
世界を崩壊させるのは炎だけではない。破局的大噴火、国土を揺るがす巨大地震、大陸を覆い尽くす大津波や大竜巻などが一斉に世界を襲う。それは、まさしく世界の終末に相応しい光景だろう。
そう、世界は今まさに滅びようとしている。栄華を極めた人類文明は崩壊しようとしている。
人々の顔には一様に絶望が浮かんでいる。もう駄目だと、絶望し諦めが充満している。
しかし、そんな中俺の両親は未だ絶望はしていないようだ。何か、決意と覚悟を表情に浮かべて俺の手を引き火の海を駆け抜ける。その覚悟の表情は、俺には英雄のように眩しく映った。
きっと、世界を救う英雄はこんな表情をするのだろうと。そう世界を焼く火の海の中を駆けながら漠然と俺は考えていた。考えて、いた。
———ああ、でもきっと。
しかし、俺はこうも思う。きっと、こんな世界を救う英雄が居るならそれは、あらゆる理不尽をその力でねじ伏せ世界を遍く照らす光を言うのだろうと。そう漠然と思った。
きっと終わる世界ですら問答無用に力づくで救ってくれるのだろう、と。
そんなおとぎ話のような事を———俺は考えていた。
けど、もう人類は滅びる。世界は、滅びる。終わる、人類の夢が。希望が。
これはもう、きっと確定事項なのだろう。けど、そんな中俺の両親は。俺の両親だけはまだ諦めてはいないように感じた。父も母も、まるで戦場を駆ける英雄のような表情をしていた。
父と母はそのまま一つの施設へと入ってゆく。必然、俺もその中へと入ってゆく。
地下へ、地下へと階段を下りてゆく。そして最終的に俺達はある部屋へと入った。
其処は研究施設だった。俺はこの施設を覚えていた。幼い頃、一度だけ来た事がある。この施設は両親の働く研究施設だ。その施設の奥に何かの装置が横たわっていた。
俺はそれが機械仕掛けの棺に見えた。けど、これはきっと———
「コールド……スリープ………?」
「そうだ。お前には此処で眠りについてもらう。お前に俺達の希望を託す」
装置の蓋を開くと、その中に俺を押し込んだ。元々抵抗する気力が残っていなかった俺はそのまま装置の中に押し込められてしまう。けど、黙っている事だけは出来なかった。
俺は不安を胸に父親に問う。
「父さんと母さんは?これからどうするの?」
その言葉に、父と母も笑みを浮かべた。覚悟の籠もった笑みだ。
きっと、この世界に英雄が居たならこんな風に笑うのだろう。
「父さんと母さんはまだやるべき事がある。なに、俺達も無駄死にするつもりはない。それに、本当は此処で死ぬつもりもないんでな。きっとまた会えるさ」
嘘だ。それだけは俺にも理解出来た。父と母は、今死ぬ覚悟を決めてこの事態に臨んでいる。命を賭けてこの世界を救う覚悟を。命の全てを賭けて人類を救う覚悟を決めているのだろう。
それだけは俺にも理解出来た。理解して、涙を流す。
ああ、そうか。俺は理解した。此処で、きっと俺と両親は永遠の別れをするのだと……
「じゃあな、また会おうクロノ。愛する我が息子」
そうして、俺は滅びゆく世界で一人。眠りについた。