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なにかになる以前のなにか

作者: Eu4

EdEn

「君はこの世界が何色に見える?(What kind of color do you see?)」

プロローグ

 櫻の花びらがすでに散り始めたころ、新たな青春の始まりを告げる鐘の音が小さな箱庭の中に鳴り響いた。春の訪れも早くなってきた今、今までは、始まりとともに咲いてきたこの花も、もう終わりを告げる花になってしまったとことはもう僕たちにとっては受け入れなければならない「現実」ってやつだということは確かだ。

 それでも今日私はこうやって檀上にあがり、まだこの日のあいさつに「桜が咲き誇る今日この頃」という言葉を選ぶのは、今この時私の中では青、白、緑、赤とこの世界を鮮やかに彩る多様な要素はどうでもよく、かろうじて枝にぶら下がっている今にも消えそうな淡い色の存在にのみ価値を見出しているからだ。 今この目の前の一瞬の現実が、今まで何重にも重なった過去を塗り替えられないでいる 

 「桜が咲き誇る今日この頃」と思う者のなかで満開に咲いている櫻たちよ、どうか私の願いを聞き入れてはくれないだろうか。

 

 「咲き誇る桜の花よ、彼の者たちに祝福と少しの幸福を与えたまえ。」



主題

視覚に基づく世界の再定義




1章 

ふと目を覚ますとそこは見慣れない天井だった。

 しかしそれは天井としてはあまりにも低く、薄暗い木目調で、一部が剥がれている白いテープが張り付けられていたことが、寝起きのもうろうとしている意識の中でも確認できた。この時点で普通の状態の人なら何かおかしいと思うはずなのだが、寝起きの朦朧とした意識の中で、俺は手に届く位置に天井があることを不思議に思わず、それに向けて手を伸ばそうとした、そんな時だった。ぽんぽんと誰かが肩をたたいた。驚いた体がビクッと反応する。正体の分からないそれに少しおびえながらも体を起こすと同時に声が聞こえた。

「君、勇気あるねー、入学式中に寝るなんて。」

 耳元でささやかれたその声は、かろうじてその高さとかわいさ、雰囲気から女性であることは今の状態からでも推測できたが、まだ明るさに慣れていない目ではその姿をとらえることはできなかった。それになんだ『にゅうがくしき』?その最中で寝るということに勇気がいるとは?まだほとんど寝ているも同然の俺の頭ではそんな簡単な単語さえ意味の持つ言葉としての認識ができないでいた。それでもとりあえず体を起こしら何とか言葉を返そうとはしたものの、外の明るい光に押さえつけられたかのように体は起き上がることを拒むので仕方なくそのままの体制で返事をした。

「にゅうがくしき?何を言ってんだ?」

「入学式は入学式よ、なーに寝ぼけてんの?さっさと起きなよ、先生たち見てるよ。」

 そもそも枕が変わるとほとんど寝られない自分がこうもあっさり寝てしまうほど退屈な今、この睡眠という行為が他人の注目を浴びるような行為だとは到底思えない、もしこの入学式とやらが寝ることが禁止されたものだとしたら俺はこんなにも安らかにぐっすり逝ってしまったりはしないだろう、などと、聞こえてきた数少ない情報から今の状況への考察をしているうちに、だんだんと意識がはっきりしてきた。薄暗いこの世界で、今まで天井だと思っていたのは体育館の床で、体育座りでうずくまる形に寝ていた俺は、寝起きのまどろみの中で、その珍妙な体制に何も違和感を抱かず、天井だと思いこんでいた。やっとのことで重たい体を持ち上げたとき疑いが確信に変わる。そう、もちろんこれは誰の目から見ても疑いようのない入学式だった。それを象徴するように舞台の天井からは、でかでかと第78回○○高校入学式の文字が掲げられていた。ああ、所詮俺の信じていた事実はこれほどまでに脆い物なのか。

 とりあえずごっそりと抜け落ちているこの入学式に対する情報を、周りと同期させるために、周囲を見渡す、すると他の生徒たちも同じように体育座りをしているのがまず目に入った。自分と違った点といえばうずくまっているような人は一人も見えず皆緊張しながらもキラキラした目で壇上を見つめていた。

 さらに視野を広げていくと、壁際に立っている数人の先生たちと少し目が合った。少し恥ずかしくて目をそらす。舞台の端に掲げられたプログラムと今の時間とを照らし合わせようとその逆側に掲げられている時計へ目線をやった時だった。

「以上にて入学式を終わります。生徒はクラス順に担任の先生に続いて退場してください」

 終わってしまった。残念なことに式に関する記憶が一切ない。人生で一度きりの高校入学式がこれか。どうせ起こしてくれるならもっと早く起こしてほしかったと思ったが。初対面の人にそんな重大な役割を求めるのも価格実に間違っているし、そもそも寝落ちした自分に完全に非があることは間違いない、完全に自分が悪いと認めざるを得なかった。

「ただいま退場の準備をしています、生徒の皆さんは少々お待ちください」

 どうやら式自体は完全に終わってしまい、そのあとの生徒たちを誘導する準備をしているところらしい。壁際で立っていた先生たちがあわただしくこの体育館の中を右往左往しているのが少し目立っている。どうやら先生たちの準備が済んだようだ。さっきまで舞台袖に集まって何やら話し合いをしていたクラスの担任を受け持つ先生たちがそれぞれのクラスの最後尾についた。俺たちのクラスの列の後ろに立ったのは、先ほど目が合った先生のうちの一人だった。


「それじゃあ1組の皆さんいついてきてください」眼鏡をかけた細身の男性が手を挙げながら言う。自意識過剰かとも思うが後ろgsちゃんとついて来ているかを確認するために先生が振り向いたすべてのタイミングで、少なからず一瞬は自分にピントが合わせられているような気がした。

 あーこれは早々に要注意人物として目を付けられたかもしれないと、この一年の始まりから一年間続くかもしれない勘違いをどうにか正そうと、そんなことないですよといわんばかりに、にこにこと先生の2つ後ろにつき、そのまま導かれるままに4階の教室に向けて歩いていった。

 

 一組の階段から一番遠い、教室は廊下の端っこなので、一番に体育館を出俺たちは、その道のりで誰もいない教室を少しゆっくり見る余裕があった。この学校も去年改修されたとはいえ、かなり昔からあるので、教室内はきれいではあるが、そこかしこに古さを感じられる跡が見られた。でもその古さは確かに数々の歴史がここを舞台として繰り広げられたことの証明であり、これから俺たちが、また新たな歴史を刻み始めるその時をいまかと待ちわびているように思えた。

 俺たちはこの静止した時を動かすに足りえる存在なのか、なんにせよ今感じたこの気持ちは時がたつにつれ確実に失っていくものなので、

なんて考えていると、もうドアの前まで来てしまっていたので、心の中で深く一礼しながら教室に入った。窓から差し込む陽の光が温めていてくれたのかどこか少し暖かかった。

「座席表を確認して座ってください」

ドアの横でみんなが教室に入っていくのを見届けながら先生が言う

先生によっては席替えを全く行わない人もいるので、最初のこの席順がこの一年の学校生活を左右する可能性をはらんでいる

ある程度人がばらけたのを見計らって黒板に張られた座席表を見に行く。書かれていたのは出席番号順に並べられた席順だった。よかった、これなら今後席替えが行われる可能性も大いにある。だがそうなれば、いま俺に与えられた窓際という最高の席を、数週間で明け渡さなければならないことになるかもしれないということだ。まあそんな未来のことに不安を抱くよりも、とりあえずは今のつかの間の幸福に浸ることにしよう。

「ふう、疲れたー」軽い鞄を机の横にかけるのにすこし苦労しながらも少し急いで席に着いた。

「な〜にが疲れた〜よ、ぐっすり寝ていたくせに」

聴いたことのある声、それも遠い昔ではなくつい最近、そうほんの数分前に訊いた声。

「うっせ、うつむき目を閉じて気を失ってただけだ」

「.....それ寝てるのと何が違うのよ」

「自分の意思が介在してるかどうかという大きな違いがあるね、」

「何それただの屁理屈じゃん。」

--そう、ただの屁理屈だ。

「名前なんて言うの?教えてよ」

「いやだね、意地悪な君には教えないようにしてるんだ。」

これが俺の今できる精一杯の抵抗だった。

「ふーん、ま、いいけど」なんだやけに聞き分けがいいな。

クラス全員が席に着いたのを見計らって先生が教壇に立った。

「これから一度出席をとります呼ばれたら返事をしてください」

「・・・・・君・・・・君○○君牧野さん・・・」

「はい」気の抜けた返事、だが入学一発目の返事にしてはまあまあ上出来ではないだろうか「はい!」軽快な返事が聞こえる、どっからそんな元気な声が出せるんだよ。

一通り肩をちょんちょんとたたかれた。

「これからもよろしくね○○君」

「あぁよろしく頼むよ牧野さん」

 照れと恥ずかしさから小悪魔のように笑う彼女に目を合わせることができず目を背ける俺をあざけるように、正午と、敗北を告げるチャイムが学校に鳴り響いた。


 本来なら今日の予定はここで終了なのだが、生徒数のわりに部活動数が多いこの学校では入学式の日から部員の争奪戦が始まる。窓際のこの席からは中庭で先輩たちが必死に新入生を勧誘している姿がよく見えた。

「おっいたいた、お〜い○○〜」

めんどうくさい奴が来た。こういう時は寝たふりしてやり過ごすのが一番いいことをこの十数年の短い人生の中で、経験したことから学んでいる。

「お〜いおきろ〜、どうせ寝てねえだろ枕変わると寝れねぇって言ってたくせに」

容赦なく無防備な背中が叩かれる。何だこいつは。てか痛てぇ、人が頑張って寝たふりをしているのにもかかわらず。背中を手加減もせずにたたいてくるな。

「痛てぇんだよ、何の用だよ、」

「やっぱおきてんじゃん、クラスになじめずに一人寝たふりしているお前を気遣ってきてやったんだよ少しは感謝してくれてもいいんじゃねぇの」

「余計なお世話だよ、馴染めてねぇわけじゃねぇ、まだこれからなだけだ」

こいつは同じ中学の

「俺、サッカー部見に行くけどお前どうする?」

「言っただろ、もうサッカー、運動部には入らない」


「なんだよ・・・、からかいに来ただけか?」

「うーん、ま、そんなところかねぇ。じゃ俺行くわ、それと今日は体験入部といえど遅くなると思うし今日は先帰ってて」

いつ一緒に帰る約束をしたんだと思いつつもそのことは言わずに

「おっけー、んじゃ頑張れよ!」

「さんきゅ、じゃあな!」と○○は元気よく教室から飛び出していった。

僕はその元気な背中をずっと見つめていた、そして背中が見えなくなってから○○の背中に向けて言った


「さて、帰るか」

まだ何も入っていないかばんをなぜか重たそうに持ち上げ、まだ残って話している人たちの邪魔にならないように静かに教室を出た。無人の廊下は静まり返っていた。さっきまで中庭と○○との盛り上がりを耳にしていたのと、一切といっていいほど日が差してこないことも相まって俺にはその静寂が少し恐ろしく感じた。

そしてついに廊下を渡り終え、下りてゆくべき会談の前に来た時、何を思ったのか、俺の目線は自分が向かうべき下りの階段とは逆の、のぼり階段のほうをとらえていた。この学校では最上階から順に123年生の教室がある。つまりこの扉の向こうは屋上というわけだ。

「開いてるわけないよな」

近年は安全上の理由から屋上が自由に解放されている学校はほぼない。でも、ほんの少しの期待はあった。せっかくの入学式なんだ、一つぐらいうまくいったって誰からも何も言われないだろう。

伸ばした腕に力が入る。「ガチャリ」「え?」その扉はまるで自分を待っていたかのように簡単に開いた。俺はためらいもせずその向こう側へ吸い込まれた。

 

 そう、物語はいつもそんなものだ。どれだけこちらが慎重に身構えていようとそんなのお構いなしに何食わぬ顔でやってくる。どのように物語が来ようとも「知ってたよ」とすました顔で答えることが唯一の報いなのかもしれない。

『すべての事象は神のもとに・・・

光は闇へと吸い込まれ 川は上から下へ流れ、リンゴは木から地面に堕ちる。』


「まぶしっ」

 さっきまで屋内で浴びていた人工の放電により発生した力なき光の波とは違い、ここでは、自然由来の光がアスファルトに反射して一層まぶしさを増して自由に踊っていた。当然ながら俺は急にそんなに大量の情報源を処理できるほどの眼をもっているはずはないので、多少なりとも視覚からの情報伝達の遮断を余儀なくされていた。

 なぁに急ぐ必要はない、どうせこの後の予定なんてないんだ。なら今この世界への順応に時間をかけたところで何の悪が生じようか。などと陽の世界に負けた陰の者らしいつまらない言い訳を、誰に言うでもないのに考えながら、腰を下ろし少しの間世界の境界からそれらを目をほそめて眺めていた。

 春の陽気はその光を直接浴びなければ少し肌寒いほどの物足りなさを与える。春の暖かさは、肌で感じることのできる暖かさよりも、目でその光をとらえることでその真の力を実感する。少しの寒さに凍える体に頬をくすぐる程度の柔らかい風が吹く。が、その音は聞こえない。静寂は時を引き延ばし、意識を虚空へと連れ去る。普段の自分ならそれをつなぎとめることなどはできず、ただなすが儘にはるかかなた上空へと連れ去られてしまうのがオチだが、今日はもう十分に寝たおかげか、かろうじてその意識が完全に切り離されることはなかった。だがほんの少しではあるが、親元から離れることができた意識たちは(体が親で意識がその中に入っていると考えている。独我論とは別のかんがえ)はふわふわと宙を舞いやがてそこが居場所やないと気づいた一部の意識が自分のもとに帰ってきた。


もうすでに、視界ははっきりとその舞台をとらえることができていた。

 立ち上がりゆっくりと足を踏み出す

「サーーッ」さっきとは違い、吹き付ける少し強い風が、降り注ぐ光の熱さを中和させ、世界を加速させる。

風を受け止めたブレザーがめいっぱいにその翼を広げバタバタと元気良く羽ばたく。髪もせっかく入学式のために特別にセットしたのに台無しだ。

「ガッチャン!」

重く鈍い金属音が静寂を切り裂いた。

「うわぁ!」。

意識の外から鳴り響いたその轟音は、置いてきたままの意識をすべてこちらに引き戻した。

それが、開けたまま占めることを忘れていた扉による反撃だったことは、振り返るまでもなく明らかだった。閉ざされた扉は一層外と内、こことそれ以外、との境界を強く意識させた。

 こうして、俺は完全に外の世界に放り出された・・・はずだった。だけど、どうしてか、こうして大きくて広い空の下、どこまでも広がる世界にいるはずなのに、逆に、どこか限りある狭い籠に閉じ込められたような感覚になった。不安に駆られて、誰に見られているわけでもないのに、どうしようもなく、ぼさぼさになった髪を手で整える


「・・・その扉は世界を分かつ この隔離された完全なる世界は、そこにいる者の意思によって汚れ無き『楽園』となる。なーんてね」

 静寂に一閃、不意に声が聞こえた。きれいな透き通った声。ここに自分以外の誰かがいる。突きつけられた事実を、ただありのままにそう認識した思考は、立ち入り禁止のこの場所に入ってしまったことがばれたことによる焦りと、ぼさぼさになった髪を直しているところを見られた恥ずかしさですっかり征服されてしまった。そんな俺に、当然その言葉の意味を深く考える余裕なんてなく、冷静さを失った脳は謝罪と言い訳の言葉ばかりを探していた。

「すいません入っちゃダメっとは思ったのですが、扉が開いていたのでつい」見えない存在に対して頭を下げながら弁明する。

「そんな、誤らなくてもいいよ、別に怒ったりするわけじゃないから、だって私もここで休憩していたわけだし」

「そうなんですか、驚かさないでくださいよ、」

よかった、入学早々職員室呼び出しという最悪の立ち上がりは回避することができた。

安心したのもつかの間、今まで容量の大半を占めていた不安要素が取り除かれた脳は、臆病なことに、一度悪い方へ考えてしまうと、次から次へとまた悪い方へとその思考が傾いてしまうものだ。

 何てったって今日は入学式の日だぞ、なのに屋上で休んでいる人なんて絶対不良だ、そういった人とは俺なんかがかかわったところでもろくなことが起きない、できるだけ離れるのがいいに決まっている。

そう、もしかしたら、いや、もしかせずとも、ここでの正解択は、「すいません、お邪魔しました、」とすぐ引き返すことだったに違いない。

でも、どうしてかその日の俺は姿かたちの見えない存在とあってみたいと思ってしまったんだ。

「すいませんどこにいるんですか」。

好奇心は恐怖心より強く、体は思考より素直だった。

「上だよ、君の上」

おかしい、ここは屋上、そのさらに上なんてあるはずがない。

「こっちだよ、君がさっき入ってきた扉の上」

まだ少し疑問は少しの解決も見いだせなかったが、悩んでいても仕方がないと、少し強く吹いた風と共に、声のする方へ振り返った。

 俺はその時初めて、確かにそれが一つのその現象、存在でそれがいまここで起こっている、そこにあることを認識した。見上げた角度が悪かったのか、完全なる逆光で、ほぼシルエットしか確認はできなかったのだが、それは確かに人の形をしており、風にあおられた髪やブレザーが、さっきの俺に生えていた、せわしなく羽ばたくそれとは別物の、大きい、だけど静かな黒翼を形成し、まるで天使か悪魔かのように思わせるその姿に俺は目を離せないでいた。

 それに、頂上から少し傾いた後光のような太陽がその場の神性をさらに高めていた。

彼女は俺が気付いたことを確認すると。

「ちょっとまって、今降りるから」

といい、横にかけてあった、作業用だと思われるはしごを慣れた足取りで降りてきた。

どうやら、その翼は張りぼてにすぎず、彼女は俺と変わらず人間らしい。

「驚かせて悪かったね」

そういうと、制服を整えながらこちらのほうに歩いてきた。さっきまで彼女をすっぽり覆い隠していた陰はすっかり晴れ、どうやら天からも、俺にそのご尊顔を拝見する許可がおりたようだ。不安9割、期待1割とまだ自ら話しかけたことを少し後悔しながらも恐る恐る目線を上げていく。そのさきで目に飛び込んできたのは、想像していたような怖い先輩とは違い、清楚でおしとやかでそして何より可愛いい女性だった。顔は少し幼い印象を受けたが、整えられた腰の上ほどまである長い黒髪と、。どこにでもいるようでどこにもいない、でも確かにあったことはあるそんなことを考えながらつい、見とれてしまっていると、あっという間にもう、少し手を伸ばせば抱きしめられそうな距離まで間合いを詰められてしまっていた。それにしても近くないか!?それとも、女子高校生の社会的距離とはこれくらいが普通なのか?

「いいですよ、なにをしているんですか?そんなところで」しかしその努力も虚しく、女性に対する耐性なんててんでないもんで、すぐに恥ずかしくなって目をそらす。

「ん?何ってそりゃこの時間に上級生がやることといったら部活の勧誘でしょ、それにちょっと疲れちゃったから休憩してたの、」だが回り込まれた。

なんだその顔は、いかにも自分が間違っていることなどしていないという顔だ。

「いや、勧誘って人がいるところにどうですかと聞きに行くものであって、こんな人気のないところでのんびりしている人にあたりまえでしょみたいな顔されて言われても・・」

これは、もしかしたら違う意味のすごく面倒くさい人とかかわってしまったかもしれない、という疑念が急に湧いてくる。

「細かいところはいいの、事実こうやって君がきたわけだし、それにどう、いいでしょこの私の場所」

ここはあなたの物でもなんでもないでしょといいたくなったが、出会ったばかりの上級生に対しては少し生意気かと思い飲み込んだ。そんな諦めや、呆れの感情がいくつか生まれてくるにつれて、もう、恥ずかしさや、緊張は気にならなくなっていた、いや、気にする余裕すらなくなっていたのかもしれない。

「確かにここがとてもいい場所だということについては何も否定はできませんよ」

少し歯切れの悪い答え方で返す。

「何かまだ引っかかるところがあるかんじだね」

「いや、まだ俺ここから景色を見ていないので言い切れないだけです、やっぱり屋上といったら景色じゃないですか。」

彼女は確かにといった感じでうなずく

「そうだね、ここはこんなに広いんだからこんな突っ立っているのももったいないし見に行こうか」

というと彼女は両手を空にめいっぱい伸ばしながら世界を望む一等席へと歩いていった。

不思議なことに、先輩が通った場所は今まで無秩序に踊り狂っていた光の粒子がそのベクトルを一斉に向けたかのような静寂が広がっていた、

「何してるの、来なよ」

「え・・でも・・」

俺はその後ろについてくことによってその秩序が崩壊しかねない気がして動くことができないでいた。

「もしかして高いところ苦手?大丈夫だよ、ほら、先行ってるね」

振り返り見せた無垢なまぶしい笑顔は俺のためらいを吹き飛ばすには十分で、気づけばのひだまりに向けてゆっくりと歩きだした。相変わらず翼はせわしくはためいたがそれも彼女に近づくに連れて落ち着きを取り戻していくように感じた。


フェンスから少し体を乗り出すように景色を眺めている彼女の隣、世界一の特等席の片方には、白い翼をもった先客が何かを探すように静止した青の世界を、静かに見つめていた。俺はもう一つ、逆側の特等席ではなく、一つ飛ばしの優等席に

「どう、私はここから見える景色が一番好きなんだ、」一つ飛ばしの向こうの席から声が聞こえた。

 その見つめる先にはどこまでも青い空と、遠くにうっすらどこかの山脈が見えるだけだった。何も混じりけのない、純粋な青い天井。よく青いものとして空と海が挙げられるが、その意識に青いものの代表例として空と並ぶものを想起することに罪悪感を覚えるほどのきれいな青。特に今日は、その勢力を抑えるものが何一つとして存在していなかったので、遠くで起こっている空と地の鍔迫り合いはほとんど勝負になっていなかった。だが、その青は地を、信仰を、意識を、侵略しようとも、世界そのものを飲み込んでしまうほどの強大な力までは保持しておらず、またそんな力を欲してもいないことを、境界の鮮明さから感じられた。

 一瞬自分たちの頭上に広がっている無限大の青を無数の羽ばたきとともに陰のモザイクが、覆い隠した。隣人にとっては待ちわびていた瞬間で、それを見つけるや否や。俺たちのこの偽りの黒翼ではないその自由は与えられたものでも勝ち取ったものでもなくただ無くしたくないものに思えた。こうしてぽっかりと空いた特等席は最後まで誰か、何かの、ための場所になることはなかった。

目線の高さを共有していた鳥たちが急降下を始めたので

こうして下を見ることで自分のいる場所が学校の屋上であることを再認識した。それと同時に、俺がこの素晴らしき始まりの日の青に対して最近くにいる存在ということも理解した。というのもこの辺りでは、この学校が一番高い建物、この世界に隠しているすべてを見つけることすらも可能な気がしてきた

「君の目にはどう映っているかな」

「もちろんいい景色だと思いますよ」

 別に嘘はついていないつもりだった。普段なにげなく見ている景色も、こうやって高くから見下ろすと、すべてが新鮮で、新しく、美しく見えたからだ。

「ほんとに?」

「ほんとですって!いい景色ですよ」

 何をそんなに確かめる必要があるんだろうか、ここから見える景色は、まだ目を離すことができないほどにとてもきれいで素晴らしいのに。

「いや、別にあなたには聞いていないわ、」

一度俺の回答に対して真偽を確認する返事をしたように聞こえたんでが、俺に訊いていないのか・・・じゃあ誰?あたりを見渡したとしても今ここには自分以外の存在を認識することはできない。それじゃあ誰に聞いたんだろと思い彼女の問いかけた先をその目線で確かめるために恐る恐る視線を左にずらしていく。ほんの少し目線をずらしてだけでもうその姿はとらえることができた。

 いつの間にかすぐ隣にまで来ていた彼女が、その奥の意識の根底を見透かすような鋭く、きれいな眼差しで、俺の目をのぞき込んできた。今ここに無い自分のすべてが、吸い込まれるようにかつてあったところに、彼女がそう望み、問いている俺のもとへと少し時間をかけながらも、確実に、一粒も残らず帰ってきた。そうなった今、新たな答えは考えるまでもなく、もうすでに自分の中に用意されていた。

「それで、あなたの目にはどう映ったの、○○君」

「・・・なんていうか・・・そうですね、あまり大したことないと思いましたね」

そりゃそうだ、眺めという点で考えると、この学校は山の頂上でも海辺にあるわけでもない、何の変哲もない住宅街のど真ん中にある、つまりここから見える景色は今まで見てきた日常の景色をただ俯瞰しただけに過ぎず何の特別性もないのだ。それに、今感じたことのすべても、ここから見える景色の特別性から得られたものではなく、ただ高いという事実、つまり位置関係の優位性によって得られたことに過ぎない、いや優位といっていいのかさえ分からない、俺は、ただ高い、ただ空に近い、それだけで何か素晴らしいものを得られた気にさせられていたにすぎないのだ。だんだんと冷静になるにつれて、ただ少し空に近いところにいるというだけでこの世界を少しいいものと思っていたさっきまでの自分が怖くなってきた。それと同時にそんな気持ちにさせる空には何があるのか、そんな疑問が少し浮かんできた。

なんて考えていた俺の思考の合間を縫って隣から声が聞こえた。

「よかったらどう、私の部活にはいらない?」

そのお隣さんはもう景色は飽きたのか、フェンスに肘をかけて空を見上げていた

「お誘いはうれしいですけど、まだ俺先輩の部活動が何か知らないですので・・・」

「そうだね、忘れていたよ、ようこそ天文部へ」

「ようこそっていや、俺まだ入部するなんて一言も・・」

「いいのいいの、どーせきみは入部することになるんだから」

「えぇ・・・」

 俺が少し戸惑っているのをよそ眼に、また先輩はもといた場所へ梯子を使い上っていった。また見失ってし合わないように俺の目はその姿の行く先をずっとみつめている。登り切った彼女がそのさらに限られた世界から足を投げ出すように座ったのを見て俺もようやくその観察を一時中断し腰を下ろすことができた。

「ああ、天文部って名前だけど別に天体観測とかをやっているわけじゃないよ、ただ天文部ならこの屋上への出入りが自由になるから天文部って名乗っているだけ。だからそんな知識がないとか初心者だとか気にせず入部してくれればいいよ。」

「もしかして先輩が学校さぼりたくてこの部活作ったんですか」

「違うよ、この部活自体は結構昔からあったみたい、」

「そんな昔からこの場所はさぼりたい人のたまり場だったんですか??」

「失礼な、昔はちゃんと部活動していたみたいだけどね、こんな形態になったのはつい最近だと思う」

もちろん失礼なのはこの人に対してではなく、かつてこの部がまともだった頃の部員に対してだ。なのにそんな先輩が失礼しちゃうわ見たいな顔をしないでくれ。

「この部活のことはまぁわかりました、でも、なんで俺なんですか?屋上に自由に出入りできる部活として宣伝すれば、部員なんて殺到しそうなのに」

「ん〜どうしてか人は集まらないんだよね、無気力な人にとってはとっても魅力的な部活だと思うんだけどな」

それは勧誘せずにこんなところで寝ているからではないだろうか。それにその理屈から行くと俺は先輩のお眼鏡にかなった無気力そうな人になるのだが。

「そうだね、そのことについてわかりやすい理由を付けるとするなら、君がここに来たから、じゃダメかな。」

「そんな『運命かんじちゃった』みたいな感情を根拠にしていいんですか?」

「運命?そんなもんんじゃないよ、どの部活にも所属していない君がここにきて、部員を探している私がここにいた、だから勧誘した。ただそれだけのことだよ。すべては現実に対応した合理的な反射だね。」

そうやって淡々と否定されてしまっては思いっきり運命を感じていた自分がばかばかしくなる。


「とにかく、あなたはこの部活に入ることいい」自信に満ち溢れた、どこまでも透き通っていきそうな、力強い声に、もう否定の意思はこれ以上湧き上がることはなかった。

「前向きに検討します」

「よろしい」 初めて目が合う

その天使の翼はより一層大きく羽ばたき、

「あとそれ立ててくれないかな」

刺した指の先には吹き付ける風のどれかによって倒された梯子が無様に横たわっていた。さすがに高所から降りる際はその翼じゃ役に立たないらしい。

「わかりましたよ」

まぁさっきはあんなに軽々と上り下りしていたので支えなど必要ないかと思いつつも親切心から下側をもって支えていた。

そしてはじめの一歩が踏み出された音が聞こえた瞬間だった。

「わぁ」

と上から声が聞こえた。ぐらつく足場をより力を込めて支える。

「大丈夫ですか先輩!」

ととっさに上を見上げたのがよかったのかよくなかった

「す、すいませんっ」

咄嗟に目をそらす。だがその刹那に目に飛び込んできた光景はすでに脳裏にしっかりと焼き付いてしまっていた。

降りてきた彼女と目を合わせることができない。

「絶対部活に入るように!」

そう言い残すと彼女は少し下を向きながら速足で帰っていった。

もうすでに3時間ぐらいたってしまったかのような長い体感時間だったが実際は二時間ほどで、まだ空も深い青をしていた。茶色の天井、白い太陽、黒い翼、青い空、そしてこの後訪れる、金色の夕焼けと、漆黒の夜。大いなる始まりの日である今日を彩るには十分すぎる色彩たちが、じゃあここから一つ代表して今日の世界の色をただの光の波長に違いでしかない色、もちろん俺にとってはどれも素晴らしく、同党に価値を持ち、そんな中で一つを選ぶなんてできることない。

だがそんな俺でも今日この日のことを聞かれるとこう答えるだろう「世界は淡い桃色をしていた。」



「あれっ起きてんじゃん」昨日と同じように隣の奴が話しかけてきた。

「なにおどろいてんだよ。起きてんのが普通だろ」

「それ、昨日の君に言ってあげなよ」

なんて話をしているここは、昨日と同じ体育館だった。今日は全校生徒交えての始業式がある。もちろん昨日の入学式と同じくつまらないもので、まだ入学式は俺たち新入生のために開かれるので、楽しめる割合も人によってはおおくふくまれていたりするのだが、始業式は校長と生徒会長の作文発表会かなんかだろうかと思うほどつまらない、いやもう辛いの領域にまで来ているかもしれない。所詮ただの学校運営陣の自己満足にしか過ぎない。

「次は生徒会長のあいさつです。」司会の先生が言う。

昨日の生徒会長からの言葉は、俺が寝ている間に終わってしまっていたらしい今日はその罪悪感から、しっかり真面目に聞いてやろうとおもっていたのだが・・・

そんな覚悟と裏腹に、壇上に上がってきたのはどこかで見たことのある人だった。

「皆さんおはようございます。生徒会長の牧野  です、

その後の話はよく覚えていないが、そうやって忘れてしまうほど当たり障りのない模範的生徒会長とでもいえるかのような、昨日あれだけ意味不明な話をしていたのに、それに比べれば言ってしまえばつまらない内容であったことは間違いないだろう。だが、当然その姿からは目を話せるはずもなく、何度か目が合いそのたびに俺は恥ずかしくなって目をそらしていた。

 まだ今日も午前中授業の日だったので放課後はおもってたよりもすぐに訪れた、生徒たちが散り散りになってきたのを見計らい俺は人目につかないようにまた、屋上へと足を延ばした。すでにそれになんの罪もないと知っていながらも何か後ろめたさ、みたいなものを感じた。

カギはやはり開いていた。

「お邪魔しまーす」

「はい、いらっしゃい」

 待ってたよ、といわんばかりに少し食い気味の返事が天から聞こえた。昨日のように入り口の上から先輩が降りてきて、えさを待つ子犬のように目を輝かせながら俺の前まで来た。

「はいはい、持ってきましたよ」

 ここに来る前は少しこの部活に入ることに躊躇する気持ちもあったのだが、そんな期待の眼差しを向けられたら、もう後に引くことなどできるはずもなくかばんから入部届を取り出した。

「ん、ありがと、これで今日から君もこの天文部の一員です、よろしくお願いします」

 丁寧に頭まで下げてくれた歓迎に俺も合わせて深くお辞儀をする。

「こちらこそよろしくお願いします」

「・・・」

挨拶を済ませたのはいい物のその後に会話がまったく続かない二人を

 まだ季節は春だっていうのにシャツに汗がにじむほどの暑い日差しが降り注ぐ。俺たち二人は、ちょうど真上を過ぎたばかりの陽が創り出す少ない影を求め

活動記録 

「そうそう、活動記録は後輩である君がつけること」

「なにか記録するような活動するんですか?」

「いいや別に何もなければ何もないでいいよ、まあ学校の規則として書いてもらうだけ、私も去年何か活動をした記録を書いたのって2、3度だったし。」

「はいはいわかりましたよ」

そうして指さされたのは先輩の鞄の横に置かれた一冊のノートだった。その表紙には大きく『EDEN』と書かれていた。

「なんですか、この『EDEN』って題名は」

「活動記録帳の名前、男と女二人だけの部活だから」

先輩は俺たち二人を交互に指さしながら言う

「これじゃ、ほかの入部希望者が来て3人になったらどうするんですか」

「来ると思う?」

何言ってんのこの人みたいな目で見られた。誰も新入部員がいない理由を作っている張本人に。

「もしかしたら来るかもしれませんよ、だって先輩が言っていたように活動内容などは魅力的に思う人は少なくはなさそうですしね」

「んーじゃそいつはサタンでいいんじゃない」

「やめてくださいよ、それじゃあここが崩壊するじゃないですか」

これから入部してくる人がどれだけいい人そうであってももうまともには見えない

「個々の活動内容目当てにやってくる人なんてそんなもんでしょ、まあ大丈夫、君がそそのかされなければね」

「自信ありませんよ、だって俺入学式が終わり次第一番にここに来た人ですよ、なんなら一番ここを壊しかねないかも」

「そうかも、じゃあ私がしっかりしないとだね」

「自分のことを棚井挙げておいてなんですが、先輩も俺が来たとき寝てたじゃないですか、しっかりできるんですか?」

「確かにそうだ、私たち二人の楽園は、堕ちるときは一瞬だろうね」

「そうかもしれませんね」

なんて俺たちは口では恐ろしい未来を語りながらも、そんなこと起こりえないだろうという根拠のない自信があったから。今日も一段と青い空へと笑い飛ばすことができた。

「そういや先輩って生徒会長だったんですね。」

「まあ、いちおうね」

「すごいじゃないですか普通三年生がやる生徒会長を二年生でやるなんて」

「まあ、対抗馬が誰もいなかったしね、ほら三年生って受験もあるしなかなか生徒会長やりたい人っていないんじゃないかな」

「あ、そういえば来週は放課後生徒会室にきて」

「え・・俺生徒会の手伝いするんですか?」

「いや、一応生徒会室が建前上の部室になっていて、君の入部の書類とか少し作業する必要があるから」


生徒会室〜

「失礼しまーす」

「はいいらっしゃい、まだちょっとやることあるからそこ座っといて、」

 といって指をさしたのは、他の生徒会役員の方々の席と思われる椅子が四つ用意されている島から少し離れた生徒会長専用の机といすだった。もちろんそんな先輩だけに作業させて自分は生徒会長の椅子で座って休んでるなんて真似はできるわけもなく、かといって突っ立っているわけにもいかず多少不本意ではあったが手伝うことにした。

「手伝いますよ」

鞄だけを島のほうに置かれている誰かの椅子の上rにおいて声をかけた。

「悪いね、助かるよ。とりあえず君の入部届がまだそこらへんに置いてあると思うから天文部のファイルを見つけて挟んどいてくれる?」

 というと先輩はまた自分の作業に戻っていった。おいてあるというよりかは投げ捨てられていたそれは探す間もなく発見できたが、天文部のファイルが見当たらない。部活動の名前が書かれたラベルが張られているファイルの群生地はすぐに見つけられたが、どうもその中にはいないらしい。まあサッカー部の隣が料理部と美術部だったり、野球部1と2の間にバスケ部と文芸部が挟まっていたり、極み付けはなんだ『素晴らしき日々』という小説が中に混ざっているなど最初から嫌な予感はしていた。

可能性の話 




メモ

「神になるなんてそんな簡単に言っていいのか?言葉は呪いだ、命より重いって言ったのはお前だろ?」

何を言っているんだ?という風に首をかしげながら

「私は何も無理なことは言っていないよ、それに君はその口ぶりからして神を何か尊大なものとして考えているのかもしれないが、そんなことは全然ないよ。」

この人は神の何を知っているというのだ?首をかしげたいのはこっちだと思いながら

「人と神はそもそも存在の根底の部分で違うと思うんだよ。だから俺はおまえが神になりたいといっているのは、虫が魚に、肉が野菜に、

「やはり君といると面白いな。君が神という存在をどうとらえているかはよくわかった。ただこの場ではそれは私がなりたいものとは違うとだけ言っておこう。」

「すべてを知った。世界を知った。そうしたことで感情というものは自分の内から湧き上がることはなくなった。」

「代償として感情を失ったってことか・・・?」

「いや違う、失ったわけじゃない。まだこの自分自身の奥底で眠っていることは確かに感じられる。」

「じゃあなんで先輩は感情を出さないんですか?」

「君はどういったときに悲しんだり、喜んだり、怖がったり、怒ったりする?」

その答えは少し考えただけじゃ到底出てこないものというのはすぐにわかった。なんせ感情がなくなる理由についても今初めて考えたことだ。なのに今までずっと何も違和感を与えずに自分の奥底でずっと潜んでいて、あらゆる出来事の際に出てきては、ときに自分自身のすべてをも支配しかねないこの強大な存在に今更その顕現の理由を見出せるわけがない。

「少しヒントだ。君が初めてここにやってきたとき私は君に声をかけた。そのとき君はどうした?」

「すごく驚きました。そして焦り、恥ずかしくなりました」

そう、「驚き」「焦り」「羞恥」どれも立派な感情といえよう、




後ろを向いて金色の空に放ったその言葉は誰のものになるでもなく世界に溶けてなくなった。

秩序のための法はすべて何かを禁止しているわけではなく、禁止し犯した者は罰するといった形で可能なことの枠組みを成型している。可能なことは不可能に囲まれた完全なまるであらわされるべきだ。不可能の中から見出された可能の中に限定的な不可能が混ざると、それはいびつな形の可能となってしまう。その不可能は他者から禁じられるものだけではない。自分自身で可能の完全性を歪めてしまうことだってある。


この人としゃべってると自分のペースが維持できない。

今はっきりと分かった。間だ。普通、人と話すにおいてどの言葉を選ぶかにおいてそれを遂行する間が生じる。


幸いにも起こりうる出来事はすべて、ある規則にのっとって起こらなければならない、という法則が世界を支配してくれている。

。 

責任?何?世界が私にそうさせたことに対して私が責任をとれっていうの?

いやだって君がそうしろっていったんじゃん

確かに私は言ったよ、じゃあ逆に聞くけどそれ以外の選択肢はあった?

そりゃああるだろ、

可能性?いい?私はそんなこと言ってない。今この現状、彼の性格、残された時間、そんな陳腐な知覚可能な面でしかとらえることができないから君はまだ可能性とかいう不確定、なものにすがることができるのかもね。」

「もう、あなたと話していても埒が明かない。

少し屋上行きましょ。振り返って僕に見せたのはいつもと変わらない透き通った笑みだった。

「大丈夫です、気にする必要ないですよ」それが意味のない慰みの言葉とはわかっていても俺は黙ったままいることができなかった。

外を眺める視線はいつもより少し高い気がした。

「そうね悪かったことといえば伝え方かしら。この伝えかだとまだ何かしら自らの意思で世界は変えられる。と思われても仕方ないわね。」

「だから言ったでしょ、私が伝えているのは、未来や、測定不可能なことに対する推測や、仮定に基づく占いとかじゃない。」聞きたくない。だったそれは人間が可能なことなんかじゃない。それは俺がよく知っている。だってそれに一番とらわれているのはほかでもない自分だからだ

「自らの自由、意思、選択にたいして責任が付随するなんて思い上がりも甚だしいよ。」

「じゃあ何なんだよ責任って」

「何なんだろうね、自由に責任が伴うのではなく、自由であるともわせるため、そのすべての意思の統一を神がごまかすための隠れ蓑に過ぎない。責任だけじゃない。恐怖、後悔、達成感、満足感、その他すべての自由な意思決定に基づく感情はすべて、つくりものなんだよ。」


「私が伝えているのは、この世界を構築しているありとあらゆるものたちの関係性から読み解くことのできる、ただ一つの確定された今に過ぎないのだから」

いつかの誰かの記憶。

 それは、


俺は急にこの場所にはいられない気がして思わず立ち去ってしまった。

「大丈夫、わたしが助けるから」



「ありがとう、君が覚えていてくれるならあんしんだ。」

振り返りみせた精一杯の笑顔は、すべてがつながりかけていた俺の心に痛く突き刺さっtって、自分の今表象すべき適当な感情など到底見つけ出すことなどできるわけもなく、ただその場の空気、雰囲気を壊してはいけないという、しょうもない人間じみた理由だけで笑顔を返す

最後に自分の存在を他人任せにしてどうする。そこまで、自分の、俺の、世界のすべての可能性に対する唯一の現在を知りえてなお、自らの存在だけは自分自身で確定させるのではなく、他人に任せるのか。

キミももう築いているかもしれないが私が行っているのは、君たちが一般的に言うような占いのような、ありうる未来すべての可能性から、一つ確実におこる未来を把握することができる能力ではない。ありうる未来すべての可能性から、一つ自分が選んだ未来を何としても引き寄せる。ありうる未来すべての可能性から、すべてを実現可能な可能性として思考を展開することができる


「私は神なんかじゃないよ、神がこの世界に落とした最初の一滴から浮きあがる波紋模様の広がり方を誰よりも詳しく知っているだけ、だからね神っていうのはね最初の一滴を世界に落としたもののことを指す言葉だよ、こうやって広がっていく世界は時を重ねるにつれてその半径を広げていく、それに伴い私みたいなすべてを知る者の限りある記憶媒体をすべて使いつくしてしまう時間も早くなる、せいぜい一年ぐらいかな、そうしてこぼれてしまった知らないこと、わからないことはいつの間にかこの波紋の外側からの衝撃となり、せかいを崩壊させることになる。一年おきの交代、または波紋をとめて世界に凪を招くそのふたつだ」


視覚に基づく世界の再定義

そう、世界はここで一度リセットされる。かつて彼女が愛して、幸福を見出してしまった、それゆえに、ゆがみ、進み、変わってしまった壊れ行く世界から、

世界は白、いや無色。それは認識力の欠如というわけではない。こうして俺が一度世界を素晴らしい、美しいと気づいてしてしまった以上、その瞬間の世界を構築するすべてを無、0、nullと置いた方が良くも悪くもこれからの変化に気づき


ノストラダムスの世界崩壊の大予言と、子供のころのまた「明日一緒に遊ぼう」という明日の予言とでは確実性の面からみると後者の方が重要性が高い。

なのに君たちは急に無知になりそんな大事なことを忘れてよりドラマチックな方を信じる

きみたちは大予言者なのに・・・

だが君自身が、君自身だけが当事者となった場合。誰かに告げられた未来が、自分の思考の及ばない「そんなわけがない」と思えるような未来だったとき

中途半端に未来を考える能力を手に入れた弊害とでもいえよう。手に入れた知識は未来についての予測を生み出した。だから人々は生きるということになぜと問うより何のためと問いがちなのだ。自分自身が体験しそれをもとにすべてを知ることができる今を基準とした問よりも、無限に起こりうる事象の中から一つ二つ、その可能性が見いだせることができるかできないか程度の未来予知を頼りにしたそんな問いに何の意味があるのだろうか。

「なぜ先輩はそんなにおびえているんですか」

世界の崩壊、私の世界の崩壊は、もう止まらない。

どうしてそんなに死を否定し拒むの?こんなに死を選びやすく、死に導かれやすく、死に寄り添った世界を私たちは生きているのに



終幕

先輩はあの日あったのを最後に一か月は学校に来ていないらしい。長かったようで短く、たくさんのことがあったようで何も起きなかったこの一年は、その終わりを告げる桜の木が蕾をはちきれんばかりに膨らませるほどに

だというのに俺はまだ世界というものを定義できない なにか最後にすべてを無に帰す大切なピースが手に入らないでいた。

ちがう・・・そのありかはもうわかっている。けれどそれを認めてしまったら彼女は最後にもう一度俺の前に現れ、すべてを聞いた後に笑顔でうなずいてしまうだろう。


「私は最後に幸せにたどり着くことができるかな」

「大丈夫、俺がしっかり見届けてあげますよ」

「これだけすべてを分かっていたつもりでも最後まで分からなかったな・・・幸せというものは」





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